王妃の純潔は、モルダバイトの地に捧げるべし――
そんなしきたりがある訳ではなかったが、初夜は王の自室で過ごすことになっている。
つまり、オニキスの部屋だ。
天蓋付のベッドでは。
「ん・・・オニ・・・」
上掛けの中、籠る熱。
寄せられたオニキスの肩につかまり、キスをする。
体温も、汗も、匂いも混じって。
「は・・・ぁ・・・」
重なり合った唇を一旦離し、愛欲に満ちた顔を見つめ合ってから、ふたたびキス。
その間も、オニキスの中指と薬指が、優しくヒスイの膣を揺らしていた。
ちゅっ・・・ちゅくっ・・・ちゅっ・・・ちゅっ・・・
「あ・・・んんっ・・・」
お尻に湿り気を感じるほど、シーツにはヒスイの愛液が染み広がって。
「はぁはぁ・・・オニ・・・キス・・・」
快感に頬を染めたヒスイが艶めかしい息を吐く。
ペニスではなくとも。愛しい男の一部が、自分のなかに入っている・・・
その感覚の虜になっていた。
「んっ・・・!!」
膣肉がオニキスの指をより深く吸い込もうと、窄まる。
同時にキュンとしたものが、ヒスイの最奥まで届き、そこに切ない疼きが生まれた。
「あ・・・もっと・・・おく・・・さわっ・・・て・・・オニキス」
「ヒスイ――」
ヒスイを求め、はやる体。
自覚はしていても、自制は難しく。
ヒスイの唇で気を散らしながらも、熱いペニスの先から零れた蜜がヒスイの肌を濡らした。
「好きだ」
舌を絡めるキスを終え、オニキスが言った。
「ん・・・」
「ずっと好きだった」
「ん・・・」
ヒスイは瞳を伏せたまま、オニキスの愛の言葉に小さく頷いた・・・ところで。
膣からするりと指が抜けた。
「ふぁっ・・・な・・・なに?」と、ヒスイは困惑。
オニキスは、そんなヒスイの頬を両手で包み、濡れた唇で語りかけた。
「お前は、同じ言葉を返してはくれないのか?」
「・・・え?」
目をぱちくりするヒスイ。それから視線を斜め下に向け。
「い・・・言わなきゃ・・・だめなの?」
「一度でいい。お前の口から聞きたい」
初めて気持ちを告げた時も、結婚を申し込んだ時も、ヒスイの答えは「うん、いいよ」だった。
それからオニキスが何度愛を囁いても、「うん」としか言わない。
“こういうことは、ちゃんとしておきたい”が、オニキスの言い分だが・・・
「今じゃくても・・・」
「今だからだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いにしばしの沈黙のあと。
「っ!!」
やっぱり今は無理!!と、オニキスを押し退けるヒスイ。
ベッド脇の袖机に置いてあったロザリオを手に、裸のまま飛び出していった。
「・・・・・・」
残されたオニキスは、無言で溜息を洩らした。
これまでも、ヒスイには散々逃げられている。
そしてついに、ベッドからも逃げられた。
「焦りすぎたか・・・」ひとり呟くオニキス。
“言わせる”のではなく、ヒスイの口から自然に出るまで待つべきだった。
・・・と、後悔。
一方、ヒスイは。
銀の髪を風に泳がせながら、早足で離宮の廊下を歩き。
「シンジュっ!」
どんなものへでも変化可能な光の精霊シンジュを服として身に纏った。
「結婚したら、えっちするって約束だったのに、途中でいきなり変なこと言うんだもん、ずるいよ」
独り言のようにも聞こえるが、話し相手はシンジュだ。
「・・・ヒスイ様」
「なによ」
「ヒスイ様は、オニキスにご自分の気持ちを伝えたことがありませんでしたよね」
「ない・・・けど」と、口を尖らせるヒスイ。
「そんなの、言わなくたってわかるでしょ。一緒にいるんだから」
「さあ、どうですかね」
わかっていても、確かめたい。
「そういうこともあるんじゃないんですか」
「なによ、人間みたいなこと言っちゃって」
「人間の中で生活していれば、大なり小なり、学ぶこともありますから」
「・・・言え、ってこと?」
「そうです」
さすがにシンジュは容赦がない。
「・・・・・・」
それきりヒスイは黙ってしまった。
同じく、シンジュも黙る。
「・・・・・・」
(オニキスにとって、ヒスイ様の愛はとても貴重なもの)
大切にしたいからこそ、こだわる。
(なぜそれに気付かないのか・・・)
王妃のため、ヒスイのために用意された一室で。
シンジュの変化を解くヒスイ。
クローゼットの中から、一番シンプルなデザインのものを選び、着替える・・・と、そこで。
「ヒスイ様!?」
ローズの声だ。驚いた顔をしている。
それもそのはず・・・今頃ヒスイは、オニキスと初夜を迎えているはずなのだ。
その間に、備品の補充を済ませるつもりで入室した。ところが、この状況・・・
「・・・何やってるんですか」
「別に何でもないわよ」
「まさかとは思いますが、逃げてきたなんてこと・・・」
「・・・・・・」
「戻ってください」
詰め寄るローズに。
「やだ・・・っ!」
ヒスイが逃げ出す。
「ヒスイ様!?まったくもう!!」
すぐに追いかけるローズだったが、ヒスイの逃げ足は速く、しかも隠れ上手のため、なかなか見つけられずにいた。
「オニキス様!ヒスイ様が・・・」
「ああ、わかっている」
自室から出てきたオニキスに、ヒスイの更なる逃走を報告する。
そもそも、なぜヒスイがオニキスの元から逃げてきたのか気になったが、今はそれどころではない。
と、その時。
「ヒスイ様なら、そちらに」
廊下に響くシンジュの声。
いつもの姿でそこに立っていた。
シンジュが示した先は・・・ローズの部屋。
扉越し、濃厚なワインの香りがして。
「・・・・・・」×3
嫌な予感がする。
「・・・あなたの部屋って確か」
シンジュが横目でローズを見た。
「・・・揃ってるわよ、お酒が沢山」
若干バツが悪そうにローズが答える。
扉の向こうがどうなっているか・・・考えるまでもない。
はぁーっ。深い溜息を洩らすオニキス。
「すまんが、入らせてもらう」
「はい、どうぞ」
そして、メイド長ローズの部屋では。
ワイン瓶を手に、ヒスイがローズのベッドで泥酔していた。
しかもなぜか服を脱ぎ捨て・・・裸だ。
「手間をかけたな」
シンジュとローズに向け、そう言ったあと、オニキスはヒスイを抱き上げた。
「オレのベッドに戻るぞ」
王の自室。
「・・・・・・」
ヒスイと結婚し、この夜を迎えることを、オニキスも切望していた。
それがほんの少し扱いを誤ったばかりに、この様で。ほとほと手を焼く。が。
「ん・・・オニ・・・キス?」
ベッドの上、うっすら目を開け、ヒスイが微笑む。
それから・・・
「こっち、きて」
両手をひろげ、オニキスを呼んだ。
「・・・・・・」(酔ってるな、完全に)
しかし、そんな姿さえ愛おしく。誘惑を無視できない。
(まったく・・・こっちがどうにかなりそうだ)
‖目次へ‖‖中編へ‖