モルダバイト城にて。

「ね、見て!オニキス!」と、王妃ヒスイがあるモノを持ってきた。
上面に長方形の穴が開いた木箱。
「・・・・・・」(また何を始める気だ・・・)
ヒスイ曰く、これは――目安箱。
城内に設置し、使用人達の意見を募るという。
「職場をより良い環境にするのも大切なことでしょ?」と。
今回は珍しくマトモだ。

・・・が。

設置後、数日経っても目安箱は空のままだった。
なぜなら、モルダバイト城で働く者達は仕事に不満がないのだ。
それぞれが、やり甲斐を持っている。
「・・・今日もゼロだわ」
張り切っていたヒスイは意気消沈。
「なんでなのかな・・・あ!そうだっ!」
もっと目立つように!と、目安箱をデコり始める始末・・・
「・・・・・・」
見兼ねたオニキスが、さりげなくメイド長ローズに打診した。
「何かないか?」
「そうですねぇ・・・」と、ローズ。
ローズもまた、現状に不満のない者のひとりだった。
強いて言うなら、王と王妃の夜の事情が気になるくらいで。
「どんなに些細なことでも構わん。ひとつ頼めるか」
「王がそう仰るのでしたら」
(オニキス様って、ホント、ヒスイ様に甘いわー・・・)




翌日――

「あ!入ってる!!」
朝一番、目安箱を覗いたヒスイが歓喜の声を上げる。
そこには、四つ折りにされたメモ用紙が一枚。
「・・・え?なにこれ???」
開いて早々、ヒスイは首を傾げた。


“歯磨きプレイ”


記されているのはそれだけで。詳細は何もない。
(歯磨きプレイって・・・なに???)




「――という訳で、はい」
場面は変わり、モルダバイト城、離宮。
王と王妃の生活のスペースであるそこで、ヒスイはオニキスに歯ブラシを渡した。
「・・・何だこれは」
「何って、今説明したでしょ?歯ブラシよ」
「・・・・・・」
説明も何も“よくわからない”ままなのだ。
「とにかくやってみるしかないと思うのよね、こういうのって」
そう言いながら、天蓋付のベッドまで歩き、その上で正座をして、手招き。
「オニキスも早く」
「・・・・・・」
ヒスイの無茶に付き合うのも、いつものことだ。
オニキスはベッドへと移動し、ヒスイと向かい合わせになる位置で軽くあぐらを組んだ。
「自分でやっても意味がないと思うから、よろしくね」と、ヒスイが見上げる。
「・・・磨けばいいんだな?」
「うん、口の中で適当に動かしてみて」
あ〜ん、と。ヒスイが口を開ける。
オニキスはヒスイの顎に指を添え。歯ブラシをそっとヒスイの口の中へ入れた。
「あ・・・」
歯の表層部をブラシで擦られる。
とても軽いタッチだった。
優しく、慎重な、オニキスの性格が窺える動きだ。
「――あ」
ぴくり、ヒスイの睫毛が震える。
(ヒトに磨いてもらうのって、なんか・・・)
すべてを委ねている感覚があった。思わず、心酔するヒスイ。
「あ・・・ぅ・・・」
飲み込み損ねた唾液をブラシで掻き出され。
それが顎を伝い、オニキスの指を濡らす。
「は・・・ぁ・・・」
吸血鬼の性感帯でもある牙に毛先が触れると、背中がゾクゾクした。
いつしかヒスイの頬は赤く染まり。
歯と歯の間、行き場のない舌が彷徨う・・・
「あ・・・ぁ・・・」
口を開けっ放しにしているため、言葉さえも失って。
「あ〜・・・」
赤子のように声を洩らすだけ。

一方、オニキスは。

「・・・・・・」(SMプレイではないのか?これは・・・)
ヒスイの口内を蹂躙している気分になり、手を止めた。
すると、その手にヒスイが手を重ね。口から歯ブラシを抜くよう促した。
「はぁはぁ・・・」
「大丈夫か?」
添えていた指で、ヒスイの顎を拭うオニキス。
心配そうにヒスイの様子を窺うが・・・
ヒスイが発した言葉は。


「これ、いいかも」


・・・だった。
「オニキスにもしてあげる!口、開けて!」
オニキスから歯ブラシを奪い取り、迫る。
「いや、オレは・・・」
「いいから!いいから!」
断るオニキスに乗り掛かり、顔を近付けるヒスイ。
その瞳はキラキラ輝いていて。・・・可愛い。
「・・・・・・」
結局、惚れた弱みで、応じてしまうオニキスだった・・・



「はい、あ〜ん」







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