「おー・・・大したモンじゃん」
ヒスイに扮したメノウが仰ぎ見る。
コスモクロアに建てられた巨大マンション。
教育関係者の住む・・・つまり、社宅だ。
エントランスやラウンジといった、くつろぎの空間。
また、建物の内外に緑をふんだんに取り入れ、心休まる雰囲気となっている。
近代技術と自然の見事な調和だ。
「お前が設計したんだっけ?」
「そうだ」
多才なのは家系だろうが・・・
「・・・お前さぁ、最近仕事しかしてないだろ」
ワーカーホリックを心配するメノウをよそに。
「何を今更」トパーズが鼻で笑う。
「もっとヒスイにちょっかいかけにいけば?」
「この件が片付いたらな――いくぞ、ジジイ」
二人は一階端のクラスターの部屋の前まできていた。
メノウがインターホンを押す。けれども・・・
「はい、只今」という返事は返ってくるものの、なかなか扉が開かない。
思いのほか早い訪問に、慌てている様子だ。
扉の前で待つこと、数分・・・
「お待たせして申し訳ない」
なにぶん男の独り暮らしなもので、と、話しながら、クラスターが二人を案内する。
赴任して間もないこともあり、3LDKの部屋のあちこちに、段ボールの箱が積まれていた。
「これ、おみやげ」と、ヒスイになりきったメノウが菓子折りを渡す。
「自分なんかに・・・恐縮です」
クラスターが頭を下げる。すると、覗き込むようにしてメノウが言った。
「顔色、良くないみたいだけど、大丈夫?」
「夕べの酒が残ってるんです」と、苦笑いするクラスター。
「トパーズ先生がお強くて・・・いや、参りました」
着席を勧められ、トパーズとメノウはいかにも来客用のソファに腰を下ろした。
「今、茶でも――」
待って、と、そこでメノウ。
「お茶はいいわ」
高貴な微笑みでこう続ける。
「あなたに興味があるの。神の――妻として。話を聞かせてくれない?」
以下、クラスターには聞こえないやりとり。
(おい、何を焦ってる)
(思ってたより早くヒスイが目ぇ覚ましそうなんだよな)
(それがどうした、何の関係がある)
(ヒスイが目ぇ覚ますとさ、喋れなくなんの)
(・・・誰がだ?)
(俺が。声だけは借り物だからさぁ、ヒスイが喋り始めたら俺アウトだわ)
「雑な魔法使うな(怒)クソジジイ」
―――こちら、赤い屋根の屋敷。
「おーい、ヒスイー、起きろー」
クッションに埋まったヒスイの肩を揺するのはアイボリーだ。
「う・・・ん?おにい・・・???」
「コハクは出掛けた」と、アイボリー。
「・・・え?お風呂は?」
コハクの不在に、たちまち機嫌を悪くするヒスイ。
「コハクに言われて、一応沸かしてあるけど」
しばらくは起きないはずだから、と、説明を受けていた。
夜通しのセックスにより、事実、ヒスイは熟睡していて。
そのまま放っておけば、夕方まで目を覚まさなかっただろう。
そのヒスイをわざわざ起こしたのには、理由があった。
「セレが来てんだよ」
「セレ?」
ヒスイが眉を寄せる。
「まーくんに会いに来たんじゃないの?」
「それがさ、なんか、ヒスイの顔が見たい、らしい」
「・・・・・・」(もしかして、赤ちゃんの催促かな)
ヒスイは渋々起き上がり、眠い目を擦りながらリビングへ――向かおうとしたところで。
マーキュリーが立ち塞がった。
「服を着てください、お母さん」
「服?着てるじゃない」
「・・・・・・」(それは服のうちに入らないんだよ)
ショーツはアイボリーが穿かせたものの。
素肌が薄く透け、無造作に開いた襟元からは、華奢な鎖骨が見える。
銀の男達を煽る、甘い匂いもだだ漏れだ。それなのに。
ヒスイが耳を貸そうとしないので、内心イラッとしつつ、マーキュリーは自身のパーカーを脱ぎ、それをヒスイの頭に被せた。
「ちょっ・・・まーくん!?なに?」
「おとなしくしてて下さい」
少々強引に袖を通させ。
「風邪でもひいたら大変ですから」と、笑顔。
「別に寒くないんだけど」というヒスイの言い分は無視で。
「総帥が待っていますよ」と、セレの元へ送り出した。
客間にて。
「お邪魔しているよ」
起こしてしまって悪かったね、と、セレ。
テーブルにはセレが手土産として持ったきた人気菓子店の高級プリンと、アイボリーの淹れた紅茶が用意されていた。
ヒスイはセレの正面に座り、紅茶を一口。それから・・・
「何かあったの?」
「ここ最近のことなのだがね、銃士らしき男が城下で目撃されていてね」
「うん」と、そこまでは他人事のように聞いていたヒスイだが。
セレの次の言葉でカップを置いた。
「その男はなぜか、天使の情報を集めているらしいのだよ」
「天使の・・・情報?」
「我々も警戒してはいるがね、君達天使の血族には知らせておくべきだろうと思ってね」
そこでセレが一枚の写真をヒスイに見せた。
遠目で、あまりよく撮れた写真とは言い難いが、そこには草色の髪をした男の姿が映っていた。
「・・・あれ?」(このヒト、どこかで・・・)
理事長室での記憶は日を追うごとに曖昧になり。
「どうかしたかね?」
「ううん、なんでもない」
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