モルダバイト城、離宮三階――バルコニーには、疲れた様子のジンの姿があった。
例の怪我を公にしないため、シトリンは本殿ではなく、離宮で療養している。
ジンに対し、シトリンは多くを語ろうとしないが、どうやら“人違い”で今回の事件が起きたらしい。
誰に間違われたかは、聞かずともわかるが・・・
「・・・・・・」(そもそもオレが、人型でいてくれなんて言ったから・・・)
シトリンが撃たれたのだ、と、後悔ばかりが先に立つ。
無意識のうちに洩らした溜息は数知れない。

そんな折――

バルコニーに降り立つ天使がひとり。
「やあ、久しぶりだね」
「!!コ・・・コハクさん!?」
「少し遅くなったけど、コレを届けにきたんだ」
コハクの言う“コレ”とは・・・
あの日、ジンが両手にぶら下げていた土産物のひとつだった。
シトリンの手当てを済ませた後、回収しに戻ったが、ひとつ足りないことに気付かなかった。
動揺していて、それどころではなかったのだ。
「シトリンはどうしてる?」と、コハク。
いつもと変わらず美しく、物腰も柔らかいが、圧力が凄い。
善人の嘘など通用しない、そんな雰囲気だ。
「あの・・・今はちょっと・・・」
ジンが言葉を探している間にも、コハクは横を抜け。
「失礼するよ」
微笑みながら、強引に入室していった。
「・・・・・・」(コハクさんはどこまで知って・・・)
手渡された土産袋を見つつ。
コハクほどの男が、何も勘付かない筈がない、と思う。
「はぁ・・・」
更に深まる、溜息。
(後でシトリンに怒られるな。だけど、本来は――)


「王よりも、コハクさんに打ち明けるべき問題なんじゃないか?」







こちら、室内。シトリンサイド。

「な・・・な・・・なんの用だ!?」
予想もしていなかったコハクの来訪に、飛び起きるシトリン。※包帯姿※
「っ!!」
痛んだ傷口を押さえ。
「あー・・・これはだなー・・・訓練中の事故というかー・・・」
語尾を伸ばしつつ、そう説明した。
シトリンの下手な言い訳を、コハクは苦笑いで聞いていたが・・・
「隠さなくてもいいよ。銃創、でしょ?」
「!!何故それを・・・」
「森の入り口で銃声がしたから。まさか、命中していたとは思わなかったけど」
「少々油断しただけだ!この件は私が――」
カタを付ける――シトリンが、そう言いかけたところで。
「ごめんね、僕が父親で」
「???なんだ、それは」
シトリンは軽く首を傾げたが・・・
「僕と間違えられたんでしょ?」
「うぬぅ・・・」次々と図星を指され。
コハク相手に、嘘をつき通すのは難しいと悟る。
一方、コハクはしばらく黙り。何かを考えている様だった。
あまり見ない表情に、シトリンは慌てて。
「お・・・おい・・・あまり野蛮な真似はするなよ?母上が引くぞ」
「わかってる」
シトリンの注意喚起に、コハクは笑顔で答えたが、相変わらず整いすぎていて、感情が読み取れない。
そこでシトリンが、こう切り出した。
「まあ、なんと言うか、だな・・・」
照れ隠しの咳払いを交え。
「なにせ、間違えられるほど、そっくりだからな!母上のウケがいいんだ!この顔は!私も嫌いじゃない。だから、今更お前が気にすることでは――」
シトリンは一旦話を切り。ほんの少し声のトーンを落として。
「・・・なまじ母上に姿形が似ていたら、オニキス殿を諦められなかったかもしれんしな」
ジンには内緒だぞ、と、笑う。
「だから今は本当に、この姿で――」


「お前に似ていて良かったと思う」


「・・・ありがとう。本当に君は優しい子だね」
育ての親であるオニキスに感謝しなきゃなぁ、と。
コハクはすっかりいつもの調子に戻り。
「まあ、この件は僕が――」
そう言いかけたところで。今度はシトリンが遮る。
「いや、私がやる。そもそも、奴は何者なんだ?」





コスモクロア、三階建ての家。

「トパーズ?いないの?」
ヒスイが順番に部屋を覗き込む。
セレに見せられた、あの写真がどうも気になって。
ぼんやり、ではあるが、トパーズと関係があることのように思えたのだ。
しかし、トパーズは不在・・・と、そこで。
「ママ?」
「あ、スピネル。トパーズ知らない?」
「兄貴?いないの?」
「うん」
「ボクは書類を置きにきただけだから、いいんだけど・・・大事な用?」
スピネルの問いにヒスイは頷き。
「何日か前、理事長室でトパーズに会ったんだけど・・・その時のことがよく思い出せないの」
何があったか、トパーズに直接訊くつもりで来たのだと、ヒスイは言った。
「・・・ママ」
「ん?」
「神魔法で、記憶を封じられてるみたいだよ」
神の子ジストから力を分け与えられたスピネル。当然、感知能力にも優れている。
「そうなの???」
「うん」
「じゃあ解いて」
「・・・・・・」(兄貴がわざわさ封じるくらいだから・・・)
ヒスイにとって、良い内容とは思えない。
スピネルがそう話すも。
構わない、と、ヒスイは即答した。
「ちょっと嫌な予感がするの」
ヒスイの、この手の予感は意外と当たるのだ。
「ママがそう言うんなら」
厄災の詰まった、パンドラの箱を開けるような気分で。
スピネルは、ヒスイにかけられた神魔法を解いた。

すると・・・

「――あ!思い出した!!」と、ヒスイ。
理事長室で出会い。写真でも目にした。
(あのヒトの名前は・・・)



『クラスター』








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