時は遡り・・・
居酒屋アーティチョーク、その店主。
絵本で見たサンタクロースのお爺さんみたいだな、とスピネルは思った。
ただし、そこまで歳はとっておらず、髪も髭も白くはない。
体格は厳ついが、落ち着いた雰囲気の中年紳士だった。
フレームなしの眼鏡が小洒落た感じだ。
「こちらに・・・さんという方は・・・」
スピネルが名刺の裏に書かれた名前を尋ねると、「俺だ」という回答。
そこから先はあえて言葉にせず、スピネルは例の名刺をカウンターテーブルの上に置いた。
すると店主は驚いた顔で、スピネルと小脇に抱えられたフェンネルを見た。
「こっちだ」
店主に案内され、裏口から外へ出ると、外壁に蔦の張った廃病院があった。
どうやらそこを鍛冶場にしているようだ。
簡単な挨拶を済ませた後、スピネルがフェンネルの修理について切り出すと。
業界で有名な闇鍛冶屋は先代・・・つまり自分の父親で、先日葬式を出したばかりだという。
父親の元で修業はしたが、モノにならなかったと本人は謙遜。
「ウィゼの紹介だから、一応診てみるけどな・・・」
「お願いします」
期待しないで待っててくれ、と言う店主にフェンネルを預け。
埃っぽい待合室。二人はそこで診察結果を待った。
一時間が過ぎ・・・奥の診察室から店主が顔を出した。
「同行者でヒスイって女はいるか?ご指名だ」
「ママ?」「ヒスイ?」
スピネルとオニキスが顔を見合わせる。
なぜフェンネルが面会の相手にヒスイを指名したのか・・・謎だ。
「ボク、探してくるよ。オニキスはここにいて」
こうしてスピネルはコハク&ヒスイを探しに出た。
(パパとママの事だから、今頃どこかでえっちしてるかも・・・)
格納庫地下。
「ど・・・うしよう、お兄ちゃん」
「う、動くな!!」
“侵入者は排除せよ”が警備担当の彼等に課せられた使命であるが、取り込み中の男女が落ちてくれば、対応にも困る。
とはいえ、侵入者には違いない。指はしっかりと引き金に掛かっていた。
(とにかく降りなきゃ!お兄ちゃんが下敷きに・・・)
「う・・・っ」
ヒスイは慌てて腰を上げた。
ぬちっ・・・スカートの中で結合部が音をたてる。
肉襞に絡まったペニスは全く委縮する気配がなく、愛液がまるで接着剤のようにコハクから離れる事を拒んだ。
ヒスイは再び腰を落とし・・・
「ん・・・」
ハッ!としてカァァァ!!超赤面。
(何て声出してるの!?私!!)
この緊急事態に、しかも人前で感じている場合ではない。
(撃たれたら終わりなのよ!?でも・・・)
コハクを見下ろす、と、朗らかな笑顔だった。
「大丈夫だよ。目をつぶって、ゆっくり10数えて」
“10秒間目を閉じているように”コハクにそう指示され。
「・・・っ、うん」
素直に従うヒスイ・・・瞼を閉じ、カウントを開始した。
「い〜ち・・・ひぁ・・・んっ!!」
カウント1。ぐるり、回転。
ヒスイを庇うようにコハクが上になり、熾天使の羽根で警備員達の視界を遮る。
その隙にヒスイの底からペニスを引き上げた。
「あ、んんっ・・・!!」
コハクに広げられた入口が閉じる・・・ずらされていた股間の布も元の位置に戻った。
(今日パンツはいてて良かったぁ)
そんな事を考えながら、ヒスイは言い付け通りゆっくりと数を数えた。
「・・・し〜ち、は〜ち、きゅう、じゅっ!」
両目をぱっちり開く、と。
「え?あれ??」
銃口を潰され、使い物にならなくなった拳銃が床に散らばり、警備の男達も全員倒れていた。
ぴくりとも動かない。
たった10秒。その間にコハクがちゃんとズボンをはいている事にも驚く。
「ヒスイ、立てる?」
「あ・・・うん」
コハクに手を借り、立ち上がるヒスイ。
「お兄ちゃん、このヒト達死んで・・・」
「ないよ」
しばらくは動けないと思うけど。と、コハクは笑って、見上げるヒスイの唇に軽くキスをした。
「それにしても、ここどこなんだろうね」
四方を見渡したヒスイが息を飲む。
どこもかしこも棺だらけだ。
そこで改めて、室内の空気の冷たさに気付く。
棺・・・ならば、中身は死体だろう。
死体から連想するのは・・・ヒスイが口を動かした。
「もしかしてここ、アンデット商会の・・・」
「・・・かもしれないね」
現在。居酒屋アーティチョーク。
ウィゼの手には黒い革張りの手帳。幹部のみが所有する要人リストだ。
商売の役に立ちそうな王族、種族が記載されている。
オニキスの情報を再度確認・・・要人ランクはトップクラスである。
モルダバイトの名君。不老不死の王。
その王が寵愛したという王妃の資料はない。
「絶世の美女って話、ホントかよ」
ウィゼは薄ら笑いを浮かべながら、顔見知りの店主がオニキスから離れるタイミングを見計らい、席を立った。
店を出る素振りで、オニキスの背後を通過・・・
「・・・何者だ」
背中にナイフを突き立てられたオニキス。
「一緒に来てもらおうか」
「・・・・・・」
まさかこんなところで脅迫されるとは。
完全に油断していた・・・そもそも心当たりがない。
スピネルはヒスイを探しに出ていったきり、まだ戻っていなかった。
店内で騒ぎを起こしては他の客に迷惑がかかると考え、オニキスはウィゼと共に店を出た。
再び・・・格納庫地下。
そこは思った通りの場所だった。ゾンビ工場とでも言うのだろうか。
次から次へと警備員が現れ、二人の行く手を阻んだ。
人間だったのは最初の十数人のみで、後は皆ゾンビだ。
(ヒスイがいるからなぁ〜・・・できればあんまり暴力的な事は・・・)
ゾンビ相手に説得を試みるコハク。
「出口を教えてくれないかな。僕達は敵じゃない。偶然入り込んでしまっただけで、君達の邪魔をするつもりは・・・」
パンッ!!
その甲斐もなく発砲され。
「・・・そういうことなら、こっちも容赦しない」
「ヒスイ、下がってて」と、コハクはヒスイを背後に回した。
が、そこで、“じっとしているように”という注意をし忘れてしまった。
「何かお兄ちゃんの武器になるものを・・・」
早速、ヒスイがうろつく。
「あ!あった!」
発見したのは、折れた鉄パイプ。
通路の曲がり角から半分ほど見えた。
急いで拾おうと手を伸ばす。が・・・
角の向こう側からズルリズルリと這ってきた、ゾンビに遭遇。
容赦のない力で手首を掴まれた。
「っ!!いた・・・!!」
ヒスイが顔を上げると、目玉がポロリ・・・
かなり腐食が進んだゾンビで、その姿は醜悪そのもの。
所々骨が見える体でヒスイに襲いかかってきた。
「ぎやぁぁぁ!!!」ヒスイの悲鳴。
そして、次の瞬間。
グシャッ!ヒスイの目前でゾンビが潰れた。
上からコハクが崩れたコンクリートの塊を落としたのだ。
「・・・・・・」
危機は脱したが、あまりのグロさにヒスイは声も出ない。
一方コハクは、ヒスイの手首に残ったゾンビの手形に逆上。
「・・・ヒスイを・・・傷つけたな・・・」
鉄パイプを拾い上げ、呟く。
「・・・皆殺しだ」
「ちょっ・・・お兄ちゃんっ!!?」
裏路地にて。ウィゼとオニキス。
「サイコーだぜ。アンタ」
「・・・・・・」
不老不死伝説の真偽を確かめるため、試し斬りされたオニキス。
右腕に深手を負ったが、その傷口はすぐに塞がり、跡形もなく消えた。
「こいつぁ本物だ」
目の当たりにした奇跡にウィゼは恍惚としていた。
「オレは・・・お前が考えるような存在ではない」
眷属の仕組みを知られれば、次に狙われるのはヒスイだ。
それだけは何としても避けなければならない。
ウィゼは自ら肩書きを述べた。
アンデット商会の人間なら尚更、警戒すべきだ。
オニキスが思案する中、ウィゼは友好的な口調で。
「なあ・・・アンタ、ウチに入社しないか」
答えは当然NOだが、オニキスが口にする前に・・・
ドコーン!!
刹那の振動と、遠方で建物が崩壊する音がした。
「!!支部がやられた」
勧誘を打ち切り、叫ぶウィゼ。
身を翻し、走る。
「クソっ!!何が起きた!!?」
格納庫地下=アンデット商会コランダム支部。
「お兄ちゃんっ!」
ヒスイがシャツを引っ張った。
「もういいよ。帰ろうよ。出口もわかったし」
某ゾンビがヒスイに絡んだ事で、コハクがキレた。
ゾンビというゾンビを叩き潰し、目に付く設備をすべて破壊・・・鉄パイプ一本で地下組織を壊滅に追いやっていた。
「・・・・・・」(しまった・・・)
ヒスイの声で我に返ったが、手遅れだ。
本当にやりすぎた。
この状況では、取り繕いようがない。
ゾンビも段階によって灰になるものとならないものがいる。
なりたてゾンビは葬っても灰にならず、醜い肉塊となるのだ。
ゾンビ工場のゾンビは大部分がそれで・・・何ともスプラッタな光景が広がっていた。
「え〜と・・・これはその・・・ごめん」
やりすぎました、と、すかさず謝罪。
「お兄ちゃん・・・」
「な、何かな?」
嫌われたかもしれないという不安で、コハクの笑顔が引きつる。
「燃やそう」ヒスイが言った。
「このままじゃみんな腐っちゃうし。火葬すれば、魂の浄化にもなるでしょ?」
「ヒスイ・・・」
愛妻のポジティブな解釈に感動。
提案に従い、コハクは死体の山に弔いの火を放った。
「帰ろ、お兄ちゃん」
燃え盛る炎の前で。ヒスイはコハクに身を寄せ。
「・・・嫌いになんかならないよ?」
「ヒスイ・・・」
「帰って、えっちの続き、しよ?」
「くす・・・そうだね」
ラブラブムードで帰路に就く二人。
しかしそこに立ちはだかる女がいた。
「そうはいかねぇぜ?お二人さんよぉ」
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