「オニキス」
「スピネルか」
町中で二人は出会った。
ウィゼから解放されたオニキスと、ヒスイ探索中のスピネル。
目指す場所は一緒だ。
「あれ」と、スピネルが指差したのは先程崩壊した建物の辺りだった。
「パパだと思うんだけど」
「恐らくな」オニキスが頷く。
迷路のような町で、途中行き止まりながらも、二人は目的地へと急いだ。
アンデット商会コランダム支部。
「そうはいかねぇぜ?お二人さんよぉ」
ナイフを抜く、営業部長ウィゼライト。
支部に多大な損害を受け、怒り心頭。
舌で唇を舐め、同時に地面を蹴った。
一瞬で距離が詰まる。
「!!ヒスイ離れて」
「え?おにい・・・」
「何もしないで、そこで見てて」今度はちゃんと釘を刺す。
ヒュッ!!
「・・・っと」
喉元を狙い繰り出されたナイフをかわし、応戦。
しかし、鉄パイプは捨ててしまった。
攻撃を防ぐ武器がない。
自然界の元素、あるいは自分の血液などから即席の武器を創り出すのは可能だが、ここで一戦交える気はなかった。
「動きが鈍いぜ?」
「・・・・・・」
(さっきから急所だけを狙ってくる。見切れない程じゃないけど・・・)
腕がいい。狙いが正確だ。迷いもない。
(殺り慣れてるなぁ・・・それにこのナイフ・・・)
「どうした?昔はこんなんじゃなかっただろ?セラフィムさんよぉ」
「・・・・・・」
自分の事を知っている・・・だとすれば何かしらの因縁があるのだろう。
「アンタ、魔剣マジョラムの所有者だよな?」
そう話を振られ、悟る。
「本気出せよ」続いてウィゼに煽られ。
チラ・・・ヒスイの様子を窺うコハク。
言い付けを守り、じっとこちらを見ている。可愛い。
(もうこれ以上ヒスイの前で残虐シーンは・・・えっちの約束だってしてるのに)
なかなか本気にならないコハクに痺れを切らし、ウィゼが言った。
「は〜ん。その女の前で手荒な事はしたくねぇと思ってんだろ」
「優しい男のフリをするのも大変だなぁ」
チラ・・・今度はウィゼがヒスイを盗み見た。
「ガキだが、綺麗な顔してやがる。あと十年もすりゃ、絶世の美女になるだろうよ」
そこでターゲット変更。
一本だったナイフが二本に分裂するという奇妙な技を使い、ヒスイを狙う。
「喰ってきな」
「いただきまぁ〜す」
「そうはさせない」
ウィゼのナイフを投げる動きに反応し、コハクが本気モードになった時だった。
ピロピロピロ!!
不可解な音が響く。
ウィゼは攻撃の手を止め、スーツの胸ポケットから小さな四角い物体を取り出した。
携帯電話・・・と、言っても魔道具の部類に入る。
世界のどこからでも、という訳にはいかないが、町中で連絡を取り合う事ぐらいはできる代物だ。
「チィッ!誰だよ!!もしもしっ!!・・・しゃ、社長!!?」
電話に出るなり、誰もいない空間へ向け、ウィゼは急にヘコヘコし始めた。
「え!?出港!?支部がやられたってのに!?」
ボソボソ・・・それから少しの間小声でやり取りし、話がまとまったらしく。
「今日のところは見逃してやるよ」
偉そうな口振りで、携帯電話をポケットに戻す。
「またな」ウィゼは不敵な笑みで去った。
「何だったんだ?」
激突は避けられたが、何とも歯切れの悪い結末。
腑に落ちない顔でコハク&ヒスイが見送る。
「ママ」
「ん?」
呼ばれたヒスイが振り向くと、そこにはスピネルとオニキスが立っていた。
4人で居酒屋アーティチョークへ戻る。
フェンネルの件でスピネルとヒスイが話し込み、その後ろを歩くオニキスとコハク。
「派手にやったな」
「ええ、まあ」
「・・・あの女はまずい。魔剣使いだ」
「ですね」コハクが軽く相槌を打った。
「ヒスイに近付けさせるな」オニキスの忠告。
「当然です。またな、なんて言ってましたけど、そんなつもりは毛頭ないんで」
話はそこで一段落。二人はしばらく黙って歩いたが、オニキスが再び口を開いた。
「アンデット商会か・・・」
「気に食わないですか」
「死者を扱う商売というのはどうかと思うが」
「死者への冒涜とでも?」
「・・・オレも似たようなものだからな」
一度は死んだ身。腐っているかいないかの違いだけだ、と自嘲。
「ははは、ナイスジョークだ」とコハクが笑う。そして言った。
「僕は正義の味方って訳じゃないですから。アンデット商会がどういう商売をしていようが関係ない。ただ、これ以上ヒスイに害をなすようであれば、潰す。それだけです」
居酒屋アーティチョーク。裏口。
「何で私なんだろ・・・」
指名を受けたヒスイが単独でフェンネルの元へ。
時は夕暮れ。
哀愁漂う廃病院の一室で。
ヒスイはベッドに置かれた古い杖を覗き込んだ。
修理は無事済んだようだ。
後はメンタルケア・・・そう店主に言われた。
フェンネルの事は正直よく知らない。
話をするのもこれが初めてだった。
人見知りのヒスイは微妙に緊張・・・
「フェンネルは、お兄ちゃんがオニキスにプレゼントした杖なのよね」
店主の説明によると、フェンネルにはある悩みがあるらしい。
思い悩むあまり、魔力のバランスを崩し、一時的な弱体化に繋がったのだそうだ。
「ご子息をお守りできなかったこと、深くお詫び致します」
「え?別に。生きてるし」
いきなり謝罪され、ヒスイはきょとん。
フェンネル・・・冗談が通じない感じの、少々お堅い印象を受ける。
声のトーンも割と低めだ。
とにかく、悩み相談という雰囲気ではなかった。
「話にくいわね・・・擬人化できないの?」
「できますが・・・所有者の想い人の姿になってしまいます」
そういう性質の魔剣なのだ。
「想い人?いいんじゃない」
深く考えずにヒスイが許可、フェンネルは姿を変えた。
「それでは」
「え・・・」
(ええ〜っ!!?スピネルってそうだったの!?)
知った顔に後ずさるヒスイ。
(言ってくれれば協力するのに・・・でも)
本人が黙っている事だ。
「ん〜と、見なかった事にするね」
「そうしていただけると」
「それで?悩みって?」
・・・打ち明けられたヒスイが驚く。
「へ?学生になりたい?」
スピネルとフェンネルはいつも一緒。
だが、学校ではロッカーに入れられてしまう。
フェンネルは学生になりたい理由を語らなかったが、主の側に身を置きたがるのは当然の心理だろうと、ヒスイの勝手な解釈で話は進んだ。
「変身すれば?今みたいに」
「それが・・・」
変身能力と言えば聞こえはいいが、なれるものは限られている。
所有者の想いに反応し、どうしてもこの姿になってしまうと言うのだ。
「う〜ん。確かにその姿じゃ無理があるわね」
ヒスイが腕を組んで唸る。
「あ!そうだっ!いい考えがあるわ!」
我ながら名案と手を叩き。
続けて考えを述べた。
「そんなことが・・・」
「うん。できると思う。後でお兄ちゃんに頼んでみるね」
お願いします・・・深く頭を下げ、フェンネルは本来の姿へ戻った。
「ふぁ〜・・・っ」
ヒスイの口から特大の欠伸が出た。
忙しない一日だった。昼寝もしていない。正直かなり眠い。
「10分だけ・・・」と、ベッドで横になる。
シーツが多少埃っぽくても、今は睡眠優先だ。
「戻るのが遅くなるとお兄ちゃんが心配する・・・から・・・すぐ起き・・・Zzz・・・」
それから間もなくして。
スピネルとオニキスが様子を見にやってきた。
部屋の外から何度か声をかけても返答がなかったので、入室する、と。
ベッドには、爆睡中のヒスイ。
右手にしっかりとフェンネルを握っていた。
「良かった」
復活したフェンネルを前に、スピネルの表情も和らぐ。
気持ちにも余裕が生まれた。
隣のオニキスに視線を移すと、愛に満ちた横顔でヒスイを見つめていた。
「好き?ママの寝顔」
「何だ、急に」
「そんな顔してたから」
「ああ、そうだ」
オニキスは潔く認め、指先でそっと眠るヒスイの頬に触れた。
「しちゃえば?キス」
見なかった事にするよ?と。スピネルの悪戯な笑い。
しないとわかっていて、言っているのだ。
「それとも・・・代わりにキスする?ここに」
スピネルは自ら唇を指して。
「ママだと思っていいよ」更に挑発。
結んでいた髪を解く。ヒスイに・・・似ている。
「そうか・・・ならば」
オニキスがスピネルの肩に手を置いた。
「え・・・」
ゆっくりと顔が近付き、唇と唇の距離が縮まる。
予想外の展開にスピネルは動けず。
しかし、オニキスの唇は寸前のところで進路を変更し、スピネルの唇の隣にキスをした。
「・・・あまり大人をからかうと、痛い目をみるぞ?」
唇を離してから、優しい口調で諭すオニキス。
「うん。そうみたいだね」
からかうつもりが、逆にからかわれてしまい、肩を竦めるスピネル。
「行くぞ」オニキスが言った。
「ママ達このままでいいの?」
「もうすぐコハクが迎えにくる」
さすがによくわかっている。
「そうだね」と、スピネルも納得。
一足先にオニキスが部屋を出た。
残ったスピネルはもう一度ベッドを覗き込み。
「このキスはママに返すよ」
呟いて、ヒスイの寝顔に唇を寄せた。
キスの仲介。
唇のすぐ近く・・・自分がキスを受けた場所と同じ場所にキスをして。
「・・・オニキスがキスをしたいと思うのは、ママだけだから」
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