“魔女”からメノウの元へ使いが来たのは、航海を終え、モルダバイトに戻ってすぐのことだった。


とある民家の窓辺で。
「俺を呼んだのって、君?」と、メノウ。
「ずいぶんと若くて可愛い死神さんね」魔女は言った。
エクソシストの黒衣に身を包んだメノウは、魔女の目にそう映ったのだ。
外見に関してだけではない。
これから自分の命を代償として捧げる相手・・・それは確かに死神と呼べるものだった。
「死神?そう見える?」
明るい笑顔と声でメノウは言った。
「俺も本物の魔女って初めて」
興味深そうに、魔女を見返す。
人間の、温厚そうな中年の女だ。
(どこにでもいる普通のオバサンだよな)
誰にも気取られない・・・だからこそ大物なのだ。それはメノウもわかっていた。
魔女は自ら50歳であると告げた。
その魔女にとっても、少年の姿をした死神は意外だったらしく。
「ひとりで一国を相手にできるほどの大賢者ときいていたから」
全く想像と違っていた、と、笑う。
けれども、やはりそこは魔女で。
メノウがどういう存在なのかは理解しているようだった。


魔女は、自分の死期が近いことをメノウに話した。
それは強大な魔力を有する人間の宿命ともいえる。
個人差はあれど、肉体が魔力に耐えられず、魔力を持つが故に短命の者もいる。
特に魔女は出産で死期を早めることがあるという。
「少し前に子供を産んだの」
「人間の?」
「・・・いいえ、エルフの」
「へ〜・・・ハーフエルフか」
親にしてみれば可愛い我が子。
「けれど・・・育て方を間違えてしまったのかもしれない。あの子は今・・・己の利欲で戦争を起こそうとしているわ」
これでは安心して天寿を全うできない、と、嘆く魔女。
「・・・これから貴方に遺言を預けたいのだけれど。もうあまり時間がないの」
「それってさ、“魔女の遺言”?」
「ええ」魔女は静かに頷いた。
「・・・・・・」
たとえそれが絶対的な呪いだったとしても、天才魔道士メノウには受け取らないという選択肢もあった。しかし。
「ん〜・・・ま、いっか」と。メノウはいつもの軽いノリで承諾した。
「子供が〜とか言われちゃうと弱いんだよね。俺もハーフの子供いるし」
「貴方も?」驚いた様子の魔女が聞き返す。
「そ、俺の奥さん吸血鬼なんだ。もう死んじゃったけどさ」
「そう・・・」
魔女もまた夫のエルフを早くに亡くしたのだという。
「ま、これも何かの縁だろ」
出会うべくして出会った、魔女と・・・死神。
「んじゃ、遺言を」
「ええ・・・お願いするわ」





そして、土曜日の午後。

新設ペンデローク支部、社内喫煙所にて。
ヒスイへの愛に付け込まれ、社員契約を結んでしまったトパーズが、それは不機嫌そうに煙草を咥えていた。
もはや自棄の域だ。
「な、お前はさ、アンデット商会の“上”って人間だと思う?」
煙巻く中、孫を見上げるメノウ。
対するトパーズは、これ以上巻き込むなという目でメノウを睨んだ・・・が。
「放っとくと、ヒスイがまた引っかかるかもよ?」
「・・・・・・」
アンデット商会の魔本により、危うく子宮を失いかけたのだ。
その後も、人魚になりかけたり、輪姦されかかったり。散々被害を被った。
とはいえ、懲りないヒスイ・・・メノウが言うことも、もっともで。
「・・・・・・」
ここでやっとトパーズはメノウの質問に答えた。
「普通の人間とは考えにくい。魔道具の精製には人知を超える知識が必要だ。人間でありながら人間でない者、魔女や賢者と呼ばれる奴等なら話は別だが」
そう言って、メノウの出方を窺うように見下す。
「ま、そうだよな」
メノウは、トパーズの回答に満足そうに相槌を打った。
「ところでさ、市販されてる魔道具には、多かれ少なかれ魔力が付加されてるだろ?」
「・・・・・・」
「あれはどこで調達してるんだろうな」
わざとらしい独り言でトパーズを盗み見るメノウ。
「・・・・・・」
トパーズは面倒臭そうな態度ながらも身を翻し。
その背中に、メノウはヒラヒラと手を振った。
「いってらっしゃ〜い」




月曜日・・・時は現在。

右手に地図を握ったまま、待ち合わせ場所へと向かうヒスイ。
女学院の裏門でジストが待っていた。
「ヒスイっ!!こっちこっち!」
オーバーなくらい大手を振っている。
「ごめん、待った?」
ヒスイは小走りでジストの元へ。
「ううんっ!ぜんぜ・・・」
(うわ・・・ヒスイ可愛い)
真正面からヒスイに見とれ、ジストの言葉が途切れる。
「ジスト?」
母親の制服姿に萌える息子、ジスト。
本日もマザコンっぷりは健在だ。


二人は裏門を発ち、地図の指し示す土地へと向かった。
その間もジストの脳内は春爛漫で。足取りも軽い。
自分よりはるかに小さいヒスイと並んで歩いていると、母親というよりは妹のように思えてくるのだ。
(ヒスイはオレが守るんだっ!!)ナイト魂が疼く。
そんなジストの心中知らず「授業中なのによく抜け出せたね」と、ヒスイ。
そこには無論トパーズの圧力が働いているのだが。
「それにしても・・・ここどこだろ?」
何度も地図を覗き込み、ヒスイが呟く。
ヒスイもジストも詳しい話は何も聞かされていなかった。
この場所に、モルダバイトと繋ぐ魔法陣を描くというミッションが与えられただけ。
余計な詮索はしないよう言い含められていた。




宗教の国、マーキーズの辺境。

魔法陣+馬車で3時間ほどかけて二人が到着したのは、ひどく風化した都市遺跡だった。
「そのへん足場悪いから気を付けて!」と、ジスト。
かつての石畳もひび割れ、でこぼこ。どこもかしこも雑草だらけだ。
「あ!そこ!危ないよっ!!わっ!?」
ヒスイにばかり気を取られ、自分の足元など見ていなかったジストが、躓き転んだ。
「ジスト!?」
しゃがんでジストを覗き込み、「何やってるのよ」と、ヒスイが笑う。
「大丈夫?」
「平気!平気!」と、言いながら(なんか幸せ〜・・・)
・・・本来の目的を忘れかけているジストだった。


崩れかかった建物が並ぶ通りを歩く二人。
この遺跡は目的地への通過地点に過ぎず。
「この先よね」
ようやく古都の出口らしきアーチが見えた・・・その時。
グルル・・・獣の呻き声に振り向く親子。
「!!」「!!」
いつの間にか背後を取られていた。
「ヒスイ、危ないから下がって」
持ち前のナイト精神で、素早くジストが前に出る。
数頭の飢えた獣・・・四つ足の胴体に犬と山羊の二つの首、尻尾は蛇。
動物の各部が不自然に合体した生物で、その体は大きく、ずいぶんと凶悪そうだ。
が、その牙はすべて狙われ体質のジストに向けられた・・・それでいいのだ。
ジストが同行した理由はそこにあった。
荒れ狂う獣をすべて引き連れ、ジストが走り出す。さすがに慣れたもので。
「こいつら何とかしてくるから!ヒスイはそこでちょっと待ってて!」
あっという間にジストと獣は姿を消した。
「・・・・・・」
(あれは天然の魔獣じゃない・・・人工の合成獣だわ)
造られしモンスター・・・どんな能力を持っているのかわからない。
「ジスト、大丈夫かな・・・」
ジストは三つ子の中でも一番子供らしい子供・・・未熟な母親ながらも、守らなければと思う。
ヒスイはジストの後を追った。


ここからが・・・トラブルメーカーの本領発揮である。



こちら、ジスト。

「とうっ!」

囮として遺跡内を駆け回り、かつて貯水地だった堀を見つけると、軽やかに飛び降りた。
そこに合成獣を誘い込む。
「よっ・・・と。こんなもんかな」
平和主義のジストが一頭、二頭、三頭・・・順当に動きを封じ、残り一頭になった時だった。
「ジストっ!!」堀の上から響く声。
「へ!?ヒスイっ!?来ちゃったの!?」
「?」加勢する気満々のヒスイに、言葉の真意は届かない。
結果、ジストに隙が生まれ・・・
「うわっ・・・!!」
合成獣の攻撃を受けた。蛇の尻尾に殴打されたのだ。
「!!ジストっ!!」
これは一大事!と、専用ステッキを構えるヒスイ。
「たあっ!」
威勢良く声を上げ、数メートルの高さから飛び降りたはいいが・・・ぐきっ!!
着地失敗の音がした。
「・・・・・・」
(今、足首が変な方向に曲がったような・・・)
「きっ、気のせいよ!!」
自分にそう言い聞かせ、ヒスイが一歩踏み出した瞬間。
「・・・・・・・・・」
声にならない痛みが込み上げてきた。
(い・・・痛ぁぁぁ!!)
冷汗。患部の痛みに固まったまま、ヒスイが動けずにいると。
そこに・・・黒い影が立ちはだかった。
「え・・・?」
茶褐色の肌に漆黒の髪。風貌は人間に近いが、耳が尖っている。
(ダーク・・・エルフ?)
敵か味方かもわからない状況で、ヒスイは尋ねた。



「あなた・・・誰?」






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