「ヒスイ~?どこ??」


いるなら返事して、と、ジストは屋敷内を探し歩いた。
「おっかし~な」
この時はまださほど事態を深刻には考えておらず、暢気に先程の夢を思い出したりして。
「それにしても恥ずかしい夢見ちゃった・・・」
(ちゃんとヒスイの目見て話せるかな)
照れた顔でぽりぽり頬を掻く。
夢でしか逢えない、エッチなヒスイ。
(せっかくオレを指名してくれたのに・・・夢ならしちゃってもよかったかな・・・)
「なんてっ!だめだ!だめだ!!」
(そもそもこんな夢見ちゃうのがマズイ!!)
「ヒスイっ!ごめんっ!!」
これまで・・・その類の夢を見なかったといえば嘘になるが、あれほど生々しくはなかった。
日に日にリアル感が増しているように思う。
ジストは足を止め、いつになく神妙な顔で呟いた。
「やっぱオレ・・・最近ちょっと変だ」



それから約40分。

すぐに見つかると思っていたヒスイは屋敷中探しても見つからず。
最初は気楽に構えていたジストも段々と心配になってきた。
シトリンに席を外すよう言われていたのでキッチンへ行くのは気が引けたが・・・
(父ちゃんに知らせなきゃ!!)
ジストは、ヒスイのパンツを返却した時のように意を決してキッチンへと駆け込んだ。
「父ちゃんっ!!ヒスイがっ!!」
“ヒスイがいない”いつもなら大騒ぎだ。しかし、コハクは珍しく落ち着いていた。
「ヒスイは出掛けたよ」
「へっ?誰と??」
「メノウ様と」




それは・・・ジストがイケナイ夢に溺れ始めていた時のこと。

赤い屋根の屋敷、屋外にて。
「オニキスはまだコッチ来てないみたいだな」
リビングを覗き込む男=サラリーマンと化したメノウだ。
「契約書にサイン貰うの忘れちゃったんだよね。ま、急ぐモンでもないけどさ」
絨毯の上で、ヒスイとジストが眠っている。
(あいつらまた一緒に寝てやんの)
娘と孫のそっくりな様子を見て、微笑ましい気持ちになるメノウ。
自分も参加したいところだが・・・
(このカッコじゃな)
改めて出直そう、と、窓辺に背を向けゆっくり歩き出した時だった。
リビングの窓が開く・・・偶然にも目を覚ましたヒスイの手によって。
「待って」
メノウはヒスイに呼び止められた。
立ち止り、振り向く・・・そこで更に。
「あなた、誰?」とヒスイ。
「・・・・・・」
(オイオイ、嘘だろ~・・・俺ってわかんないの?)
血を分けた親子・・・でも。
ヒスイは明らかに不審者を見る目つきだった。
魔術で成人の姿になり、髪型を少し変えて、インテリっぽさの演出に眼鏡をかけてみた・・・それだけだというのに。
「どんだけ鈍いんだよ・・・」
メノウはボソッと呟いた、が。
(そういや・・・)
昔、妻のサンゴも同じ反応をしたことを思い出す。
(俺ってわかんなかったんだよな)
血は争えないものだと、懐かしく、込み上げる笑い。
「・・・・・・」
(何このヒト、いきなり笑い出して・・・)
ヒスイの目には益々怪しく映っているのだが、そんなことはお構いなしにメノウは窓辺へと寄った。
ヒスイがコハクを呼ぶべく窓辺から離れようとしていたところだった。
「俺と来なよ」
「はぁっ?ちょ・・・何す・・・」
大人の肉体であるのをいいことに、腕力でヒスイを攫う。
動機は大したものではなかった。
いつもの悪戯心が疼いたのだ。
面白そうだから。ヒスイが気付くまで連れ回してやろう、と。
「やっ・・・!!おにぃっ・・・!!」
「ヒスイ?」
ヒスイがコハクを呼ぶと、コハクはすぐにキッチンから顔を出したが・・・
「ちょっと俺に貸してよ」というメノウの言葉に頷いた。
「遅くても10時までには送り届けてくださいね」
「了解。んじゃな!」
「楽しんでおいで。ヒスイ」と、コハクが手を振る。
「え?え?」



こうしてヒスイは、大人メノウにレンタルされた。



「お兄ちゃんの友達?」
「ま、悪友ってヤツかな」
メノウがコハクとの友情を認めると、心なしかヒスイの表情が和らいで見えた。
(いい加減気付いても良くね?って・・・)
ヒスイにそれを期待するだけ無駄な気もしてきた。
「んじゃ、ちょっとばかし付き合って貰うとするか」
「どこに?」
「ついてくりゃわかるよ」
メノウは独自の魔方陣ルートで移動した。



「え・・・ここってグロッシュラーじゃ・・・」
グロッシュラー城下町、高級店が並ぶ大通り。
ごく一部の裕福層しか立ち入れないエリアである。
王侯貴族ご用達の一流店ばかりで、やたらと照明が煌びやかだ。
「その髪じゃ、店入ると目立っちゃうからさ」
「そこの建物の影で3分だけ待ってて」と言い残し、メノウは高級店街へ繰り出していった。

・・・そして3分後。

メノウは大小二つの箱を抱えて戻ってきた。
「これやるよ」と、ヒスイに小さな方の箱を渡す。
中身は薄手のストールで。
今ヒスイが着ているオフホワイトのワンピースに合わせて選んだものだった。
「日が暮れてちょっと寒くなってきたからさ。安物だけどないよりマシだろ」
「安物?これのどこが・・・」
名前も知らない相手から軽々しく受け取れる品物ではない。
とはいえ、実際肌寒く・・・そんなことも言っていられなかった。
「・・・ありがと」
「ん!」似合うじゃん、とメノウ。
「俺さぁ、奥さんと娘には何でも買ってやりたくなっちゃうんだよね」
ついつい本音が出る・・・が。
「私、あなたの奥さんでも娘でもないけど?」
ヒスイのボケが辛口に炸裂する。
「・・・・・・」
(こんだけ言ってもわかんないって、おかしいだろ・・・ま、いいけどさ)
「これからどこいくの?」と、ヒスイ。
こうなったらとことん付き合わせてやろうと、メノウは悪戯な笑みで答えた。
「ダイオプテース」




グロッシュラーの高級店街から一転。

(何なの・・・この展開)ヒスイ、心の声。
二人は海辺にいた。といっても砂浜ではなく、海を高みから眺める崖の上だ。
そこでメノウは大きな方の箱を開けた。
中には沢山の切り花と、花嫁のベールが入っていた。
「!?」ヒスイが驚いた顔で見ていると・・・メノウはそれを海へと投げ込み。
「え!?ちょっ・・・何してるの!?」
「少し前にさ、好きな女にウエディングドレスを贈ったんだけど、あんとき時間も金もなくて、ベールまで買ってやれなかったんだ」
真っ直ぐ海を見下ろすメノウの横顔。
「コッチ戻ったらすぐ来るつもりだったんだけど・・・」
魔女に呼び出しをくらったりして、なかなか時間が取れなかったのだ。
この海は・・・過去にサンゴと別れた海。
「遅くなってごめんな」
メノウは海に向かってそう言って。
「・・・・・・」
ベールは死者への贈り物なのだと、ヒスイでもなんとなくわかった。
ただそれが、自分の母親だということには全く気付かぬまま。


「・・・あなた、アンデット商会のヒトよね」


大人メノウの胸元のバッジはしっかり見ていたのだ。
「まあね」メノウが返事をすると。
「だったら、教えて欲しいの」
「いいよ。何が知りたい?」
「どうして不老不死の研究なんてしてるの?」
「あ~・・・それね」メノウは無造作に頭を掻いた。
「俺も入社したばっかだから、聞いた話でしかないけど、最初は“延命”の研究だったらしいよ」
会社が大きくなるにつれ優秀な人材が集まったが、その中には“不老不死こそ人類の夢”と掲げる研究者も多く含まれていた。
それぞれの思想がせめぎあう中、いつしか“延命”は“不老不死”の研究へと変わっていったのだという。
「結局、社長の意志らしいけどな」
「社長の意志?そう・・・なんだ」
(まだ10歳そこそこの子供なのに・・・不老不死を求めるなんて・・・)
腑に落ちないという顔をしつつも、ヒスイは話を続けた。
「営業部長のウィゼライトってヒト、知ってる?」
「知ってる、知ってる」
「あのヒトにね“死んで欲しくない人間のひとりはふたりはいんだろ?その願いを叶えてやろうってんだ。何が悪い?”って言わちゃって」
それは、勧誘の手引き。
脈がありそうな相手をその気にさせるための、マニュアルなのだ。
社員教育で叩き込まれる、営業のテクニックである。
「死んで欲しくない人間って聞いて、お父さんのこと考えちゃって。ずっと一緒にいられたらいいなって思ってたから、ちょっと迷っちゃったの」
「あ~・・・そう」


“ずっと一緒にいられたらいいな”


何気ないヒスイの言葉が心に貼り付く・・・そんな中。
「あなたはどうなの?」と、個人的見解を尋ねられ。
「俺?そうだなぁ・・・」メノウは頭の後ろで両手を組んだ。
「・・・100年生きるか生きないかの命でもさ、孫の顔まで見て逝けるんだ。人間もそう捨てたモンじゃないだろ」
アンデット商会の社員がみな不老不死を理想としている訳ではないと説く、が。
「もっと先を見たいとは思わないの?」
アンデットの頂点・・・吸血鬼はやはり言うことが違う。
「ん~・・・ソレ言われちゃうとな」
痛いところを突かれ、メノウは苦笑い。
吸血鬼として生きることに一片の迷いもなく、日々を謳歌しているヒスイに、“人間の意地”を理解させようとすること自体無理があるのかもしれないと思う。
(サンゴにも、ヒスイの図太さの何分の一かあればなぁ)
もっと長生きできただろうに・・・そんな淡い想いを馳せながら腕時計を見ると、午後8時30分を回っていた。
「腹減っただろ?何か食ってくか」
何でも好きなものを奢ってやると、メノウが豪語するも。
「いい。帰ってお兄ちゃんの手料理食べるから」
スパッと、フラれる。
「・・・・・・」
(ヒスイってホント、コハク以外の男に容赦ないよな・・・)



そんな訳で。時刻は午後9時ジャスト。
門限に1時間の余裕を持っての帰宅となった。
赤い屋根の屋敷、門前。
だいぶ打ち解けた感じのヒスイが「寄ってお茶でも飲んでく?」と、誘うが。
「このまま退散するわ」と、メノウ。
最後まで自分の父親と気付かなかったヒスイに、むしろ感服する。
今更正体をバラす気もなかった。
「そう」と、言いながら、じっ・・・ヒスイが見上げる。
「あなた、私の好きなヒトにちょっと似てる」
「好きな人?」


「うん、2番目に好きなヒト。私の・・・お父さん」


「あはは!そりゃ光栄だ」
ズバリ、No.2宣告。
ヒスイのNo.1は当然コハクで。
(やっぱあいつには敵わないかぁ)
「・・・んじゃ、その2番目に好きな“お父さん”によろしくな」
「うん。それじゃ・・・」
ヒスイが門に手をかける・・・と。
「あ!お兄ちゃん!!」
すぐそこまでコハクが迎えに出ていた。
「ただいま!お兄ちゃん!」
「おかえり、ヒスイ」
コハクはヒスイにキスをしてから、メノウに風呂敷包みをひとつ手渡した。
「はい、これ」
「何、コレ?」
「お弁当です」
それは小さいながらも三段のお重で。
「今晩のおかずを詰めただけですけど、ひとりで外食するよりはいいと思いますよ」
ヒスイを誘っても、フラれる。コハクにはこうなることがわかっていたのだろう。
「ったく、よく気の付く奴だなぁ」
「いやあ、それほどでも」
「ま、ありがたく貰っていくよ」
手を振る代わりに、お重を翳し、メノウが歩き出す。
「「おやすみなさい」」
コハクとヒスイは同じ言葉で見送った。


「ね、お兄ちゃん」
「ん?」


「晩ごはん、なあに?」
「くすっ。栗おこわだよ」


「栗おこわ!あ・・・」



お父さんの大好物だね!





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