それより少し前・・・

グロッシュラーで使命を果たせなかったカーネリアン一行は、スファレライトに向かっていた。
王立図書博物館・・・目的地はそこだ。
「手ぶらじゃ戻れない〜」と発言したスピネルは、「事前に防げないのなら、万全の準備をしよう」と、アンデット兵に有効な戦術を持ち帰るべく行動を起こしたのだ。
王立図書博物館は、和平の証として各国の国宝が納められているだけでなく、他ではお目にかかれない珍しい書物や禁書を集めた場所でもある。
「いい案だとは思うけどさ、どうすんのさ」と、腕組みするカーネリアン。
「王立図書博物館には王族しか入れないんだよ?」
「俺、王族だぜ?」
名乗りをあげたのはグロッシュラーの第5王子、ジルコンだ。
「スピネルだってそうだろ」
現在国を治める王と王妃以外は、特殊な遺伝子検査によって王族かどうか判断されるのだという。
「世間的に公表されてない王族って、結構いるんだぜ。理由は様々だけどな」
正統なモルダバイトの血を継ぐスピネルは全く問題ない・・・ジルはそう説明しながら、相変わらず慣れ慣れしくスピネルの肩を抱いた。
「・・・・・・」
その様を、フェンネルが睨む。毎度の光景だ。
王立図書博物館では、王族一名につき、臣下一名の同行が許されている。
スピネル、ジル、それぞれに臣下一名。人数的には丁度良かった。



王立図書博物館、第二待合室にて。

「気ぃ遣ってんのかよ?」
フェンネルの背後に立ち、耳打ちするジル。
グロッシュラーとモルダバイトでは通される部屋も違うのだ。
フェンネル自らジルの臣下役を申し出て、今に至っていた。
「・・・・・・」
フェンネルはジルを一瞥。その視線はどこまでも冷たい・・・が。
「もしかして、嫉妬してるとか?」
ジルは気にも留めずに喋り続けた。
「男同士だと、セックスはケツの穴だろ。ソレ感じんのかよ。俺、男とはヤッたことねーんだよな」と、真面目顔だ。
「・・・・・・」
フェンネルにしてみれば、耳触りで仕方ない。
「・・・丁度良い機会なので言っておきますが、私は貴方が嫌いです」
「いいぜ?それでも」臆面もなくジルか答える。
「なんつーか、俺、マゾっ気ない筈なんだけど、お前になじられると、こーゾクゾクくるっていうかさー」
「意味がわかりません」
魔剣の化身であるフェンネルに、ジルの性癖など理解できるはずもなく。
ツンと横を向く、と。
「結構美人なのに、もったいねーよな。お前が女だったらスピネルだってさぁー」
「・・・・・・」
女、女、とうるさくジルに言われ、口を噤むフェンネル。
男としてスピネルの傍にいることを選んだのには、理由があった。
(わたしは・・・逃げた)


女として、あの方と同じ土俵に立つのが怖かった。
男になれば、煩わしい感情に振り回されることもないと思ったのに。
どんな姿になろうとも、抱く想いは変わらない。


(スピネル様・・・)




先に入館の許されたスピネルとカーネリアン。
「かー・・・こりゃ何だい。アタシゃ眩暈がするよ」
人間界に存在する魔道書・・・その数は決して多くはないが、各国の王家が運営するだけあり、貴重な文献が揃っている。
難解な文字の羅列にカーネリアンは早くもギブアップ。
閲覧用の机に分厚い本をどっさり積み、読み耽っているスピネルを見て、「アンタやっぱりヒスイとオニキスの子だよ」と、笑う。
「何やってんだい?」
そう問われれば、読書に決まっているが。
「アンデット兵を一掃できる呪文を構成するんだ。それぞれの魔道書から、アンデットに有効とされる呪文を拾ってね」
簡単に言うが、かなりの高等技術だ。
「アンタ凄いねぇ・・・」
「おじいちゃんに習ったんだ」
「その呪文をアンタが使うってのかい?」
「ううん。これだけの大呪文だと、誰でも使いこなせる訳じゃないから、ボクより基礎魔法力の高い誰かに頼むつもり」
「アンタじゃだめなのかい?」
「フェンネルの力を借りれば、できないことはないけど」
あまりフェンネルに無理をさせたくないから、とスピネル。
「兄貴とおじいちゃんは完全に向こう側だし。頼むとしたら、パパか、サルファーか・・・ママだね」
「ヒスイ・・・ねぇ」
「うん。ママは潜在的な魔力があるんだ。記憶力もいいしね。パパは主戦力として最前線に出ることになると思うし。サルファーは魔法兵団を率いることになってる。頼むとしたらやっぱりママかな」
そんな話をしながら、ノートに呪文を書きつけてゆくスピネル・・・2時間ほどかけてページの半分を埋めたところで。
「・・・スピネル、あんたさ、国を継ぐ気はないのかい?」と、カーネリアン。
「ボクが?」手を止め、スピネルが顔を上げた。
「余計なことかもしれないけどさ、オニキスの息子なら・・・」
「そうだね」
スピネルは瞳を伏せ、静かに微笑んだ。


『オニキスが、それを望むなら』




そして・・・再びこちら。

「大丈夫か?母上」
ぺしゃんと潰れたままのヒスイをシトリンが抱き起こす、が。
「・・・・・・」(うぬぅ・・・)
愛液でびっしょり濡れたヒスイの内腿・・・同性とはいえ目のやり場に困る。
(いくら愛しているからといって、やりすぎではないか?)
ここで、シトリンの堪忍袋の緒が切れた。
「母上はしばらく返さんぞ!!」
突然そう言い放ち、ヒスイを担ぎ上げる・・・その姿は勇ましく、男顔負けだ。
「ヒスイ!」
連れていかれてなるものかと、コハクが手を伸ばす。
「お兄ちゃん!」
ヒスイもコハクへ向け、手を伸ばした。
「うぬっ?」
(これでは私が悪人のようではないか・・・?)
愛し合う二人を引き裂く構図・・・しかし、引くに引けず。


「わ・・・ちょ・・・シトリン!?」


シトリンはヒスイを連れ、白い森の奥へと走った。
後を追おうとするコハクを引き留めるオニキスの声も、もう聞こえない。
シトリンの腕力をもってすれば、ヒスイの体は軽く、いくらでも担いでいられた。
ヒスイを担いだまま、勢いに任せて走り。
「降ろして〜」と、ヒスイが足をじたばたさせたところで、シトリンは動きを止めた。
「母上は怒っていないのか?」
「何を?」
「あ、あんなことをされたのに」思い出し、言葉を濁すシトリン。
「あ・・・うん。すごく恥ずかしかったけど、お兄ちゃん、いつもあんな感じだし」
トパーズにしてもそうだと、暢気に話すヒスイ。
「・・・・・・」(ヤられ慣れているのか・・・)
本人に自覚がないのが怖い。
「・・・なあ、母上。しばらく城で一緒に暮さないか?」
ヒスイのためを思っての誘い、だが。


「いい。お兄ちゃんのごはんが一番美味しいし」


「・・・・・・」(いくら誘っても無駄か・・・)
コハクにしっかりと餌付けされているのだ。
「・・・無理矢理連れてきて済まなかったな」
ヒスイを地面に立たせ、シトリンは謝罪した。
「ん?何だ?」
ヒスイがじっと見上げている。
その口から、「さっきはありがと」という言葉が出て。
「あの時シトリンが止めてくれなかったら、もっと恥ずかしいことになってたかも」と、照れた顔で笑う。
「いや!当然のことをしたまでだ!」と、シトリン。
こんな時、デレッとしてしまうのは、父方の遺伝だ。
ウホン!咳払いで誤魔化し。
「では戻るか」
「ん・・・って、ここどこ??」




雪は降り続いていた。

「おおっ!母上!!アレを見ろ!!」
視界は悪いが、少し先に巨大かき氷の山が見える。抹茶練乳白玉添えだ。
「行ってみよう!母上!!」
テンションの上がったシトリンは、ヒスイの手を取り更に前進・・・すると。
「ね、シトリン。あそこにいるのサルファーとタンジェじゃない?」
そこはまだ白い森の中。
確かに、金髪美少年と猫耳メガネっ子の姿があった。


「あれ?でもなんか様子が・・・」






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