こちら、戦の中心地。

グロッシュラーのアンデット兵が続々と送り込まれてきた。
何百という数が一度に転送されてくる・・・天才魔道士メノウ作の魔法陣であることは明らかだ。
未開発地区という限られた広さで、どちらも少数精鋭には違いないが・・・
グロッシュラー軍の戦力は、兵4000、四神、そして巨大ドラゴン。すべてアンデットだ。加えて、人間の兵が2000ほどだが、皆、メノウが売り付けた魔兵器を手にしている。総指揮官はグロッシュラー王だ。
迎え撃つモルダバイト軍の戦力は、1000の騎士、500の魔法兵、他カーネリアン率いる義賊のメンバーが50、セレナイト率いるエクソシストが50。ドラゴンを扱う召喚士が1。一族と、関係者有志合わせて20ほどだ。中には、グロッシュラー第5王子ジルコンも含まれる。
城の守備をジンに任せ、戦の総指揮を執るのは前王オニキスである。
そのオニキスが打ち出した戦法は・・・


“魔法の使用を極力避ける”


というものだった。
「ヒスイから話は聞いた」と、オニキス。
今回の戦争の発端ともいえる、アンデット商会の・・・カルセドニーの意向についてだ。
魔力を持たない者が、魔力を持つ者に劣らないことを証明する戦いだとすれば。
「魔法を用い勝利したところで、溝を深めるだけだ」
魔力を持たない者からすれば、これ以上ない屈辱。
深まった溝は、次の戦いを呼ぶ。
「難題であることは承知の上だが」
“命を大事に”を、最優先事項とし。
「無血とはいかないまでも、それに近い戦いをしたいと考えている。皆、協力を頼む」
「もちろんですわ!!」
本来、シトリンが続く場面だが、今回は不在・・・代わりに娘のタンジェが声を張り上げた。
この戦いで、騎士団を任されているタンジェ。
その騎士団には、シトリンが鍛え上げた猛者が揃っているが、魔力を持つ者はひとりもいない。タンジェも含めて。
「お前って、魔法使えない奴だったの?」と、言ったのは婚約者のサルファーだ。
「ええ、使えませんことよ?それが何か?」と、タンジェ。
「わたくし、魔力なんてこれっぽっちもありませんもの」
外見こそ猫娘だが、それに見合う魔力は持ち合わせていないのだ。
けれども、タンジェにはマーキーズの軍隊で培った剣術がある。
「特に不便はしておりませんわ」
そう言って、堂々としているタンジェの姿を見ながら、オニキスは言った。
「ないならないなりに、それを補うものが育つ」
モルダバイトの文化は、国王オニキスの、その信念に基づき発展してきた。


「持っているか、持っていないか、それだけで優劣が決する訳ではない」




同じく、未開発地区内。ヒスイ&ジスト組。

「ここね」
暗い木立を抜け、戦地を一望できる高台へと出た二人。
メノウに指定された場所なのだ。時間的には丁度良い。
ストロベリー味のドロップはもう舐めきってしまった。
口の中に甘さが少し残ってはいるものの、ヒスイは口寂しくなり。
作業に取り掛かる前に、ドロップ缶を持っているジストの服を掴んだ。
「んっ?何っ?ヒスイ」


「お兄ちゃんの飴、もう一粒ちょうだい」


「あっ・・・うんっ!」
上向きで「あ〜ん」するヒスイの顔に、またもやドキッとしてしまうジスト。
(うっ・・・ヒスイ、すげぇ可愛いっ!!!)
あまりの愛くるしさに、涙が出そうだ。体も固まる寸前だった。
内心、萌え悶えながら、ジストはドロップ缶を振った。
マスカット味のドロップを一粒取り出し、ヒスイの口元に持っていく。


ヒスイの、餌付け体験。


胸にキュンとくるものがあり、正直癖になりそうだ。
(そうだっ!今度、ヒスイの好きそうなお菓子買ってきて、あげてみよっ!)
血は争えないのか・・・
のほほんとしながらも、“ヒスイ調教”に目覚めつつあるジストだった。
「んむっ!おいし・・・」
口いっぱいに広がる甘さに、ヒスイは舌鼓を打って。それから言った。
「ジストも食べてみれば?」
「えっ!?いいのっ!?」
ジストは素直に喜び。
「じゃあさっ!食べさせてくれる?」
勢いで、そんなことまで言ってしまう。
「あっ・・・えっと・・・やっぱ自分で食べるよ」
ハッとして、引き下がるが・・・
「いいよ?あ〜んして」
ヒスイはあっさりOKした。
あ〜ん・・・ポイッ。ジストの口内に放り込まれたドロップ。
「・・・あっ!オレもマスカット味だっ!」
「おいしいでしょ?お兄ちゃんの飴」
「うんっ!うまいっ!」
二人は仲良くマスカット味のドロップを頬張り。時は満ちた。


瞳を閉じ、呪文詠唱に集中するヒスイ。
その声に紡ぎ出される文言は、まるで歌のようで。ジストはうっとりと聞き入った。


すぐそこに、敵が迫っていることを知らずに。




モルダバイト未開発地区、入口にて。

戦地にやってきた一匹の猫、シトリン。
「む・・・始まってしまったか」
標的に近付くのに、猫の姿は好都合だ。
戦いの混乱に乗じ、グロッシュラー王の首根っこを噛みちぎってやる・・・そんな心持ちで、敵陣の中心部を目指す、が。


「止まれ。そこの雌猫」


「兄上!?」
双子の兄、トパーズに声を掛けられ、猫シトリンの足が止まった。
「なぜ兄上がここに・・・」
「仕事をしに来た」
特有の意地悪な笑みを浮かべ、立ち塞がるトパーズ。
シトリンの頭に一気に血が昇る。
「仕事だと!?あくまでグロッシュラー側か!!」
ボンッ!シトリンは人型へと変化し、大鎌を構え、敵意を剥き出しにした。
「そこをどけ!兄上!私の邪魔をするというなら、兄上とて許さんぞ!!」
「仕事、と言ったろう」
公務員のプライドに懸けて、ヒスイと過ごしたあの夜の取引分はきっちり働く。
トパーズは、いつもの高校教師スタイルで。
眼鏡と、咥え煙草と・・・武器は持っていない。猛将シトリンの足止めをするという割には、かなり軽装だ。
「・・・仕方があるまい」
シトリンが大鎌を振り回す。大雑把なように見えて、無駄のない攻撃だ。
ヒュンヒュンと鋭く空を裂く。熟練度は日を追うごとに増していた。
大概の魔物はこれで仕留めることができる、が。
トパーズは煙草を吸いながら、すべての攻撃をかわし。
「お前と一緒で、短絡的だ」と、一笑。
ネクタイを緩め、ポケットから、授業で使う細い棒状の教鞭※折り畳み式を取り出した。


大鎌vs教鞭


「おのれ兄上・・・」
どこまでも馬鹿にされている気がする。
身内ということもあり、シトリンも手加減をしていたのだ。
「ならば、本気でいくぞ」
宣言と同時に鎌を振る。ほぼ無音・・・そして、目視不可能とも思われるスピードで、トパーズのネクタイを分断した。
「クク・・・面白い」
一方、トパーズも教鞭をひと振り。するとそれが、シトリンの大鎌と全く同じものに変化した。
「力の差を見せてやろう」と、悠々、大鎌を構えるトパーズ。
その挑発に、益々カッとするシトリン。
「この大鎌・・・簡単に扱えると思うなよ」


本格的な兄妹喧嘩勃発だ。


大きくカーブした刃が何度も交差し、火花を散らす。
タイミングを見計らい、シトリンは羽根を広げた。
上空からの攻撃に切り替えたのだ。
「兄上!覚悟・・・!!」
一撃必殺の大技。シトリンが大鎌を振り下ろす。しかし。
ガキィン!!
シトリンの大鎌の切っ先は、トパーズの大鎌に止められ。
「く・・・!!」(バカな・・・びくともせん・・・)
そのまま、弾き飛ばされる。
「・・・・・・」(なぜだ・・・)
高校教師のトパーズに、騎士団長である自分が負ける筈がないと思うのだ。
「うぬぅ・・・力比べだ!兄上!!」
「いいだろう」
シトリンが武器を捨てると、トパーズも武器を捨て。
ガッチリ、両手を組み合った。純粋な力比べだ。
「うぬ・・・っ」(なんだ・・・この力は・・・)
押しても押しても、トパーズの体は後退せず。むしろシトリンが後退させられる。
踏み留まることに必死で、だんだんと腕に力が入らなくなってきた。


「お前が愛しているのは、国か?それとも、父上か」


と、おちょくるトパーズは余裕たっぷりで。
「く・・・どちらも同じこと・・・っ!!」
シトリンが渾身の力を込めたところで、吸収されてしまう。
「この私が力負けするなど・・・」
(これがあの兄上なのか?)
共に過ごした幼き頃を思い出す・・・
年中青白い顔で。熱を出しては寝込んで。
(満足に外へも出られなかった・・・あの兄上なのか?)
「いつの間に・・・こんなに強くなったのだ・・・?」
モルダバイトの王妃として。騎士団の長として。シトリンが訓練を怠る事はなかった。それなのに。
「なぜ・・・私が負ける」
愕然と呟くシトリン。トパーズは鼻で笑い、顔を近付けて言った。
「こんなに簡単な事がわからないとは、やはりお前はバカだな」


「これが、男と女の違いだ」


「男と・・・女・・・だと?」悔しそうに、シトリンが睨む。
「そうだ。お前はもう、オレに勝てない。双子だからといって、いつまでも同じと思うな」
トパーズがそう言い放った直後。空間が歪んだ。
「な・・・なんだ?」両目をぱちくりさせるシトリン。
トパーズの体の表面から、目に見えるオーラが出始めたのだ。
それは薄青く・・・冷たそうにも、熱そうにも見える。
「始まったか」
トパーズは、シトリンと組んだ指をほどき、空を仰いだ。
魔力の搾取、だ。契約書にサインをした男達・・・トパーズをはじめ、コハク、オニキスにも同じ現象が起こっていた。
内なる魔力が具現化し、一ヶ所に集まっているのだ。
未開発地区、高台。ヒスイのいる場所だ。ところが。
いくらも経たないうちに、トパーズの全身から立ち昇るオーラが消えた。
何らかの理由で収集が中断されたのだ。



「あのバカ・・・ヘマしやがった」







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