モルダバイト軍。戦の中心地にて。

タンジェ率いる騎士団を主体とし、それぞれの戦いが展開されていた。
「一騎当千でいきますわよ!」
タンジェの呼び掛けで士気を高めた騎士団は、魔兵器を手にしているグロッシュラー兵に対し、勇敢に戦いを挑んでいた。
「人間の相手は人間に任せて、アタシ等は腐った奴等を始末するよ!!」
カーネリアンが啖呵を切り、義賊のメンバーとエクソシスト達が続く。
スピネル、フェンネル、ジルコンは魔法兵団に身を置き、後方で回復支援にあたっていた。
巨大ドラゴンの相手は、オニキスと召喚士の青年・・・わずか2名だ。
兵の数でいえば不利なことに変わりはないが、個人能力の高さとチームワークで、モルダバイト軍は善戦していた。ところが。
「!?」
突然、オニキスの動きが止まる。息が・・・できない。
眷属であるオニキスの体に、ヒスイの異変が伝わってきたのだ。
「く・・・」
戦いの最中、オニキスは胸を押さえ地面に膝を付いた。
(ヒスイの身に・・・何が・・・起こった・・・?)



「あ〜・・・ヒスイ、失敗したか」と、頭を掻くメノウ。
今回、戦いには直接参加していない。
グロッシュラー軍寄りのとある場所から戦況を窺いつつ、ヒスイに託した呪文の効果が現れるのを待っていたのだ。
「ま、失敗は誰にでもあるけどさ」
その分、戦いが長引くことになる。メノウはモルダバイト軍を仰ぎ見て。
「わりっ!」娘の失敗を詫びた。
「もうちょい頑張ってくれよな」




場面は変わり。

ヒスイ&ジストに近付く敵・・・それはアンデット商会営業部長のウィゼライトだ。
足を引っ張る相棒テルルは、創立記念日を満喫し、ここにはいない・・・ジストとの再会の機会を逃すことになるのだった。
アンデット商会の社員はあくまで社員であり、戦いには参加しない方針を、社長カルセドニーが打ち立て、今回は見学のみ。
ウィゼは、同じく観戦に来ているであろうカルセドニーを探し、戦地を移動していた。
「“ヒスイ”の気配がすらぁ・・・社長への土産にとっ捕まえていくとするか」
愛用のナイフ※修理済を舐め、ニタリと笑うウィゼ。
「行くぜぇ“ハニーサックル”」
魔剣の名を呼び、やる気満々で、ヒスイ&ジストチームの前に姿を見せた。が。
「“ヒスイ”ちゃんよぉ〜・・・」ウィゼもビックリだ。



「なんで死にかけてんだ?」



「うぐ・・・ぐぐ・・・」(く・・・るし・・・し・・・しにそう・・・)
青い顔で、のたうちまわるヒスイ。
「うぐ・・・ぅぅ・・・」(ヒ・・・ヒスイを助けなきゃ・・・)
ジストも青い顔で、地面に転がっている。
親子で悶絶。マスカットドロップの悲劇。
そう・・・二人は敵の襲撃を受ける前に、飴玉を喉に詰まらせたのだった。
ヒスイは、呪文詠唱の息継ぎ時に誤って飲み込み、詰まらせた。
そんなヒスイに驚いたジストもその時喉に詰まらせて。仲良く共倒れ、だ。
皮肉にも真の敵はウィゼではなく、ドロップだった。
(死なないで守るって・・・約束したのに・・・)
ヒスイを死なせそうな上、自分も死にそうだ。
酸欠で朦朧とする意識の中、必死にヒスイの手を握ろうとするジスト。


窒息死寸前の、その時。


救出に現れたのは・・・トパーズだ。
その腕には猫シトリンを抱いている。いち早くヒスイの失敗を察したトパーズは、シトリンとの戦いを強引に切り上げ=無理矢理、猫に戻し。共に瞬間移動してきたのだ。
現場に到着するなり、猫シトリンをウィゼに投げつける。
「ニャッ?」「あぁん?何だぁ、この猫」
「そいつは猫又だ。格好の研究材料だろう?」と、ウィゼを焚き付けるトパーズ。
シトリンの足止めをウィゼにさせるつもりなのだ。
トパーズの思惑通り、ヒスイに肩透かしを食らったウィゼはすぐその気になり、シトリンの捕獲に乗り出した。
そうなると、シトリンも対抗せざるをえない。
女同士の潰し合いが始まる中、トパーズは早足でヒスイの傍に寄り、その体を抱き起こした。
ヒスイの口元からは、マスカットの香りがして。ドロップを喉に詰まらせたことはすぐにわかった。
「毎回毎回、手間かけさせやがって」
舌打ちの後、トパーズはヒスイの背中を思いっきり叩いた。
「ホラ、さっさと出せ」
ケホ・・・ッ!!ヒスイの口から飛び出すドロップ。
トパーズは、続けてジストにも同じ処置をした。


ケホッ!ケホッ!ゴホゴホッ!!


何とか一命を取り止めた、ヒスイとジスト。だが・・・
二人には当然トパーズのお仕置きが待っていた。
「飴を食いながらとは、いい度胸だな」
「「う・・・ごめんなさい」」
ヒスイとジストが揃って項垂れる。トパーズのお仕置きは基本痛い。
「いひゃいぃ〜・・・」「いへへへ・・・」
本日は、ほっぺ引っ張りの刑だ。
覚悟はしていたが、やっぱり涙が出るほど痛かった。
「ヴ〜・・・」
ヒリヒリする頬を押さえながら、再び呪文詠唱に入るヒスイ。
その脇で、シトリンvsウィゼが激戦を繰り広げている。
とばっちりを受けないように、今度はちゃんとジストが護衛についていた。
「ヒスイっ!がんばれっ!!」




その頃・・・コハク&アクア組はというと。

グロッシュラーの奇襲部隊を、コハクが包丁二本で全滅させたところだった。
後には、死骸はおろか、草一本、蟻一匹すら残っていない。
「パパぁ〜なんかこわいよ〜?」と、アクア。
「え?そう?」(顔には出てないと思うんだけど・・・)
コハクは笑顔で答えたが、アクアにまで見抜かれるほど、殺気がダダ漏れで。
“攻撃は最大の防御”と、敵に突っ込んだはいいが、子連れの戦いは思った以上に神経を使うものであり、短時間で決着をつけるため本気を出してしまったのだ。
戦いでコハクが本気を出すことは滅多にないだけに、なかなかいつもの状態には戻れない。
凶悪な感情を引き摺ってしまうのだ。
(本気で戦った後って、もの凄くヒスイとエッチがしたくなるんだよね・・・)
そのヒスイは今、呪文詠唱中である。
コハクの体からも漏れなく魔力が絞り取られていた。一旦それが中断し、心配していたのだが、間もなく再開されたのでひと安心だ。
(とにかくアレが終わるまでは、手を出す訳にもいかないし・・・)
恐らく、この戦いの幕引きとなる大呪文。
対アンデット用のものだと聞いていたが、その効力がどれくらいのものなのか、計り知れない。



この時点で、戦況は大きく変わっていた。

一時的ではあるが、オニキスが戦闘不能に陥り、戦力が大幅にダウンしたため、やむなく召喚士の青年が竜を喚んだのだ。
月の代わりに、輝かしく夜空に現れた白竜・・・それこそが、モルダバイト所有のドラゴンである。


ホワイトドラゴンvsアンデットドラゴン。


ブアァァッ!!グアァァッ!!火吹き合戦が始まったのだが・・・
モルダバイト、グロッシュラー問わず、その炎に巻き込まれる者が続出した。
荒れる戦場。その中で。サルファーは縦横無尽に飛び回っていた。
魔法兵団の指揮をスピネルに任せ、自ら最前線に出たのだ。
単独で敵を撹乱している。相当な実力者でなければできない芸当だ。
普段は漫画を描いているサルファーだが、コハクの血を継いでいるだけに、その戦闘力は半端でない。

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

グロッシュラー側から大砲が撃ち込まれ。
それを片っ端からサルファーが叩き斬る、と。
桃から産まれた桃太郎・・・ではないが、中からアンデット兵が飛び出した。
「なんだよ、これ」
大砲の弾はいわば、アンデット兵の卵。斬り落とせば、斬り落としただけ、敵の数を増やすことになる。
「大砲台をぶっ壊せばいいだけだろ」
とは言っても、なかなか近付けない。
大砲台の近くには弓兵が配置されていて、サルファーを撃ち落とすべく矢を放ってくるのだ。
その間も発砲が続き、アンデット兵の数は増える一方・・・単独ですべてを処理するには無理が出てきた。
その時。


「ココはワタシに任せてクダサ〜イ」


有志のひとり、サファイアだ。トパーズと同じ、高校教師である。
刀を両手に一本ずつ持ち、戦場に立つ。
「ブッた斬りは得意デス」と、増幅したアンデット兵を片付け始めた。
「ヒュ〜ッ。眼鏡美人出てきた」口笛を吹くのは、もちろんジル。
「俺も行かねぇとな」こんな時まで、女好きをアピールする。
「ジル、でも君は・・・」と、ジルの立場を考慮したスピネルが引き留めるも。
「へーきだって」明るく笑うジル。
「こんな時のために用意してたんだぜ?」
そう言って、スピネルに見せたのは、なんと覆面。早速それを頭から被り。
「今から俺は覆面戦士ジル・コーンだ」と、スピネルを笑わせる。
「これでもグロッシュラーの王子だぜ?それなりの戦闘訓練は受けてるつーの」
サファイアとジルコンの援護を受け、サルファーは大砲台に近付くことに成功した。
「大砲斬り」と、咄嗟に命名した技で、見事撃破だ。
「フン、ちょろいぜ」





こちら、高台。

「ヒスイ・・・なんかすげぇ・・・」呟くジスト。
ただただその姿に見惚れるばかりだ。
呪文はとても複雑な構成になっていて、魔法理論をよっぽど学んだ者でなければ、聞きとることさえ困難で、ましてやその意味など理解できない。

けれども。

30分近い詠唱の末、最後に一言だけ、呪文の結びとなる言葉が、ジスト、そして戦闘中のシトリン、ウィゼ・・・誰の耳でも聞き取れる単語として、ヒスイの口から出た。



『― 魔 葬 ―』







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