「オニキス、いる?」
国境の家に現れた白衣のナース。ヒスイだ。
「ママ、いらっしゃい」
朗らかな笑顔で迎えるスピネル。ナース化したヒスイにも動じない。
聞かなくとも、理由がわかるからだ。
「オニキスはおじいちゃんと一緒にエルフの里に行ったよ」
「エルフの里?」
「うん」
例の魔石により、魔力を抽出され続けているエルフ族。
悪影響が出ていないか調査に向かったのだ。
結果、個体から採取される魔力はごく微量で、健康面も問題なく、当面このまま様子を見ることにした。
実は・・・オニキスはもう帰宅していて。シャワーを浴びているのだが。
スピネルがそこまで話をする前に。
「ちょっとシャワー貸して」と、ヒスイ。
いそいそと浴室へと向かう。
「あ、ママ・・・まあ、いっか」
脱衣所にて。
「何なのよ、あのヒト・・・夜も眠れなかったとか言って、お兄ちゃんにちょっかい出して・・・」
プンプン怒りながら、ナース服を脱ぐ。パンツは・・・穿いてくるのを忘れてしまった。
と、そこで。
浴室の扉が内側から開いた。
「あれ?オニキス、帰ってたの」
「・・・ああ」
裸ではち合わせ。きょとんとした顔のヒスイ。オニキスは努めて冷静に。
「・・・使うか?」
「うん」
何をどう隠すでもなく。裸のまますれ違う二人。
パタン。浴室の扉が閉まった。
「はぁ・・・」
壁に手をつき、同時に溜息のオニキス。
よく堪えた、と思う。
セックス直後のヒスイからは、女の生々しい匂いがして。ペニスが敏感にそれを感じとっていた。
視線を落とせば、見事な勃起。
ヒスイに見られずに済んだのが、せめてもの救い・・・と、思いきや。
「オニキス、あとで相談が・・・あ」
「・・・・・・」
浴室に引っ込んだ筈のヒスイが再び扉を開けた。不意打ちもいいところだ。
オニキスの勃起を目にしたヒスイは一言。
「なんか・・・ごめん」
オニキスもバツが悪いことこの上なく。
「いや・・・すまん」
互いに謝り、その場を収めた。
シャワーを済ませたヒスイは、オープンキッチンのカウンターテーブルに突っ伏した。
壁も家具も白を基調としているため、室内はとても明るい。
窓から爽やかな風が吹き込み、乾きかけた銀髪の間を抜けてゆく。
隣にはオニキスが座っているが、何を話すでもなく。
静かで、穏やかな空間。
「ふぁ・・・気持ちいい風〜・・・」
真昼の静寂にヒスイが浸っていると・・・
「はい、ママ」
スピネルが、ミントティーを振る舞った。
(スピネルもなかなかいいお茶淹れるのよね。お兄ちゃんには敵わないけど)
暢気にそんなことを考えるヒスイ。男二人を前に、ノーパンでもへっちゃらだ。
「相談とは何だ、ヒスイ」と、ここでオニキスが口を開いた。
「うん、あのね・・・」
ヒスイは、一口ミントティーを喉に流し込んでから。
「お兄ちゃんって、男のヒトにモテると思わない?」
「・・・・・・」(この女は、人を笑わせに来ているのか?)
クスクス!すでにスピネルは笑っている。
「それはちょっと大袈裟だよ、ママ。でも、モテそうだよね。パパ、顔だけは綺麗だから」
「でしょっ!?」
スピネルの言葉に煽られ、席を立つヒスイ。モテモテ疑惑に拍車がかかる。
「確かに一理あるかもしれんが・・・」
オニキスは笑いを堪えながら言った。
天使信仰の厚い地域では、熾天使を崇拝していて。コハクが修道士に絶大な人気を誇っていることを知っているのだ。※番外編『深爪の男』参照。
「やっぱりそうよね」
ヒスイが両手で頭を抱え、しゃがみ込んだ。
「今、お兄ちゃんに付き纏ってるヒトを追い払いたいんだけど、何かいい方法ないかな」と、いつになく真剣に悩んでいる。
その時。
「ヒスイぃぃぃ〜!!ごめんね!!」
国境の家に、コハクが乱入してきた。
診察室からヒスイの姿が消えたことに気付き、追いかけてきたのだ。
「お兄ちゃんっ!!」
コハクの迎えに、ヒスイは喜んだ・・・が。
「お兄ちゃん・・・うしろ」
「ん?」
ヒスイに促され、後ろを見るコハク。
「・・・君、まだ生きてたの?」
なんとコハクは、ファーデンまで引き連れてきていた。
「クハハ!」
ファーデンは血だるま状態で・・・パッと見、瀕死だが、なぜか本人は笑っている。
「どこだ?ここは?」と、白亜の室内を見回し。
「モルダバイト前王!!こんな処に隠れていたとはな・・・いいぞ・・・クハハ!!」
そう言って笑うファーデンは、王違いをしてから、モルダバイトについて少なからず学習したらしく、オニキスをオニキスとひと目で見抜いた。
血しぶきをあげながら、愉快!愉快!と、大笑い。その姿は、かなりアブナイ。
そのうえ、興味がコハクからオニキスに移ったらしく。
「不老不死の王よ・・・貴様に焦がれて幾星霜・・・」
グロッシュラー第1王子ファーデン。口上がいちいち紛らわしい男だ。
「オニキスに焦がれ・・・!?ちょっ・・・二股かける気!?」
ヒスイがまたトンチンカンな解釈をして、叫ぶ。
国境の家は、一気に騒がしくなった。
「はぁ・・・」額に手をあて、溜息。
こうしてオニキスは、平和とは程遠い日曜日を送る羽目になるのだった。
その頃。アンデット商会の一味はというと。
代表取締役カルセドニー、営業部長ウィゼライト、ダメ平社員テルリウム。
上記3名が飲み屋から出てきたところだった。
ヒスイと別れて以来、どこか落ち込んだ様子のカルセドニーを励まそうと、飲みに誘ったウィゼ。
カルセドニーの実年齢を知らず、酒を勧め・・・カルセドニーはあっさり潰れてしまった。
仕方がないので、居候のテルルを呼び出し、カルセドニーの介抱にあたらせたのだった。
「テメェは壊滅的に使えねぇ奴なんだから、こんな時ぐらい役に立ちやがれ!!」
「まったく・・・うるさい女だのう」
ウィゼに怒鳴り散らされながら、テルルはカルセドニーを背負って歩いた。
「丁重に運べよ!ウチの大事な社長だ!」
と、テルルを叱咤する一方で。無意識に唇を舐めるウィゼ。
(社長・・・寝顔もソソるぜ)
淫欲を司る悪魔であるテルルはさすがに目ざとく。
「お主、欲情しておるな。そんなにこの男と寝たいか」
「はっ!バカなこと言ってんじゃねぇよ」
カルセドニーに雇われるまで、ウィゼは傭兵業をしていた。
(傭兵仲間のムサイ男としか寝たことねぇし)
「・・・こんな育ちの良さそうな坊ちゃんに、セックスしようぜ、なんて言えるわけねぇだろが」
『私と一緒に来ませんか?楽な仕事ではないと思いますが、少なくとも命の心配をする必要はなくなる筈です』
カルセドニーにそう声をかけられ、入社を決めた。
「バリバリの傭兵だったあたしが、スーツ着て、毎日決まった時間に出社して、部下の面倒みて・・・笑っちまうぜ」
しかし今は、それも悪くないと思っている。
「地獄の底までついてくぜ」
泥酔しているカルセドニーに、ウィゼが囁く。
するとテルルが得意顔で言った。
「地獄か、よいのぉ・・・我が案内してやろうぞ」
(特)魔テルルにしてみれば、地獄こそ故郷だ。
「いけすかぬ女と思っておったが、忠義に厚いところは認めてやってもよい」
「テメェ、なんで毎回そんなに偉そうなんだよ・・・」
それは、テルルが悪魔軍団の長だからだが、ウィゼは頑として信じようとしないのだ。
「ジストとの逢瀬は叶わんだが・・・まあよい。人間と共に生きる時間など、我ら悪魔にとっては、泡沫の夢のようなもの。付き合ってやるわ、地獄まで」
「頼んでねぇよ。テメェはそのへんで死んどけ」
ウィゼはげんなりした顔で、そう吐き捨てた。
テルルと話をしていると、疲れる。
馬鹿馬鹿しくて、怒る気も失せてくるのだ。
「へっ・・・眩しいったらねぇな」
徹夜明けの体に、真昼の日差しがこたえる。
そこで、自社製栄養ドリンクを一本。
「かー・・・効く!!いい商売してんじゃねぇか、社長」
その副作用はさておき、すっかり元気回復だ。
「うぉし!!」
明日もしっかり働くぜ!
第1章<終>次ページから新章となります。
‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖