「オニキス、オニキスって・・・何なのよっ!」
ヒスイは走る・・・とバテてしまうので、若干早足で教会本部に向かっていた。
総帥セレナイトに報告するためだ。
このまま放っておけば国を揺るがす大問題になりかねない。
しかも事の発端は、自分・・・と言えなくもなく。
ヒスイは脇目も振らず教会に突入・・・すると。


「オニキス!?」「ヒスイか」


オニキスはセレナイトと少し話をした後、とにかく自分で確かめると言って、司令室を出たところだった。
そこに、情報を持ったヒスイが現れたのだ。
「話したいことがあるのっ!」と、出会い頭ヒスイに迫られ、応じるオニキス。
二人は玄関ホールの太い柱の影で立ち話に至った。


「学校でオニキスを探してるって子達に会って・・・それでね・・・」
何十年という時間をかけて、噂はほぼ真実として広まっていた。
モルダバイトはヴァンパイアにとって特別な国、と、他でもないヴァンパイア達が思い焦がれるようになっていたのだ。
現在、ジストとスピネルが体育館に残り、説得にあたっているという。
「・・・・・・」(もっと気を配っておくべきだったか・・・)
世の流れとして、あり得ないことではない。
口にこそ出さないが、オニキスは悔やみ・・・その時。
「また王様に戻るの、嫌でしょ?」と、不意にヒスイが言った。
「・・・なぜ、そう思う?」
後で驚かせようと思い、ヒスイには秘密にしていたのだが・・・つい最近、天文学の専門機関を立ち上げ、まさにこれからというところだった。
王政から離れ、やっと好きなことを仕事にできるようになった矢先、だ。
(見抜かれた・・・のか?)
「え?何となくだけど?」
「・・・・・・」
“何となく”で、こうも言い当てられてしまうとは。
(やはり・・・鈍いだけの女ではない・・・か)
オニキスは苦笑いを浮かべた。
「なんか、めんどくさいことになっちゃって・・・ごめん」と、ヒスイ。
「いや、お前が謝る必要はない」そこで苦笑いを深くするオニキス。
「え?そう?」
不思議そうな顔で瞬きするヒスイを、心底愛おしいと思いながら、オニキスは言った。


「すべて・・・オレが望んだことだ」


ヒスイに命を捧げたこと。ヒスイの眷属でいること。
それらはすべて自身の意志だ、と。
「あ・・・えっと、じゃあ、ありがと」
ヒスイは唐突に礼を述べ。
「・・・何だ、急に」
言われた方が驚く。
「うん、何となく・・・他に浮かばなかったから。“ごめん”じゃなかったら、“ありがとう”かな、って」
軽く首を傾げながら、ヒスイはオニキスを見上げた。
「・・・そうか」
身を屈め、漆黒の瞳を伏せるオニキス・・・ヒスイの頬に唇を寄せ、ゆっくりとキスをした。
「・・・何よ、急に」
「・・・何となく、だ」
平穏な生活が崩れるかもしれない・・・そんな予感がしたから。とは言わなかった。
「・・・・・・」
(命をかけて愛した女が、たまたまヴァンパイアだった)
それだけのことなのに。
(まさか・・・こんなことになるとはな)
モルダバイト前王としての責務から逃れるつもりはない。
国を守るため・・・再び王の顔に戻る。
「オニ・・・キス?」
オニキスはそっとヒスイの頬に触れ。
「・・・心配するな。オレも学校へ向かう」
「ん!私もっ!セレのとこ行ってくるっ!!」


そこから・・・ヒスイにとって思いがけない局面へと展開してゆく。




エクソシスト教会、司令部。

「セレ!あの学校のことだけど・・・っ!」
「御苦労だったね、ヒスイ」
総帥セレナイトはヒスイを歓迎した。
「早速話を聞こう」と、向かいのソファーにヒスイを着席させる。
「この暑さだ。喉が渇いただろう」
そう言って、まずは林檎ジュースを一杯。コハク並にヒスイの機嫌取りが上手い。
ヒスイは任務に忠実に、コッパー率いる応援団の存在を明かした。
「名簿はどうなっているかね?」と、セレ。
「あ、今ジストとスピネルが・・・」と、ヒスイ。
するとセレは微笑し、言った。
「それなら問題はない。君はよくやってくれた。コハクを抑えるのも限界なのでね。そろそろ家へお帰り」
「え?でも・・・」
中途半端もいいところだ。さすがのヒスイも気にかかる。
「この件に関してはもう教会で手を打ってある」
「それ・・・どういうこと」
まるで始めからわかっていたかのような口ぶりだ。
「・・・・・・え?」
セレの答え。それを耳にしたヒスイは教会を飛び出し、理事長室へ向かった。今度は、走って。



「トパーズっ・・・!!」
ノックもせず、部屋に飛び込むヒスイ。
「モルダバイトを離れるってホントなの!?」
トパーズは毅然とした態度で、煙草の煙を吐いた。
「それがどうした?」
「そ・・・それって・・・あの・・・ひっこし・・・する・・・って・・・こと?」
言葉が途切れ途切れ、ヒスイの口から出る。
走ってきたせいなのか・・・それとも別の理由なのか・・・今はそんなことを考えている余裕もなかった。
「そうだ」
静かにそう答え、灰皿で煙草の火を消すトパーズ。
それから席を立ち。



「お前も一緒に来い」



「な・・・なに言って・・・そんなの無理に決まって・・・」
ヒスイは美しい顔を引き攣らせ・・・明らかに動揺している、が。
「私なんか連れてったって・・・何の役にも立たないよ?」
その割に、もっともな事を言った。
家事全般ダメダメで・・・女として役に立つのは夜だけのヒスイ。
「何年一緒に暮らしたと思ってる」
そんなことはわかっている、と、トパーズは鼻で笑い。
「お前は、夜だけ役に立てばいい」
「夜だけ???え?それって・・・あ・・・」
思い当って、赤くなる。
「お兄ちゃん・・・と一緒じゃ・・・だめ?」
ヒスイが言うと。
「クク・・・3Pか?」
意地悪な冗談で答えるトパーズ。
「そういうんじゃなくてっ!!私、お兄ちゃんがいないと・・・」
「・・・・・・」
ヒスイの“お兄ちゃん”発言は、毎回火に油だ。
「!!ちょっ・・・トパーズ!?」
「来い」と、トパーズはヒスイの手首をいつも以上に強く掴んで引っ張った。



「お前は、一からオレが飼い慣らす」







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