「ちょっ・・・どこいくの!?」
「大人しくついてこい」
トパーズは神魔法で空間に穴を開け、そこにヒスイを引き摺り込んだ。
瞬時に辿りついた場所が、どこかはわからないが・・・
「え〜と・・・」
目の前に3階建ての大きな家がある。
「誰のお家?」と、ヒスイ。
「オレが買った」
玄関の鍵を開けながら、トパーズが答えた。
「買った!?家を!?」
ヒスイにとっては驚きの連続だ。思わず声も裏返る。


「入れ」「あ・・・うん」


「わ・・・ひろ・・・」
1、2階は生活スペース、そして3階は・・・一面フローリング。
グランドピアノとソファ、揃いのチェアが並んでいる。
まるで音楽サロンのようだ。壁面積より窓面積が広いフロアで、見知らぬ外の景色がよく見える。
更に螺旋階段があり、その先は3.5階のロフトになっていた。
まずはソファに二人揃って腰掛ける・・・が。
「・・・・・・」(う〜ん・・・)
ヒスイは全く落ち付かない。
もっと乱暴な扱いを受けると思っていたのだ。しかし、そういうこともなく。
トパーズの冷静さが、かえって怖い。
「・・・・・・」(なんか・・・トパーズっぽくない・・・ような・・・)
縮こまるヒスイ。トパーズはヒスイのすぐ隣に座り、黙って煙草を吸い始めた。
「・・・・・・」(気まずいわね・・・)
トパーズは仕事で家を空けることが多く、一方ヒスイはほとんどコハクと過ごしていた。
改めて二人きりになっても・・・話題がない。
長い沈黙。オニキスが相手なら気にしないことでも、トパーズが相手だとなぜか困る。
ヒスイらしからぬ・・・緊張。
「あのっ・・・さっきの話だけど・・・っ!!」
思い切って隣を見上げた、次の瞬間。トパーズの顔が間近に迫り。


「!!」


煙草を指に移し、フリーになった唇に、無理矢理唇を塞がれた。
「んぅ・・・ッ!!!」
後ろから頭を掴まれ、逃れられない。
「ん・・・ッ!!」
煙草の煙を流し込まれる・・・意地悪なキス。
ケホケホ!ヒスイは咽て涙目になった。
「にが・・・」
コハクの甘いキスにすっかり慣れていたヒスイは、苦いキスを嫌がり。
「次したら・・・噛むから」
手の甲でごしごし唇を擦った。今にも泣き出しそうな顔だ。
「キスは・・・お兄ちゃんとしかしないって決めたのに」
「お前が、勝手にな」
トパーズはヒスイの顎を掴み、唇を近付け、キスをするフリをして。


「これがそんなに嫌なら、オレを噛み殺せばいい」


と、冷笑した。
「・・・・・・」
ヒスイは口を噤んだ。自分で産んだ子供を殺せる訳がない。
ムスッとした顔でそっぽを向く・・・と。
トパーズは再び煙草を咥え、席を立った。


「トパーズ?どこいくの?」
小走りでトパーズの後をついていく・・・懲りないヒスイ。
一緒に階段を下り、1階へ。トパーズがキッチンに立つのを見届け。
「待て」と言われたので、近くの椅子に座ってじっと待つ。
しばらくすると。
好物のスイーツがずらりとテーブルに並べられた。
「わぁ・・・」
ご馳走の数々にヒスイの緊張と顔が弛む。
「これ・・・全部食べていいの??」
ヒスイが尋ねると、トパーズは頷き。
「ブタは太らせてから食う主義だ」と、口元を歪ませた。
「ブタ???」
何のことを言っているのか、ヒスイはこの時、理解できなかったが。
(ま、いっか)
「いただきま〜すっ」


スイーツで小腹を満たした後、ヒスイが放り込まれた場所は3.5階のロフトだった。
天井が低く斜めになっている。
屋根裏を利用した、隠れ家的スペースがヒスイはとても気に入った。
ふかふかのベッド。新しいシーツ。夫婦の寝室にも劣らぬ居心地の良さだ。
「・・・・・・あれ?」
拉致されてきた筈なのに、ちゃっかりベッドで寛いでいる。
「こんなことしてる場合じゃないような・・・」
奪われた唇に指を置き、考えるのは勿論コハクのことだ。
「お兄ちゃん・・・」
(トパーズとキスしちゃったから・・・お仕置きは、お尻の穴かもしれないけど・・・)
「・・・でもいい!お兄ちゃんとこ帰りたい!」
唐突に脱出を心に決め。逃げ道を確保すべくベッドから飛び降りる。
ヒスイは窓際に寄り、勢い良くカーテンを捲った・・・が。
「あれ?何これ・・・鉄格子!?」




こちら、赤い屋根の屋敷。コハク。
(ヒスイ・・・遅いな)
任務に追われながらも、今夜は家族団欒で食事を〜と、張り切って支度をした。
ところが。誰一人として帰ってこない。
「何だ・・・この展開・・・」
エプロン姿でぼやくコハク。すると。
「ただいまっ!」ジストが帰宅した。
「学校出るの遅くなっちゃって!閉店ギリギリだったけど、ちゃんと買えたよっ!」
コハクにいくつかの紙袋を手渡す。
「ありがとう、お疲れ様」と、コハクは微笑み。
「うんっ!」ジストは誇らしげに頷いた。それから二人同時に。


「「ヒスイは?」」


「・・・えっ!?ヒスイまだ帰ってないの!?」ジストが驚く。
教会に報告するため、自分達よりずっと早く学校を出たはずのヒスイがまだ帰ってきていない・・・これは大問題だ。
「教会?」コハクは澄ました表情でジストに尋ねた。
そして・・・ジストが説明に要すること10分。
「成程、そういうこと、ね」
状況を理解したコハクは慌ただしくエプロンを外し。
「先に食べてて」
「父ちゃん!?どこ行くの!?」
「ちょっと、教会まで」




エクソシスト教会、司令部。

「こんばんは。夜分にすいません」
笑顔で挨拶を述べ、コハクが軽く壁に手をつく・・・と。
ピシッ・・・深い亀裂が走った。静かな怒りの象徴だ。
「・・・・・・」
着席を勧めても、コハクが腰を下ろすことはないだろうと、セレも立ち上がり。
「前王に纏わる噂は・・・」と、話を切り出した。
「だいたい聞いてます。まあ、あり得ないことじゃない」
起こるべくして起こったことだ、と、コハクは語り。
「老いないオニキスが、王として国民の前に立ち続ければ、そんな噂も流れるでしょう」
「他に任せられる者がいなかったのだから、仕方がない」苦笑いするセレ。
「そうですね」コハクも苦笑いで返し。それから・・・


「ヒスイをどこに隠したんですか?」


「・・・私は隠してなどいないよ。ただ、今後の教会の対応について話して聞かせただけだ」
「へぇ・・・そうですか」
コハクは目を細め、優雅に笑ったが、空気がピリピリしてきた。窓がカタカタと鳴る。
「ヒスイに何をどう話したか、僕にも聞かせてもらえます?」
「相変わらず君はヒスイのことになると見境いがないね。らしくないほど、冷静を欠く」
「それが何か?」
セレの戯言には付き合っていられないという態度のコハク。室内の空気が一層張り詰める。
「わかった、話そう。建物を壊されては敵わないのでね」




同日、夜。モルダバイト城下、居酒屋にて。

「ボクから誘ったのに、遅れてごめん」
「いいって!いいって!学校大変だったんだろ?」
スピネルの言葉に答えたのはカーネリアンだ。
焼き鳥と煙草の煙が充満する狭い店。
カウンター席しかなく、男女のデートで来るような雰囲気の店ではない。
「あの学校にさ、同族が集まってるらしいってのは、セレから聞いててね」と、カーネリアン。
「・・・・・・」
(もしかしてママ・・・囮に使われたのかな)
スピネルはすぐに勘づいたが、この場で言うことでもないと思い、黙っていた。
「それでどうだったんだい?」
ビールジョッキ片手に、カーネリアンが学校での出来事を聞きたがる・・・スピネルは頷き、話し出した。
「教会にはあまりいいイメージをもってないみたい」
途中からオニキスが参入したことにより、辛うじて険悪なムードにはならずに済んだが。
「教会の傘下に入るのは嫌だけど、オニキスの下ならいいって言って・・・」
なかなか話がまとまらず。
「オニキスも困ってた」
「だろうねぇ・・・ま、そっちはあんまり心配するこたないよ。教会が動いてる。じき解決するさ」
お酒が入っているせいか、カーネリアンはいつも以上に陽気に笑って言った。
「教会が動いてる?もしかして・・・兄貴と関係ある?」
国境の家にトパーズが挨拶に訪れた時、スピネルもいたのだ。以来、疑問に思っていた。
「・・・・・・」
カーネリアンは何も答えず。ジョッキを空にした後、呟くように。
「昔から無茶やるコだったからねぇ・・・」とだけ言った。それからすぐ。
「さ、この話は終わりだよ!」と手を叩き、スピネルの分までビールとつまみを追加注文した。

1時間ほど経ってから・・・

「今日誘ったの、迷惑だった?」と、スピネル。
「そんなこたないけど・・・アンタもさ、こんなオバさん誘ってないで、若いコと飲みに行きなよ」
「何度も言ってるよね。ボクは・・・」
「その話はまた今度だ。もう遅いから帰んな」
カウンターに両手をついて立ち上がるカーネリアン。
「恋愛ごっこの相手は他をあたっておくれ。アタシは今の生活が気に入ってるんだ」
らしからぬ溜息を漏らし。


「・・・この歳になるとさ、生き方変えんの、しんどいんだよ」







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