「やられた」コハクが呟く。

そこは、理事長室。セレから話を聞いた後、ヒスイと同じルートを辿り、やってきたが・・・もぬけの殻で。
行き先が全くわからない。
「くそ・・・完全に気配を断たれた・・・」
(神の力を使われたら、探り出すのに時間がかかる)
とにかく屋敷に戻り、ヒスイの居場所を突き止めるための、術の準備をしなければならない。
「油断した・・・いや・・・」
オニキスとの会話を思い出す。
(“嫌な予感がする”と、自分で言っておきながら、手を打たなかったのは何故だ?)
「10年、約束を守ったトパーズを信用・・・してた?まさか・・・そんなことはないと思うけど・・・」
認めたくはないが、対策を怠っていたのも真実で。悔やんでも悔やみきれない。
「しっかりしろ」
コハクはいつになく厳しい表情で自身に喝を入れた。
「僕は、そんなに甘くない筈だ」




モルダバイト城下、中央広場。噴水前。

「ヒスイ・・・どこいっちゃったんだろ・・・?」
コハクと入れ違いで、屋敷を出てきたジスト。
ヒスイが帰らないとあらば、じっとしてなどいられない。
ヒスイを探し、あちこち走り回っていた。そこで・・・


「ジスト?」


居酒屋帰りのスピネルと出会う。カーネリアンも一緒だ。
「あっ!スピネル!!ヒスイ見なかったっ!?」
「ママがどうかしたの?」
「ヒスイが帰ってこないんだ!父ちゃんは教会のほう探しに行って・・・」
「トパーズは帰ってるかい?」と、話に割り込むカーネリアン。その表情はどこか緊迫している。
「兄ちゃん?まだだけど」
トパーズの帰りが遅いのはいつもの事なので、ジストはあまり気にしていなかったが。
それを聞いたカーネリアンは「まったく、世話の妬ける子だよ!」と、ヒールを鳴らし、走り出した。
「カーネリアン?どこいくの?」スピネルが呼び止める。
「コハクを止めるんだよ!」
「パパを?」さすがのスピネルも状況を理解できず、首を傾げた。
「ヒスイはトパーズが連れてったんだ!アタシはあの子の力になりたい!」
「だから、ママを連れ戻そうとするパパを止めるの?」
スピネルは、誰の味方をすべきか、決めかねているようだ。
「へっ?なに?兄ちゃんがヒスイを???」ジストも然りだ。
そんな二人を尻目に、カーネリアンは言った。
「とにかくオニキスに伝えとくれ!」




赤い屋根の屋敷。一室。

呪術用の砂で魔法陣を描き、中心に水晶を置くコハク。
気配を追うのではなく、気配を断つ魔法がどこで使われているか探るのだ。
長々と呪文を唱え、水晶に映し出された風景を覗き込む・・・
「ここが、第二のモルダバイトか」
地図にも、記憶にもない、新しい土地。そこは開拓が進み、立派な街が出来ていた。
家、道路、街灯・・・何もかもが新しい。が、無人だ。
水晶に映る夜景を注意深く観察すると、一軒だけ明かりの灯っている家を見つけた。
3階建ての大きな家だ。庭も広い。神魔法に遮られ、中の様子はわからないが。
「間違いない。ヒスイは、ここにいる」
コハクは屋敷を飛び出した。しかし、その先には・・・
カーネリアンとオニキスが顔を揃えて立っていた。
「・・・何か用ですか?今、忙しいんですけど」
「ちょっと待っとくれよ」カーネリアンが引き止める。
「ヒスイならさ、何があったってケロッとした顔で帰ってくるよ」
「何かあっちゃ困るんですよ」コハクは即答し、カーネリアンの脇を抜けた。
「待て」今度はオニキスがコハクの進路を塞ぐ。
「トパーズも考えあっての事だろう。何もヒスイをくれてやれと言う訳ではない、時間を与えてやってくれ。頼む」
「・・・“はい、そうですか”と、僕が引き下がるとでも?」
説得に応じないコハク・・・カーネリアンとオニキスが並んで構える。


「「力づくでも止める」」




一方こちら、ロフトのヒスイ。

いくつか小窓はあったが、すべて鉄格子が張られていた。しかも、耐魔法構造だ。
「ええと・・・何て言うんだっけ、こういうの。監禁?そうそう、監禁!」
閃いて、手を叩く。ヒスイは割合暢気だ。
「あ、そっか・・・」
(私・・・ご招待された訳じゃなくて・・・閉じ込められたんだ、この家に)
改めて、そう気付く。
「早くお兄ちゃんのとこ帰らなきゃ。きっと今頃心配してる」
出口と呼べるものは、螺旋階段しかない。しかし、3階にはトパーズがいる。
豪華なテーブルセットの上に資料を広げ、テスト問題を作成していた。
「こんな時間まで仕事してるなんて・・・ホントによく働くわね」
ネクタイを緩め、軽く腕まくりをして集中している。
ヒスイはしばらくの間、トパーズの働きぶりを見て感心していたが・・・
「ハッ!そうじゃなくてっ!!」
ここから脱出しなくては!と、自身を奮い立たせた。その反面。
「でも・・・」(なんとなく・・・)
逃げるのは、卑怯な気がして。
「ちゃんと向き合って話を・・・話?あれ??何の話???」
勉強は得意だが、色事で頭を使うのは苦手なヒスイ。その時。
不意にトパーズがロフトを見上げ。


「あ・・・」


同じ色の目と目が合う。ヒスイは制服のまま、慌ててベッドに潜り込んだ。
螺旋階段を上るトパーズの足音を聞きながら、寝たフリ、だ。
「・・・・・・」(寝てる、寝てる、私は寝てるのよ)と、自己催眠。
バレやしないかと内心ドキドキしながら、寝顔を作るヒスイだったが・・・かなりわざとらしく。
「・・・・・・」
あっさりバレた。トパーズはベッドに腰掛け、上からヒスイを覗き込み。
「往生際の悪い奴だ。目を開けろ」
「無理。だって、寝てるんだもん」
「ほう・・・これならどうだ?」
シュルッ!ネクタイをほどく音がして。それで両手を縛られるヒスイ。
「べつにっ!寝てるから関係ないし!」
そう言ったものの・・・監禁に続き、拘束までされてしまった。
「・・・・・・」(どうなっちゃうんだろ、これから)
しかし引くに引けず、ヒスイは意地になって寝たフリをし続けた。
「なら、そのまま寝てろ」と、トパーズ。
次の瞬間、唇を舐められ。


「!!なにす・・・」


目を開けたと同時に口を塞がれる。本日、二度目のキスだ。
両手を拘束されていて、思うように抵抗できない。
「ん・・・」ヒスイの眉間に皺が寄った。
「ん・・・んぅ・・・」
唇を割って入ろうとする舌を必死に拒む。
(キスが上手いのは・・・知ってるけど・・・)
トパーズは、クールな風貌に似合わず、情熱的なキスをする男だ。
明らかに、煙草の煙混じりの一度目とは違う。
(このキスは・・・本気・・・)
恋愛音痴なヒスイは、こんな時、どう対応していいかわからない。
(どうしよう・・・おにいちゃぁんっ!!)


ベッドの上。息子×母にして、教師×生徒という構図。


「・・・・・・」愛に溺れる教師、トパーズ。
一度目は味わう余裕もなかったが、二度目は違う。
ヒスイの新鮮な唇に触れるのは十数年ぶりで。
無理矢理吸っても、痺れるほどに、甘く。舌が・・・蕩けそうだ。
猛毒と知りつつ、ヒスイの唇を貪り。
(もうとっくに・・・中毒だ)
毒を中和するものがあるとすれば・・・それは、ヒスイの愛。
得られなければ、いつか死ぬ。わかっているのに、やめられない。
「なんで・・・こんなことするの?」
二度目のキスの後、しかめっつらでヒスイが尋ねた。
「聞きたいか?なら言ってやる」
トパーズはシャツのボタンを外しながら、ハッキリと口にした。


「お前が、好きだからだ」


「っ・・・!!」
容赦のない告白が、ヒスイの心に鋭く切り込んでくる。
今回ばかりは、誤解の余地もなく。聞かなければ良かったと後悔しても遅い。
「帰る」と、ヒスイ。
「帰さない」と、トパーズ。
ヒスイの肩を掴み、ベッドに押し付け。唇の次は、耳の後ろ、顎、首筋・・・舐めて、キス、舐めて、キスを繰り返した。
制服のスカートに手を入れ、ヒスイの脚を撫で。
「させろ」
「だめっ!!」
牙を剥き、ヒスイが怒る。トパーズはお構いなしに・・・
「する」
今度はそう言い切って、ヒスイのショーツに手をかけた。
ヒスイはますます声を荒げ。
「だめだって・・・言ってるでしょっ!!!」
すると・・・


「・・・したい」


「え?」いつになく甘えた言い回しに、耳を疑う。
トパーズとは思えない申し出に調子を狂わされ、ヒスイは拒絶しそびれてしまった。
「お前と、したい」
命令でも断定でもなく、切なる希望をぶつけてくるトパーズ。
本気か演技か、それすらもわからない。ヒスイはパニックに陥った。
(なに???母性本能に訴えかける作戦なのっ!?)
動揺しながらも、一丁前にそんなことを考える。
(だって・・・私が産んだんだもん・・・可愛いに決まってるじゃない。でも・・・)


「やっぱりだめだよ」


ヒスイは一息に言った。それから。
「親子はエッチしないと思う」と、真顔で述べた。
「そんなことはわかってる」
トパーズはキスをやめなかった。そればかりか、制服の上からヒスイの胸を揉み。
親子の関係を壊したいから、セックスをするのだ、と、ショーツを引き摺り下ろした。
「ちょっ・・・まって!まって!まって・・・っ!!」
ヒスイは余裕をなくし、本音で叫んだ。



「私、お兄ちゃんが好きなの!!兄ちゃんとしかしたくないっ!!!」



そう告げたことで、かえって気持ちが落ち着いたのか・・・
「そのままでもいいから・・・お願い、話聞いて」
引き続き、トパーズのキスを受けながら、ヒスイはゆっくり話し始めた。
「産まれた時からずっとお兄ちゃんと一緒で・・・生きるために必要なものは、ぜんぶお兄ちゃんがくれた」
「・・・・・・」
トパーズはヒスイの首筋に唇を押しあてたまま、黙って聞いていた。
「こうして話す言葉も、愛しいと思う気持ちも、お兄ちゃんが教えてくれたんだよ?」
「・・・・・・」
「一緒に生きてきた時間が・・・思い出が・・・ぜんぶ愛になるの。だから・・・お兄ちゃんより好きなヒトなんて、絶対にできない――ごめんね」







‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖