マーキュリーはアイボリーの後を追って廊下に出た。
2階への階段を5段ほど昇ったところでアイボリーを発見し。
「あーくん、ちょっと怒り過ぎ。お母さん、困ってたよ」
落ち付いた口調で言って、隣に腰を下ろす。
「カルシウム足りないんじゃない?もっと牛乳飲みなよ」
「わーってるよ!」
アイボリーは・・・完全にイジけている。
「俺はっ!ヒスイに食べて欲しかったの!」
と、双子の兄に本音をぶち撒けた。
「だって・・・みんなあげてるじゃんか。コハクだって、トパーズだって、ジストだって」
いつもヒスイにお菓子を食べさせている。
甘いものを口にしたヒスイが、とても幸せそうな顔をするのを、アイボリーは知っていて。
「俺もあれやりたかったのぉっ!!」
もうこの歳で、親兄弟と張り合う気でいる。
「・・・あーくんて、マザコンだよね」
「悪ぃかよ!ヒスイは超可愛いんだぞっ!」
「でもお母さんだからね。お嫁さんにはできないよ。あーくんだってそこまでバカじゃないよね」
「・・・・・・」←ちょっと思ってた。
アイボリーはタコのように口先を尖らせ・・・それから立ち上がった。
「あーくん?どこ行くの?」
「トパーズんとこ」
兄弟達が集まる部屋へと戻る。
「トパーズ!!金貸せ!!」
高校教師であるトパーズに対し、何故か偉そうな小学生アイボリー。
「一番金持ってそう」という理由で、狙いを定めたようだが・・・
「クク・・・いいだろう。いくらでも貸してやる。ただし、1時間20%の利子――」
「兄ちゃんっ!弟にそんな意地悪すんなよ!」
トパーズを制し、ジストが前に出た。
「何?欲しい物あんならオレが買って・・・」
すると、今度はサルファーがジストを制し。
「そうやって甘やかすなよ。ロクな大人にならないぜ」
「いいだろっ!兄弟なんだから!ケチケチしなくたって」
ジストとサルファー・・・2人は弟の育て方について揉め始めた。そうなると、スピネルの出番で。
両手を膝に、低く屈んで、アイボリーを覗き込んだ。
「どうして急にそんなこと言い出したの?理由を聞かせて?」
「ヒスイを復活させんのに、金が必要なんだよ」と、アイボリー。
続けてすぐマーキュリーがこう通訳した。
「シロツメ草の庭を元に戻したい、と、言っています。お花屋さんで種を買うつもりのようです」
「「なんだ、そういうことか」」ジスト&サルファーが笑って。
「だったら、明日、ジン義兄さんのところへ行こう」と、スピネルも笑う。
「きっと力を貸してくれるよ」
そう言って、頭を撫でてやると、双子に笑顔が戻り。
「ねぇ、ヒスイは?どこ行ったの?」
アイボリーは室内をキョロキョロと見回した。
「ヒスイぃ〜?」
ヒスイを探し、うろつき出したアイボリーを、スピネルは両腕でハグして。
「邪魔しないであげて」
耳元で、優しくそう言い聞かせた。
ヒスイは・・・オニキスと共に姿を消していた。隣の部屋に、だ。
窓辺に立ち、掘り返された庭を見て。
「ごめんね。なんか、あーくんとまーくんが酷いことしちゃって・・・あとで“めっ!”てしとくから」
「その前に飴玉を食ってやれ」
オニキスは苦笑いだ。
「あ、うん」
「気にするな。シロツメ草は繁殖力が強い」
根城とした場所から、そう簡単に姿を消すものではないのだ。
「またすぐ元に戻る」
「うん」と頷くヒスイの肩を正面から掴むオニキス・・・首筋へのキスは“食事”の催促。
ヒスイもわかっていて。じっとしている。
だがオニキスは、口を少し開いたところで、迷いを見せた。
「・・・・・・」
ここのところ疲れ気味で。そういう時は勃起しやすいのだ。
そもそも、吸血鬼たるオニキスが人間並に疲労するのは、慢性的に血に飢えているせいだ。
「もうすぐ夏だし、飲んでおいた方がいいよ」と、吸血を勧めるヒスイ。
ご丁寧に、長い銀髪をすべて片側に避け、白い首筋をオニキスの前に晒した。
「はい、どうぞ」
キスでも待っているかのように、上向きで目を閉じて立っている。
「・・・・・・」
牙もペニスも渇いてカラカラ。潤いが・・・ヒスイが欲しいに決まっている。
「今日は・・・勃つぞ」
オニキスは仕方なくそう打ち明けた。
「うん???」
ヒスイは数回瞬きをしてから、「いいよ」と答えた。
欲情の許可を得ると、すぐにオニキスはヒスイを抱き寄せ、再び首筋に口づけた。
唇の間から舌を伸ばし、ヒスイの薄い皮膚に唾液を滲み込ませる・・・吸血の準備、注射の前の消毒と同じだ。
「・・・・・・」
石鹸の匂いの中に微かに残っている精液臭はいつものことで。
ヒスイの膣内から掻き出してしまいたいと思っても、その体に挿れることができるのは、牙だけなのだ。
「・・・・・・」
ヒスイの体に穴を開け。そこから赤い糸を吸い出して、自身のものと結びつける・・・オニキスにとってはこれがヒスイとひとつになる瞬間である。吸血鬼特有の快感かもしれない。
ヒスイの血液がペニスの方へと流れていく・・・
思った通り、漲って。硬くシコってきた。
「・・・・・・」
行為が久しぶりだったせいもあって、射精感にまで見舞われる始末だ。
玉袋が非常に疼く。閉じ込められたままの精子が、外に出たがって暴れているのだ。
そこは、大人の男として意地でも制圧するが。
「・・・・・・」(まったく・・・子供には見せられんな)
「ん・・・はぁ・・・」
かなりの量をご馳走したため、ヒスイもすぐには動けず。
「大丈夫か?」
オニキスは、そんなヒスイに胸を貸し、大事そうに肩を抱いて。
一度だけ額にキスをした。それから、お互いの体が冷めるまで、ピロトークならぬ、トークタイム・・・
「・・・え!?プラネタリウム!?」
話を聞いた途端、顔を上げるヒスイ。
「ああ、もうすぐ完成する」
プラネタリウムはドーム型の建造物で。
太陽が出ていても、雨が降っていても、室内で、好きな時に好きなだけ星が見られる。
ヒスイにとっては嬉しい話だ。
「本物の星ではないが・・・」
「でもすごいよ!お父さんの魔法みたい!!」
ヒスイが笑みを溢すと、オニキスも目を細め、微笑みを浮かべた。
「できたら絶対行くね!!」
「ああ」
天文学の発展はオニキス自身の夢でもあったが、ヒスイの夢でもあって。
今は・・・それを叶えてやることくらいしか、愛を伝える方法がない。
「・・・・・・」
時が経てば。こんな風に。
愛は変わらずとも、愛し方は変わっていく。
(変わっていくしか・・・ないだろう)
諦めている訳ではなくとも。
感情に任せて、求めたり奪ったりできる関係ではなくなってきている。
それが少々寂しくもあるが。
(長い刻を生きる代償として、受け入れていくしかあるまい)
そして、月が昇り。こちら、赤い屋根の屋敷。
「「「ただいま〜!!」」」
右にマーキュリー。左にアイボリー。ヒスイを真ん中に、手を繋いで帰宅した。
「ヒスイ、おかえり。あーくんとまーくんも」
コハクはエクソシストの黒衣+腰巻エプロン姿で3人を迎えた。
任務の合間を縫って、妻と子供に食事を与えにきたのだ。またすぐ外出しなくてはならない。
「ごめんね、時間がなくて」
手早く調理してしまった、と、コハクは言うが。
今夜は・・・異世界料理の代表格、生ラーメンだ。※塩味。
手打ち麺に、輝くスープ。美しく透き通っていて、ほのかにレモンの香りがする。
見た目からして、かなり食欲をそそる・・・コハクは、ラーメン作りも名人級だ。
「ひゃっほう!チャーハンもあるぜぃ!!」
お腹を空かせたアイボリーは大喜びだ。しでかした悪戯のことはもう忘れている。
が、片割れのマーキュリーは、俯き気味にコハクの機嫌を伺っていた。
今のところ、コハクが悪戯の件に触れる様子はない。
「はい、ヒスイ。熱いから火傷しないようにね」
コハクは、まず先にヒスイの席へと、両手でどんぶりを運んだ。
「ふぁ〜・・・おいしそう〜・・・」
湯気に包まれ、口元を緩めるヒスイ。
ところがその後。
「!!お、おにいちゃ・・・」
(あーくんとまーくんのラーメンに指入ってる!!!)
双子のどんぶりに、親指IN。
不衛生なラーメン屋のような、この嫌がらせは、当然わざとだ。
そしてにこやかに。
「あーくん、まーくん、帰ったらお仕置きね」
コハクのいないダイニングキッチン。
ズズズーッ・・・3人で麺を啜る。
劇的な旨さだが、お仕置き宣告された双子のテンションは上がらない。
「大丈夫だよ、お仕置きって言っても、裸で庭に放り出されるくらいだから」
蓮華でスープを掬い、ヒスイが言った。
「大きな葉っぱ用意しとけば、ちゃんと前も隠せるし!」と、ズレたアドバイスをする。
「・・・・・・」「・・・・・・」((また裸になるの?))
葉っぱがあるだけマシかもしれないが、あまり頼りにならない母親だ。
と、ここで話は変わるが・・・
双子の通う学校では、もうすぐ授業参観がある。
家族についての作文を発表することになっていて。
次なる悪戯を思い付くアイボリー。
ナルトを口に入れ、くふふ、と笑い。
(俺、コハクのこと思いっきり書いちゃお♪)
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