「1週間?うん、いいよ」と、あっさり承諾するヒスイ。
セレは悪魔学の権威だ。双子もまんざらではない様子だった、が。
「そうはさせるか」
長男トパーズが割り込み、アイボリーの身柄を拘束する。
金の髪を保つため、魔法薬を食事に混ぜる必要があるからだ。
マーキュリーはともかく、アイボリーをセレに渡す訳にはいかない。
(面倒なモノ残しやがって)
心の中でコハクに悪態をつきながら、トパーズは弟の襟首を掴み、引き摺った。
「来い。1週間、オレの下僕にしてやる」
「トパーズっ!!離せよ・・・っ!!俺はまーと一緒・・・」
「黙れ。お前に選択の余地はない。これは・・・」
絶対命令だ。
「下僕って何だよ!?んなの、横暴だろぉぉぉ!!!!」
腕を振り回し、猛抗議するアイボリー。
「影から応援する兄弟愛とかねーのかよ!!」
「ドブに捨てた」
トパーズは一言で済ませ。見くだし+せせら笑いを発動させた。
カッとなったアイボリーは・・・
「親子愛はムチャクチャあるくせに!!」
そう大きく声を張り上げ。
「さっきまでヒスイとイチャついてただろっ!!」
「・・・なんでわかった?」と、トパーズ。
アイボリーを吊るし上げ、問いただす。
「ヒスイに・・・キスマーク・・・あんだろ・・・っ!!」
普通なら、コハクのものだと思うだろう。ところが。
「わかるに決まってんだろ」
アイボリーは変なところで鼻が利く。
「コハクのは自己満足で、トパーズのは自己主張!違いなんて一目瞭然だっつぅの!!」
たまに、本人も意識していないようなことまで暴いてみせるのだ。
「あーくん!やめなよ!!」と、マーキュリー。
歯に衣着せぬ、ストレートな発言。
アイボリーは、これでしょっちゅう場の空気を悪くしている。
その度に、マーキュリーがフォローに回らなければならないため、正直、堪ったものじゃない。
「・・・いい加減にしてよ」
柔和な顔が引き攣り・・・キレる寸前だ。
「あーもまーも、兄ちゃんも落ち着いて!なっ!」
平和主義のジストが慌てて兄弟喧嘩の仲裁に入る。
「あっ!ほらっ!まだ2人とも武器だって決まってないだろっ!」
確かにそうだ。ごく普通の生活を送ってきた双子は、悪戯経験は豊富でも、戦闘経験は皆無である。
準備が必要なのは言うまでもなく。もっともなジストの意見に場が鎮まる。
「じゃあさっ!武器選ぶの、オレ付き合うから!」と、ジスト。
試験に向けての修業はそれから〜ということで話がまとまった。
「そう嫌がるものではないよ」
セレはアイボリーの肩に手を置き、宥めるように言った。
「君の兄も師としては悪くないはずだ」
「当たり前だ」
煙草を咥え、トパーズが言い返す。
「あーくんが、人一倍迷惑をかけると思うので、僕は総帥のお世話になります」
師を分かつことをマーキュリーが告げると。トパーズは鼻で笑い、警告した。
「タヌキに化かされるなよ」
一方、母親のヒスイは。
兄弟達の揉め事などほったらかして、携帯を耳にあてている。
コハクに電話をかけているのだ。
「あ!おにいちゃ・・・」
繋がったかと思えば、留守電で、ガッカリ。
メッセージを残すのは苦手なので、無言のまま切る。何度もその繰り返しだった。
「なかなか洞察力がある子だね、彼は」
ヒスイの隣に立ち、アイボリーを褒めるセレ。
「私の手で育ててみたかったがね、トパーズが動くということは、何か事情があるようだ」
・・・と言っても、ヒスイの耳には入っていない。コハクのことで頭がいっぱいなのだ。
「ちょっと!セレっ!」
怒った顔でヒスイが迫る。
「さっきからお兄ちゃんと全然連絡取れないんだけど!どこ行ったの?」
仮パートナーとして、コハクを取られること多数、ここへきてついに不満爆発だ。するとセレは。
「今の私には、どうしても彼が必要なものでね」
わざとヒスイを煽るような返答をした。
「!!」(どうしてもお兄ちゃんが必要!?それって・・・)
深刻な形相で、黙るヒスイ。
(やっぱりセレってホモなの!?研究員のコにも、ちょっかいかけてるって噂だし・・・)
「・・・お兄ちゃんは絶対あげないんだから」
誤解を深めていくヒスイを見て、笑うセレ。
「それでは、双子くんの武器が決まるまで、お茶でも飲みながら話をしないかね?」
「望むところよ!!」
そして、数時間経過――こちら、地獄の門では。
「は〜い、皆さん、川は絶対に渡らないでくださいね〜」
被害者たる天使達をコハクが引率していた。
「地獄っていうから、もっと悪魔がウジャウジャしてるかと思ったのに」
つまらなそうに口を尖らせるのはサルファーだ。
リヴァイアサンの口を抜け、辿り着いたそこは、予想に反してとても静かだった。
何もない空間。目の前を大きな川が流れている。いわゆる、三途の川というやつだ。
川には渡し守がいて。一隻の船が浮いていた。
川を渡った先は辺獄と呼ばれる場所なのだと、コハクが話す。
「もちろん、先に進めば大物がゴロゴロしてるけど」
無益な争いは避けたい=早くヒスイのところに帰りたい。
「川を渡ってしまった天使がいないか確認してくるから、君達はここで待ってて」
サルファーに天使達の警護を依頼し、シトリンには・・・
「あ、そうだ。これ、持っててくれないかな」
途中で川にでも落としたら大変だから、と、シトリンに携帯を預けるコハク。
「じゃあ、行ってくるね」
「おお!母上!可愛いぞ」
携帯の待ち受け画像で和むシトリン。
それから、3本のアンテナが立っているのを見て「ここでも使えるのか」と、驚く。
地獄でも通話可能なのは、アンデット商会製のものだけである。
ちょうどその時。1通のメールが届き。
「お?なんだ?」
シトリンは悪びれなく、コハク宛てのメールを開封した。
件名もなければ、本文もない。ただ・・・
「な・・・!!!!!」
添付されていた画像に度肝を抜かれる。
(は・・・母上ぇぇぇ!!!何が起きたというのだ!?)
マタニティドレスを着たヒスイが、ふっくらと張ったお腹を大事そうに抱えている姿が映っていた。
背景の壁掛けカレンダーは、間違いなく今年のもので。昔の写真が送られてきたとは考えにくい。
(どう見ても孕んでいるだろう・・・これは・・・)
美女の、脂汗。
妊娠の話など、誰からも聞いていないし、いつもならコハクが真っ先に報告してくる・・・しかし今回はそれがなかった。
「だったら一体、この腹には誰の子が宿っているというのだ?」
容疑者が多すぎて・・・犯人の目星がつかない。
(兄上か!?オニキス殿か!?まさかジストではあるまいな!?マーキュリーが発情したという可能性も・・・)
「あああ!!!わからん!!!」
頭を抱え叫んだところで。「お待たせ」と、コハクの声。
早くも辺獄から戻ってきたのだ。
シトリンの苦悩をよそに、コハクは笑顔で言った。
「こっち一段落したから、ヒスイに連絡したいんだけど・・・携帯、いいかな?」
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