「あ〜・・・なんだ、その・・・」
携帯を出し渋るシトリン。
「も、もう片付いたのか?」
わざとらしく話を逸らす。
地獄は、行きよりも帰りの方が、手間がかかるとコハクから聞いていた。
熾天使単独ならば舞い戻るのは容易いが、純血・混血・あらゆる階級の集団なのだ。
戻るにしても、勝手が違う。
「一段落ということは、そこまで目処が立ったということだな?」
心なしか厳しい声でシトリンが尋ねる、と。コハクは頷き。
「辺獄の先にね、町があるんだ。そこにアンデット商会の幹部が来ているらしくて。うまく便乗すれば、地上への帰路が確保できるかもしれない。これから話をつけてくるよ」
「!!そうか!!では急いだ方が・・・」
「うん、でもその前にヒスイの声が聞きたいんだけど。何か不都合でもあるのかな?」
コハクは笑顔で譲らず、こう続けた。
「話を引き伸ばしたところで、何も変わらないと思うよ」
「くっ・・・」
シトリンの誤魔化しなどコハクに通用する筈がなかった。
「あ〜・・・いや、お前の為を思ってだな」
「僕のため?」
「ああ、ショックで心臓が止まるかもしれん」
そう言ったシトリンは、真剣そのものだ。
「心臓が止まる?ははは!!何を言うのかと思えば」
コハクは笑い飛ばし。
「大丈夫だから、携帯、見せて?」
「う・・・うむ」
こうしてついに、コハクの手へと携帯が渡り。
ヒスイのマタニティ画像が、目に触れることとなった。
「!!!!!」
コハク、全身硬直。携帯画面を凝視している。大丈夫では、ない。
(今度は誰に犯され・・・)
あまりの衝撃に、我を忘れ、シトリンと同じ考えに至ってしまう。
油断できない男No.1はトパーズだが、別れ際、セレもヒスイの妊娠を仄めかすようなことを言っていた。
数時間で妊婦化させる方法がない訳ではないのだ。こうなるともう、気が気でない。
(あああ・・・ヒスイ・・・っ!!!)
思わず手に力が入り、携帯を握り潰しそうになる。が。
(落ち付け!!僕!!ここで感情に流されて携帯を壊したら、ダメな大人の見本じゃないか!!)
コハクは、携帯を持つ右手を左手で押さえた。自身の暴走を防ごうとしているのだ。
「お、おい・・・大丈夫か?すごい震えだが・・・」
「ああ、うん、これね・・・ははは・・・ちょっと動揺しちゃったかな〜なんて」
「気持ちはわかるぞ。痛いほどにな」
コハクの肩に手を置き、同情の眼差しを向けるシトリン。
「だがな、考えてもみろ。今更、種違いが何だ!!」
「・・・・・・」(そう言われてもね・・・)
シトリンの激励で、かえって頭が冷えた気がする。
「とにかく、誰から送られてきたものか確認・・・ん?」
送信者は――ジストだった。
両腕を組み、低い声でシトリンが呟く。
「あいつ・・・ついにやったか・・・」と。
「ジストはそんなことをする子じゃない」
コハクは苦笑いだ。どことなくホッとしているようにも見える。
「いや、わからんぞ。あいつも相当溜まっているからな。陵辱願望が抑えきれずに母上を・・・」
ごくりと唾を飲み、妄想を膨らませるシトリン。そこに。
「さっきから何騒いでるんだよ」
見兼ねたサルファーがやってきて。例の問題画像を見るなり、即、自分の携帯からジストの携帯へ連絡を入れた。
「――わっ!!もしもしっ!!サルファー!?」
「お前、あの女とヤッた訳?」
「へっ???」
「腹、デカくなってるだろ。陵辱容疑かかってるぜ?」
「ちっ・・・違うよっ!!間違って、先に画像送っちゃっただけでっ!!」
真実をメールで報告するつもりでいたが、なにせジストは文章を打つのが遅い・・・そのため、紛らわしいタイムラグが生じていたのだ。
「・・・はぁ?何だよ、それ」
事情を直接聞き出したサルファーが、呆れた声を出す。
それから、シトリンとコハクに妊娠疑惑の真相を明かした。
「あーに頼まれて、卵、温めてるんだってさ」
「卵・・・だと?」と、シトリン。
地上の目まぐるしい展開についてゆけない。
「何がどうなって・・・そうなるのだ???」
「ヒスイは?」
サルファーを仲介に、コハクが尋ねる。
「卵抱えて、寝てるって。起こすように言う?」
「いいよ、夜また連絡するって伝えておいて」
「了解」
アイボリーはトパーズに。マーキュリーはセレナイトに。
1週間の期限付きで、それぞれ引き取られていった。その間は、面会謝絶となる。
従って、ヒスイとジストが身を寄せ合い・・・赤い屋根の屋敷でふたりっきりだ。
PM 8:30
夕食はサラダとフルーツで済ませ、キッチンで一息。
潮吹きHをした後は、とても喉が渇く。こんな時のために、冷蔵庫にはコハクの血液が用意されていた。
ごくごくと、美味しそうに飲み干すヒスイ。そして・・・
「ねぇ、ジスト」
「んっ?」
「ムラムラしてきちゃったら、どうすればいいのかな?」
「へ・・・?」
ジストは一瞬耳を疑ったが、血を飲むと欲情するヒスイの体質は知っている。
「ひとりえっちって、私、あんまり得意じゃなくて」と、ヒスイ。
上手く発散できる方法があったら教えて欲しい・・・そうジストに乞う。
「あのっ・・・オレ・・・男だし・・・ヒスイとは違うっていうか・・・」
(確かにいつもムラムラしてるし、ひとりえっちしまくってるけどっ!!)
好きな相手から、大っぴらに下ネタ相談を受けても困ってしまう。
「・・・・・・」
(しばらく「好き」って言ってないから、忘れちゃったのかな、オレの気持ち・・・)
叶う、叶わないは別として、恋愛感情を無視されるのは寂しいもので。
俯くジスト・・・しかし。
「ジストって、なんか話しやすいから」
「えっ!?そうっ!?」
ヒスイにそう言われると、悪い気はしない。たちまち復活だ。
(ヒスイ・・・そんなにエッチしたいんだ)
自身の股間に視線を落とす・・・思いっきり持て余しているペニスがここにある。けれど。
「・・・・・・」
(オレのじゃ、父ちゃんの代わりになんないしな・・・ごめん、ヒスイ)
こればかりは力になれそうにない、と、ガックリ肩を落としたところで・・・突如、閃きが。
「あっ!!そうだっ!素振りとか!!」
思春期、ひたすら素振りをしていた記憶が蘇る。
「素振りね、わかったわ!木刀、貸してくれる?」
「うんっ!!じゃあオレが代わりに卵温めるよっ!」
「うん、お願い」
互いに笑顔で。木刀と卵を交換した、その時。携帯が鳴った。
「!!お兄ちゃんだっ!!」と、ヒスイが飛び付き、2階へと駆け上る。
そして、夫婦の部屋。
「おにいちゃぁ〜・・・やっと声聞けたぁ〜・・・」
「ごめんね、遅くなって」
携帯から響いてくる、コハクの声。
電話で話す機会があまりないせいか、妙にドキドキしてしまう。
ヒスイは耳を熱くしながら、コハクと会話を続けた。
「成程ね」地上の動向を、コハクはほぼ把握したようで。
「卵のことなんだけど――」と、切り出した。
「あ、今、ジストに預けてて・・・」
「うん、それは構わないんだ。だけど、もしかしたら、温めるだけじゃだめかもしれないから、明日オニキスのところへ行って聞いてごらん」
「ん!わかったっ!」
「で、本題なんだけど」と、コハク。
僕の血、飲んだ?
「あ・・・うん」
声を小さくして答えるヒスイ。同時に頬が真っ赤に染まる。
YESの返事は、欲情を知らせているようなもので。
現に、コハクの声を聞きながら、両脚をモジモジしていたところだったのだ。
「あ、でもっ!これから素振りするから大丈夫っ!!!」
あたふたとヒスイが話す。
「素振り?」
くすりと電話口でコハクが笑う。それがまた耳にくすぐったく、甘い気持ちになる。
「ね、ヒスイ。このまましてみる?」
「え?何を???」
鈍感なヒスイの返答に、コハクは再びくすりと笑い、言った。
「電話で、えっち」
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