試験会場は『ミノタウロスの迷宮』。


その名の通り、怪物ミノタウロスが棲む迷宮である。
首から上が牛、下が人間・・・それがミノタウロスの姿だという。


試験官であるジストとサルファーは、すでにスタンバイしていた。
「今回の試験内容、異例だよな」と、サルファー。
未成年の受験者に対しては、主に危機回避能力を問うものだが、今回は“ミノタウロス退治”に絞られている。
明らかに、戦闘能力を測定するものだ。
「総帥、なんか企んでんじゃ・・・お、来たぜ」
マーキュリー、アイボリー、ヒスイの順に会場入り。
だが、双子の間に会話はない。地下倉庫の一件から、依然として気まずいままなのだ。
「れ?あーとまーって喧嘩でもしてんの?」と、ジスト。
夕べは気付かなかったが、双子の様子が少しおかしい。
心配そうに見ていると、隣のサルファーがこう言った。
「喧嘩するくらいで、丁度いいんだよ」


「似た者同士じゃ、コンビは組めない」


「・・・だなっ!」
兄弟コンビの先輩として、ジストも頷き。
「それにしてもさっ!あのドラゴン・・・」と、続けてヒスイを指差す。


「可愛いよな!」←ジスト。
「不細工だよな」←サルファー。


ふたりの間で生じる、不協和音。
相変わらず趣味が合わないが、いつものことで。
(ヒスイ・・・どこで見つけてきたんだろ)
ジストはすっかり心を奪われていた。
サルファーがなんと言おうと、可愛いものは可愛いのだ。
「あとで、あーに紹介してもらおっ!」




試験の説明を受け、迷宮へと足を踏み入れた双子とヒスイ。
一定間隔で灯りがともってはいるものの、通路はかなり暗い。
マーキュリーは胸ポケットから眼鏡ケースを出し、蓋を開けた。
「何だよ、それ」と、アイボリー。
話しかけにくい雰囲気でも、質問せずにはいられない。
「何って・・・眼鏡だよ。少し視力が落ちたから」
「総帥んとこで、勉強しすぎたんじゃねーの?」
からかうような口調でアイボリーが言うと。
「まあね」
マーキュリーは苦笑し。
「あーくんはトパーズ兄さんのところで何してたの?料理の練習?」
さりげなく、皮肉で返した。
「ま、まあ、色々・・・な」
アイボリーは一旦言葉を濁したが、「ここは俺に任せとけ!」と、リーダー役を買って出た。
無論、勝算はある。ただし、不安要素も・・・
(こいつだよ!!)
てくてく、後を付いてくる、チビドラゴン。
「な〜・・・お前さぁ、せめて火とか、ブァー!!!って吹けねーの?」
するとヒスイは、任せて!と、言わんばかりに。
ショルダーバッグから、アルコールの瓶とオイルライター取り出した。
口に含んで、着火=ドラゴンブレス。そんなジェスチャーをする。
「・・・お前、ホントにドラゴンかよ」(ああ・・・俺の全財産・・・)
頭を抱え、脱力するアイボリー。
マーキュリーも、心なしか呆れているように見える。
「・・・・・・」(しょうがないでしょ!魔力温存したいんだからぁっ!!)
犬や猫、馴染みの動物に変身するのとは訳が違うのだ。
ヒスイなりに考えてのことだ。決して冗談では・・・ない。


通路は先がよく見えず、何が待ち受けているかもわからない。
右、左、進路を決めるにも、本来は神経を遣う・・・が。
「こっち行ってみようぜっ!なにせ、俺の勘は当たるかんな!」
アイボリーの独断で、行き止まることなくサクサク進んでいた。
こんな調子で、2人と1匹が角を曲がった、その時。


ドドドドド・・・!!!


地を蹴る蹄の音が響き、雄牛の大群が突進してきた。
その距離、推定100mというところまで迫っていた。
「ダーク・カウ。闇牛だよ」
眼鏡越しに目を細め、分析するマーキュリー。
“DarkCow”ミノタウロスに隷属する、闇の獣だ。
通常の牛より一回り大きく、角は鋭利で、双眸から炎が出ている。
それが、何百頭と列を成しているのだ。
「とりあえず逃げろ!!」
自称リーダーが、メンバーに指示を出す、が。
「足遅ぇぇぇ!!!」
チビドラゴンが驚きの低スピード・・・

結果、こうなる。



「チビドラ!!俺の背中に乗れ!!」



「な〜・・・竜騎士ってこんなだっけ?」
竜の背に乗るのではなく、竜を背に乗せている・・・悲しい現状。
「うん、たぶん」と、マーキュリーが答える。
ヒスイの手前、余計なことは言わない方がいいと判断したのだ。
「で、どうするの?このままじゃすぐに追いつかれるよ」
「俺が囮になるから、まーは先に行けよ」
「囮は僕がやるよ」
「俺がやるって」
「僕が!」「俺が!」
(私が!!)
心の声で割り込むヒスイ。
(ここは私がやるかないわね!!)
双子のやりとりを聞き、決起する。
後ろを振り返ると、すぅ・・・静かに息を吸い。呪文の詠唱を始めた。
「!!」(お母さん!?)
背負っているアイボリーは気付いていないが、マーキュリーは括目した。
複雑な術式を見事に簡略化した、高位呪文・・・ヒスイの口から出た文言が具現化し、円環を生成する。
その中心から、ドウッッ・・・!!!!強力なレーザー砲が発射された。
「チビドラ!?やればできんじゃ・・・て、なんも見えねぇんだけど」
ヒスイの魔法は、闇牛をすべて塵と化したが、それとほぼ同時に通路の灯りが消え、一帯が真っ暗になったのだ。
「俺、ちょっとその辺の様子見てくっから。チビドラ頼む、まー」
「うん、わかった」
まだ目も慣れない暗闇の中、ヒスイの受け渡しが行われた。
そのまま、より闇の深い方へと移動するマーキュリー。


周辺の灯りを消したのは・・・そのマーキュリーだった。


なぜそんなことをしたかといえば。
呪文の詠唱を終えた瞬間、ヒスイが、元の姿に戻っていたからだ。しかも、全裸。
「・・・・・・」
厄介なものを引き受けてしまった、と、思う。
闇に覆われているはずなのに、ヒスイの素肌が映り込み、視界が真っ白になる。
目を逸らしても、咽返るような甘い匂いが鼻についた。
(この匂い・・・嫌いじゃないけど・・・少し、苦手だ)
匂いの記憶、とでもいうのだろうか。
初めて射精をした時、この匂いを嗅いでいた気がする。


そう――夢精の相手は、ヒスイだった。


それでも。“母親だから、あるわけない。夢は夢だ”と、割り切れた。
ところが。地下倉庫であの話を聞いて・・・可能性がゼロではないことを知ってしまったのだ。
(僕は、トパーズ兄さんのように・・・間違ったりしない)


けれど今は、そんなことを考えている暇はなかった。
アイボリーが戻ってくる前に、態勢を立て直しておきたい。
そのために、この暗闇を作ったのだから。
「・・・お母さん、変身解けてますよ」
様々な思いを振り切り、小声でヒスイに耳打ちするマーキュリー。
「えっ!?ホント?」
「本当です」
「思ったより早く時間切れしちゃったみたい」
図鑑!図鑑!と、ショルダーバッグを漁るヒスイに。
「お母さん、服を着ないと風邪をひきますよ」
マーキュリーが、にこやかに忠告するが。


「服?ないよ」


「・・・・・・」(信じられない・・・)
万が一の、この事態を想定して、当然、持参していると思った。
「大丈夫、10分くらい休めば、また変身できるからっ!」
「・・・・・・」(それは大丈夫とは言わない!!)
マーキュリーの作り笑顔も限界だ。ついに特大の溜息が出る。
「もう、隠しきれないと思いますよ」
「うん、でも・・・バレたら、失格になっちゃうし」
真っ暗で助かったよ、と、暢気に語るヒスイ。
現役のエクソシストが試験の手助けをするのは、規約違反なのだ。
「・・・・・・」(バレたら失格?じゃあ、どうしろっていうんだよ)
服はない。変身もできない。
そのうえ、見つかってはならない。なんて。
(もうやだ・・・このひと・・・)



放り出したい・・・。






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