エクソシスト試験を終えた直後、マーキュリーの申し出により、双子の部屋は別々になっていた。
アイボリー、個室にて。
「うーん・・・」
首を傾げつつ、手にしているのは、ヒスイのパンツ。
「またやっちまったぜ」
渋く笑ってみるが・・・ひとりだと、虚しい。
盗もうとして盗んだ訳ではなかった。気が付くと、なぜか手元にあるのだ。
「ま、盗っちまったもんはしょうがねぇ。有効活用すっか」
変態行為にも関わらず、アイボリーは前向きで。
「ジストとトパーズに一枚ずつだろ・・・あと、まーにも!」
絶対喜ぶと、信じて疑わない。そして、隣の部屋――
「・・・何これ」と、マーキュリー。
「ヒスイのパンツ」と、アイボリー。
「なんか、自分でもよくわかんねーんだけど、収集しちゃってんだよな」
紐パン、Tバック、レース、アニマル柄・・・更には毛糸のパンツまで。よりどりみどりだ。
「まーにも一枚やるよ。どれがいい?ほらさ、要り様だろ?」
銀の男の習性を知ってから、つい、わかったような口をきいてしまう。
ところが、マーキュリーは。
「どうして?僕には必要ないよ」
そう言って、むしろ気の毒そうにアイボリーを見た。
「えっ・・・マジで!?」
予想外の反応に、アイボリーが驚いていると。
「あーくん、まーくん、何やってるの?」
締め損ねた扉の隙間から、ヒスイが覗いていた。
「あれっ???私の???」
パンツがなぜか床に並べられている。
アイボリーは、ヒスイを部屋へと招き入れ。
「あー・・・」と、声を出しながら、頭の側面を掻いて。
取り繕うことなく、こう言った。
「ズリネタに使わせてもらおうと思って」
「!!」
今度はマーキュリーが驚く。
「え?ズリ???」
言葉の意味がわからず、瞬きしているヒスイに。
「=ひとりえっちのオカズ」と、アイボリーが説明した。
「ひとりえっち・・・」
(あーくんも、そういう歳になったのね)
息子の成長を目の当たりにして、感動するヒスイ。
(私のパンツなら、盗んでも犯罪にならないもんね!!あれ、でも・・・)
「・・・えっちな本とか、持ってないの?」
「うん」
「そっか・・・」(やっぱり・・・それで仕方なく私のパンツを・・・)
アイボリーがとても不憫に思えてくる。
「気付いてあげられなくてごめんね、あーくん!!そんなに切羽詰ってたなんて・・・っ!!」
「・・・俺、切羽詰ってる?」
ヒスイに言われて、改めて。マーキュリーに話を振るアイボリー。
「見境なく、お母さんの下着に手を出すくらいだから、よっぽどなんじゃない」
「やべぇ・・・なんかそんな気がしてきた・・・」
するとヒスイが。
「昨日たくさん買って貰ったし、私ので良ければいくらでもあげるけど・・・毛糸のパンツだけは返してくれる?お兄ちゃんの手作りで、私の宝物なの」
「ああ、これな」
アイボリーは、素直に毛糸のパンツを返却した。
「わりぃ、次から気ぃ付けるわ」
「うんっ!残りは好きにしていいから!」
「おう!サンキュ!!」
話し合いで、円満解決。両者、がっちり握手だ。
「・・・・・・」(和解するところじゃないよ・・・そこは・・・)
アイボリーとヒスイの間抜けなやりとりに、呆れて声も出ないマーキュリーだった。
「あ、そうだ!えっちな本、買いにいこ!」と、ヒスイ。
普通なら、あり得ない。だがここは、赤い屋根の屋敷だ。
「行く!行く!」アイボリーが挙手で参加表明。
「まーくんも一緒に・・・」という、ヒスイの困ったお誘いを。
マーキュリーは、笑顔で当たり障りなく断った。
「いえ、間に合ってます」
2人を見送った後、部屋の鍵を閉め、息をつく。
ジーンズのポケットを探り・・・掴んだのは、ヒスイのパンツ。
アイボリーが持ち込んだものとは違う。
「・・・・・・」(見境いがないのは、僕も同じだ)
マーキュリーは、優美な顔を歪め、強く唇を噛んだ。
(こんなこと、あってたまるか)
コスモクロア。3階建ての家、玄関。
アイボリーと城下の書店で買い物を済ませたヒスイは、その足でトパーズ宅へやってきた。
「ネクタイ、返さなきゃと思って」
「よし、来たな」
この展開を見越して、先日、ヒスイの髪にネクタイを結んだのだ。
まさにグッドタイミング。
トパーズは、透けるような肌のクールビューティに戻り。
そろそろ、ヒスイに会いたいと思っていたところだった。
「それじゃ、私は帰・・・」
・・・れる筈もなく。トパーズに、室内へと連れ込まれるヒスイ。
昔、監禁された天井裏部屋まで、神の能力でひとっとびだ。
実はヒスイのお気に入りスペースで、度々訪れてはごろ寝している。
その、慣れたベッドに放り込まれ。
「付き合ってもらうぞ」
「付き合うって・・・何に?」
「筆あそび、だ」
「え!?」
“筆”と聞いて、体が反応する。同時に、ある予感がした。
(それってもしかして・・・あの筆なんじゃ・・・)
それこそ、モルダバイトでは見かけないが、髪を使って筆を作る店は、例の島に数多く点在していたのだ。
特産品といってもいい。
無論、ヒスイはそれぞれの経緯など知らない。ただ・・・
トパーズが持ち出した“筆”を目にした瞬間、胸がキュンとしてしまう。
自覚はないが、これはひとつの萌えである。
(ど・・・しよ・・・お兄ちゃんとトパーズ・・・カブりすぎ!!)
「ぷぷぷっ・・・」
笑い過ぎて力が出ないまま、ベッドの上、うつ伏せに組み敷かれるヒスイ。
上着を捲られ、背筋に沿って毛先が動くと、くすぐったくて堪らず。
「あはっ!あはははは!!!」
幼い笑い声がますます大きくなった。
「ちょっ・・・トパぁ・・・あはははっ・・・!!!」
(これ・・・流行ってるの!?)
両脚をじたばたさせ、涙が出るほど、笑って。
「はぁはぁ・・・ね、知ってる?“笑い”って、うつるんだよ」
笑い声を聞いていると、つられて笑ってしまうものだと――そう言いたいらしい。
ヒスイは、素肌にしっとりと汗を滲ませ。相当、笑いに酔っている様子だ。
「トパーズも笑ってるでしょ」
「・・・笑うか、馬鹿」
「じゃあ、顔見せてっ!」
トパーズの股の間で方向転換。仰向けになって、じっと顔を見上げる・・・
「ほらっ!やっぱり笑ってる!」
ヒスイが両手で頬を包むと。トパーズもヒスイの頬を包み。
「笑ってない」「笑ってる」
「笑ってない」「笑ってる」
同じ言葉を繰り返しながら、顔を寄せ合い。共に、笑う。
前髪が重なり・・・軽く額が当たったところで。
「あ・・・」近付きすぎていることに気付く。
「ヒスイ」名前を呼ばれれば、キスの気配。
トパーズの熱い息が唇に触れ、ヒスイは慌てて顔を背けた。
「・・・こっち向け」
「やだ」
「・・・もう一度だけ言う。こっちを向け」
「やだっ!」
「・・・だったら、これしかないな」
筆あそび、再開。ヒスイの足首を掴み、足の裏に筆を走らせる。
キスがダメなら。こうして、じゃれ合う他にない。
「無事に帰れると思うなよ?」
「トパーズっ・・・やめ・・・あははははは!!!」
その頃、赤い屋根の屋敷では。
「ただいまー」
帰宅したアイボリーを、いつもの笑顔で迎えるコハク。
「おかえり、ヒスイは?」
「忘れ物届けに、トパーズんとこ寄るって」
「へ〜・・・そう」
コハクの表情に感情が現れることはない。しかし。
(しまったぁぁぁ!!!)心では、叫ぶ。
トパーズの、抜かりのない仕込み・・・忘れ物がわざとなのは、明白だ。
(こういうことだったのか!!どうぞご自由に〜なんて余裕見せてる場合じゃなかった!!まずい、元を取られる!!)
「コハクー、俺、腹へったー」
お構いなしの催促。対してコハクは。
「はい、じゃあ、これ。夕飯はあーくんに任せるよ」
エプロンをアイボリーに押し付け。
「僕、ちょっと急用で出掛けるから」
ヒスイを連れ戻すべく、身を翻し。勢いよく裏口の戸を開けると、そこには――。
「サルファー?」
「父さん、話があるんだけど」
あいつのことで、と。声を小さくしてから、アイボリーを顎で指すサルファー。
「・・・・・・」
(エクソシスト試験で、やっぱり何かあったみたいだな)
「コハク?出掛けねーの?」
背後から、エプロンをしたアイボリーが声をかけてきたが、いささか状況が変わってしまった。
「うん、ちょっとね」
苦笑いで答えた後、コハクはこっそりサルファーに耳打ちした。
「場所、変えようか」
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