オカルト研究会部長、レムリアンシード。通称、レム。
髪は、紫とも赤ともいえる色をしていて。この時代の男子にしては少し長めだ。
帽子を被っているから余計にそう見えるのかもしれない。
服装こそ幼いが、顔立ちは大人っぽく、ニヤッと笑う三日月口が妙に印象的だった。
瞳は金色で・・・魔の気配がする。
「えーと・・・ともだち?」
背中のヒスイが言った。
「はい」と、マーキュリーが頷き、マスクを外す。
「お世話になった先輩なんです。ちょっと話があるので、お母さんは先に帰っていてください」
「あ、うん、じゃあ・・・」
自分の足で地面に立ち、チラリ、レムを見るとなぜか手を振っている。
人見知りのヒスイでも、息子の友達を無視することはできず。
ぎこちない笑顔で何とか会釈をし、走ってその場を去った。
レムの三日月口は、そのまま閉じることはなく。
「銀の吸血鬼一族は、その姿が美しいことで有名だ。うっかり僕も見とれてしまったな」
帽子を弄りながら、話を続けた。
「君もじき、恋に落ちる。いやいや、もう落ちているのかもしれないな。毎晩のように彼女を夢で犯して――それが現実になることを恐れている」
「!!何を言って・・・」
乗せられてはなるまいと、一旦そこで言葉を切るマーキュリー。
するとレムは。
「案ずることはないさ、許されるのだよ。その愛と欲望は。何故なら、銀の吸血鬼は、近親相姦で子孫を残す一族だから。同じ血を継ぐ者なら、母親が性の対象でも何ら不思議はない」
「・・・・・・」(近親相姦で子孫を残す?そんな話が聞きたいんじゃない)
嫌悪する一方で、トパーズとジストの存在が脳裏を過ぎり、言葉に詰まる。
レムは軽くステップを踏んで、こう続けた。
「可哀想に。君達は悪い大人に騙されているんだよ」
「考えてみたらどうだい?リヴァイアサンは天使を喰う。それなのに、何故あの時、アイボリー君が残ったのか。彼は熾天使ではなかったかな?」
「・・・あーくんは結界の中にいたんだ。だから助かった」
「いやいや、アイボリー君は召喚者の一人だ。本来なら真っ先に喰われる――結界は、本当に間に合っていたのかい?ただのカモフラージュだとしたら?その結界を張った人物は・・・」
「あなたには関係のないことだ!」
これ以上、レムの言葉に耳を貸すのは危険だと思った。
マーキュリーは語調を強め、話を打ち切ると、深く俯き、言った。
「・・・聞きたいことは、別にあるんだよ」
「なんだ。つまらないな。君が動揺するところ、見たかったのに」と、レム。
変わらぬ三日月口で。
「おっと、もう行かなくては。悪い大人に捕まってしまう」
「待っ・・・!!」
夕闇に溶けてゆくレムを追おうと、マーキュリーが動く。だがその時。
「お父・・・さん?」
「やめておいた方がいいよ」と、マーキュリーの肩に手を置き、笑顔で諭すコハク。
「今はまだ、君の手に負える相手じゃない。彼ね、指名手配になったんだ」
「指名手配・・・ですか」
「うん。教会指定のね、トパーズから聞いてない?」
レムリアンシード捕獲作戦。
モルダバイト各地の学校で、エクソシスト達が潜入捜査を行うことになった。
そのメンバーにマーキュリーもアイボリーも選出されているのだという。
「・・・・・・」(トパーズ兄さんに騙された・・・)
わざわざ取引きをする必要はなかったのだ。
余計な事を話してしまったと、今更悔やんでも仕方がない。
「・・・・・・」(お父さんは、何をどこまで知っているんだろう)
『悪い大人に捕まってしまう』
別れ際の、レムの言葉が耳に残っている。
(部長は、お父さんから逃げた・・・?)
疑問は尽きない。
(そもそも何のために、僕の前に現れたんだ?お父さんを疑え?裏切れ?そんなことして何になる・・・でも・・・)
マーキュリーの口から、微かな溜息が漏れる。
(父さんも、兄さんも・・・総帥も・・・皆、底が見えない)
何を考えて行動しているのか、わからないのだ。
逆に、信用できる大人は・・・と、考えた時。
「・・・・・・」
なぜか、ヒスイの顔が浮かぶ。
(いや、アレは大人じゃないし)
嘘をつくのが下手で、愛想笑いのひとつもできない。けれど。
ヒスイの、涎まみれの寝惚けた顔を思い出したら、ふっと気が楽になった。
「まーくん?大丈夫?」
「あ、はい」
「ところでヒスイは・・・」
奪還すべく、トパーズ宅に突入したものの、マーキュリーに担ぎ出された後だった・・・つまり、すれ違いになってしまったのだ。
「すみません、先に帰ってもらいました」
「・・・無事だった?」
「若干、衣服の乱れはありましたが、たぶん」
「そう。じゃあ、帰ろうか」
マーキュリーの報告に、にっこり。だが・・・
(衣服の乱れ!?)聞き捨てならない台詞に、気が焦る。
(早く帰って確かめないと!!)が、本音である。
屋敷の門をくぐったところで、スパイシーな香りが鼻についた。
「今夜はカレーかな。あーくんに頼んだんだよ」と、コハク。
「お、お父さん・・・?」(言動が一致していませんよ?)
コハクの口調は穏やかだが、歩調は異常に早い。まるで競歩だ。
そして・・・
「ただいま、ヒスイ」
「おかえりっ!お兄ちゃんっ!!」
・・・は、幻聴だった。両手を広げて待っていても、ヒスイはこない。
「おー、おかえりー」
髪を束ね、エプロンをしたアイボリーが、ちょこっと顔を出しただけだった。
場を改め・・・キッチンにて。
「ヒスイはどうしたのかな?」
調理中のアイボリーに、コハクが詰め寄る。
「まだ帰ってねーけど?トパーズんとこじゃねーの?」
「途中まで僕が一緒だったんだ」と、マーキュリー。
いくらヒスイの歩幅が短いとはいえ、とっくに帰宅している時間だ。
コハクとマーキュリーは声を揃え。
「「あーくん、心当たりない?」」
「あー・・・、そういや・・・」
アイボリーは、カレー鍋を掻き混ぜながら、数時間前の出来事を話した。
「一緒にエロ本探してたんだけど、ヒスイ、巨乳の表紙ガン見しててさ。やっぱりおっぱいは大きい方が〜とかなんとか、すっげーブツブツ言ってたから」
それは・・・紛れもなくトラブルの前兆である。
「・・・・・・」(なんとなくわかったぞ)コハク、心の声。
「・・・・・・」(お母さん、あなたってひとは・・・)マーキュリー、心の声。
男達が、それぞれ問題を抱えている中。
ヒスイはひとり、しょうもないことで奮闘していた――。
こちら、国境の家。
来訪を知らせるチャイムが鳴り、スピネルが扉を開ける。
そこには、ヒスイがちょこんと立っていた。
「ママ!?どうしたの!?その胸・・・」
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