小柄な体型はそのまま。胸の膨らみだけが、やたらと大きくなっている。
所謂、童顔巨乳の状態だった。
「とにかく入って」と、スピネル。
仕事から帰ったばかりのオニキスも、ヒスイの姿を見るなり、ネクタイを緩める手を止め。
「・・・何があった」


発端は、アイボリーとえっちな本を買いに行ったこと。


改めて、巨乳の人気を知ったヒスイは、マーキュリーと別れた直後に・・・
(晩ごはんまで時間あるし、アクアのおっぱい見に行こ!)
・・・という考えに至った。
雑誌モデルをしているアクアは、当然、美容にこだわりがある。
相談と見学を兼ねて、まずヒスイは、エクソシストの寮へと向かった。
405号室に滞在した時間は約20分。
「アクアみたいな体型になりたい、って言ったら、いきなりおっぱいに注射打たれて」
こうなっちゃったの。と、ヒスイは重そうに自身の乳房を持ち上げた。
「おっぱいだけ大きいのって、変じゃない?」
身長もそれなりに。ヒスイ的には、もっとバランスのとれた巨乳に憧れていたのだ。
ところが。たまたまアクアが持っていた試供品・・・アダルト向けの魔法薬を両胸に注入されてしまった。
搾乳プレイ用のもので、豊胸作用があるという。
確かに効果は出ているが・・・突如、巨乳化したヒスイの姿に、違和感がないといえば嘘になる。
「それでママ、アクアのところから逃げてきたの?」
こくり、ヒスイが頷く。
「こんなおっぱい、お兄ちゃんに見られたくないから、今夜泊めて欲しいんだけど」
カウンターテーブルの定位置で突っ伏し、オニキスに願い出るヒスイ。
「それは構わんが・・・」


「迎えにくるぞ」


オニキスがそう言った、次の瞬間。チャイムが鳴り。
「!!」ヒスイは慌てて2階へと駆け上った。
ドアの閉まる音を聞いてから、スピネルが客人を出迎える。
「パパ、いらっしゃい」
「ヒスイがお邪魔してると思うんだけど」
国境の家は、ヒスイの避難先である。
コハクに言えない困ったことがある場合、大抵ここにいるのだ。
「うん、でもちょっと今は・・・」
言葉を濁すスピネルに。
「もしかして、胸が大きくなっちゃった・・・とか?」
コハクが耳打ちする。ヒスイの行動パターンはさすがにお見通しだ。
「パパに見られたくないって」
「そう」(しばらくここで様子を見るか)


「夕食、まだでしたら、ご一緒しませんか?」と、オニキスに語りかけるコハク。
「ああ」オニキスが返事をすると、早速。
アイボリーがカレー鍋を持ってやってきた。直通魔法陣があるので、行き来は楽々だ。
「奇遇だね、実はうちも・・・」と、笑うスピネル。
「ついさっき、サフランライスが炊けたところ」
「お!俺はナン焼いてみたぜ!」
サラダやスープを持ち寄り、豪華なカレーバイキングが始まった。
しかし、紅一点のヒスイは現れず・・・メンバーは男5人。無駄に美形ばかりが並ぶ。
「・・・・・・」
その輪の中で、マーキュリーは思案を巡らせていた。
(オニキスおじさんだって、あの場にいたんだ)
思い出すのは、ミノタウロスの迷宮。ブラッド・ダイナマイトの不発。
(異変には、気付いている筈なのに)
アイボリーの手前、だろう。
オニキスもコハクも、至っていつも通り。互いに抱く不信を、おくびにも出さない。
「まー?食ってる?」と、そこで。アイボリーが見回りに。
「食べてるよ」咄嗟に答えたものの、マーキュリーの手は止まっていた。
(あーくんも“銀”だとしたら・・・)
幼い頃からヒスイに執着していたことも。
パンツを盗んだことも。自慰の相手に選んだことも。
すべて、辻褄が合う。
(でも、きっとこれは・・・)



暴いてはいけない秘密。



(・・・なんだろうな。今日は少し・・・疲れた)
ヒスイの顔が見たい――疲労感と同時に胸に沸く想い。
(まったくあのひとは何をしているんだか。いちいち面倒臭い・・・)
恋愛初期症状を、苛立ちで誤魔化して。
気を取り直したマーキュリーは、行儀良くカレーを口に運んだ。
そして・・・
食後に用意されていたのは、アイスカフェオレ。
「これすげぇ旨いじゃんか!」
アイボリーが絶賛すると、スピネルは朗らかに笑って言った。


「ママから絞ったミルクを使ってるからね」


「!!」×4
げほっ!ごほっ!一斉に、男達が咽る。
オニキスもコハクもマーキュリーもアイボリーも、揃って狼狽。こんな光景は滅多にない。
「くすくす、冗談だよ」と。
意外に小悪魔な一面を覗かせるスピネルだった。


「胸の大きさなんて関係ないですよねぇ」
天井を見つつ、コハクが呟く。
「まあ、そうだが・・・連れて帰る気か?」と、オニキス。
「そのつもりなんですけど・・・」
「女の子にとっては、重大な問題なんだと思うよ」
元・男の娘スピネルが会話に加わり。
「だろうね」コハクは肩を竦め、苦笑い。
と、その時。グラスを置く音がして。
「僕が行きます」
マーキュリーが立ち上がる。
それからなんと、数分も経たないうちに、ヒスイを連れ、階段を下りてきた。
「ヒスイ!!」
両手で胸を隠し、俯いているヒスイを、すかさずコハクが抱きしめる。
「おにいちゃ・・・おっぱい、失敗しちゃった・・・」
「大丈夫だから・・・一緒に帰ろう、ね?」
「ん・・・」
途端にイチャつき出した両親を尻目に。
「どんな裏ワザ使ったんだよ」
アイボリーが小声で尋ねる。
「呼び方を変えてみただけ」と、マーキュリー。
王子様的笑顔を浮かべ、こう続けた。



「“お母さん”が“ヒスイ”になるのは、嫌みたいだよ」



「・・・・・・」
(まー、怖ぇぇぇ!!!)






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