「え・・・と、大丈夫?お兄ちゃん、呼んでこようか?」
「いえ、大丈夫です」
そう言って微笑むマーキュリーだったが・・・視線は斜め下。
唇の間から微かに漏れた息は熱く。
「熱、あったりしない?」と、懲りずにヒスイが身を寄せた。
ところが。マーキュリーの額に触れようとするも、さっと避けられ。
「・・・・・・」(なに?今の・・・)ムキになるヒスイ。
「たぁっ!てぃっ!とうっ!」
右手、左手、交互に伸ばして額を狙うが、すべて躱されてしまった。
「はぁはぁ」(な、なんなのよ・・・まーくんて、時々いじわる・・・)
避けられる意味がわからない。
「こうなったら・・・」(おでこでおでこを捕らえるしかないわね)
ヒスイは、あまり高く飛べそうにないペンギンフォームで、マーキュリーの額を睨んだ。
(絶対、ごっちんこしてやるんだからっ!)
一方、こちら、マーキュリー。
「・・・・・・」(諦め悪いな)
触らせるつもりは毛頭ない。嫌悪感を抱いているのだ。
夕べのヒスイは、まるで別の生き物のように見えた。
コハクの男性器を欲しがる様はひどく不快で。
思い出す度、体の内側が灼け爛れそうになる。
(息が熱いのは、たぶん、そのせいだ。早くこのひとを追い払わないと・・・)
「僕は大丈夫ですから、顔でも洗ってきたらどうですか?涎のあと、ついてますよ」
「え?そう?」
「はい。それはもう、滝のように」
「滝のように!?」
作戦半ばだが、そこまで言われると、さすがのヒスイも気になって。
「ちょっと行ってくるっ・・・!」
慌ただしく、洗面所へ向かった。その途中。
「あ!あーくん、おはよ!」
「おー・・・はよ」
寝癖頭で大欠伸をしているアイボリーとすれ違う。
「・・・ヒスイ?」
過ぎ去ってから、振り向くアイボリー。
(香水?んなわけないか)
もう一度欠伸をして。
「朝からすっげー・・・甘い匂い」
アイボリーは、小柄で女顔だが、仕草は男そのものだ。
大股開きでキッチンの椅子に腰掛け。
「夕べのヒスイ、エロかったなー・・・また見に行こうぜ」と、言った。
「あーくん・・・よく普通でいられるね」
「ヒスイがコハクとえっちすんのは当たり前じゃんか。エロいとこ見たって、なんも変わんねーよ」
「俺はまーみたいに欲張りじゃねーし」
「僕が欲張り?それ、どういう意味?」
アイボリーの、どこか引っ掛かる言い回し。
マーキュリーが問い詰めようとしたところで――
「おはよっ!!」
ジストが裏口から入ってきた。
「ジスト!」「ジスト兄さん」
「あーとまーに、任務について説明しとこうと思ったんだけど、来んの早すぎたかな???」
やたらと里帰りが多いが、ジストはコスモクロアの家に住んでいる。
可愛い弟達の初任務に、張り切って早起きしてしまったらしい。
捕獲作戦に於いて、教会がなぜ、学校にエクソシストを送り込むのか。
話はそこから始まった。
コスモクロアの文化祭ほどの規模ではないが、モルダバイト各地の学校で過失召喚が多発しているのだという。それも、オカルト系クラブ活動の延長で。
これらにレムリアンシードが関与していると思われる。
彼に関して公表されているのは、人間ではない、という事だけ。
故に。単独での接触には、注意が呼びかけられている。
「3年にまー、2年にあー、1年にヒスイが転入することになってて・・・」
「んで、ジストは何なの?」と、アイボリー。
見慣れないスーツ姿。童顔でも身長はあるので、スーツを着れば、社会人1年目くらいには見える。
「オレは教育実習生!よろしくなっ!」
新人のサポート役といったところだろう。
「面白くなりそうじゃんか!」
アイボリーは声を弾ませ。
「俺も着替えてくるわ」と、走ってキッチンを出ていった。
「さっきまでヒスイ、ここにいた?」と、ジスト。
「ヒスイの匂い、残ってる。オレ大好き、この匂い」
くんくん、ちょうどヒスイがいたあたりを嗅いでいる。
(犬みたいだな)と、思いながら、マーキュリーは言った。
「本当に・・・甘い匂いですね」
僕は少し苦手ですけど〜と、話を繋げる前に、ジストが仰天。
「えっ!?まーも!?」
勢いよく立ち上がり、椅子を倒す。
「どうしたんですか?ジスト兄さん?」
「ううんっ!なんでもないっ!」(そっか、まーもヒスイのこと・・・)
アイボリー、自室にて。
「ヒスイ、俺に惚れねーかな」
潜入捜査用の制服に着替え、鏡の前、ポーズを決める。
ナルシストではないが、いつもより鏡を見ている時間は長かった。
そしてこの朝、自身の異変に気付く・・・
「・・・あれ?つむじんとこ、色違くね?」
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