こうして、コハクはトパーズを送り出した。
(不本意ではあるけど、ヒスイはひとまずトパーズに任せて・・・)
「僕は、ケジメをつけてこないとね」
アイボリーと話をするのが先決だ。
「できれば、まーくんも一緒の方がいいんだけど・・・あーくんはじっとしてる子じゃないから、とにかく先に掴まえておかないと」
早々に、コハクはコスモクロアへと向かった、が。
「うーん」と、苦笑い。
3階建ての家には、すでに人の気配はなく。
「やっぱり遅かったか」
前髪を掻き上げがてら、月を仰ぎ、呟く。

「長い夜になりそうだ」




国境の家。
2階の1室にヒスイは軟禁されていた。
オニキスもまた、アイボリーを探しに出掛け。スピネルが見張りとして残った。
「私だって!本気になれば、これくらいの結界破れるんだからぁっ!!」と、ヒスイ。
そのための術式を延々と用紙に書き出しているのだが・・・結構なブランクがあるだけに、苦戦していた。
結界解除は、数学の問題を解くのに似ている。
(もうちょっとなのに・・・)
「はぁはぁ」息切れ。知恵熱が出そうだ。そんな時。
「ママ、少し休憩したら?」
ヒスイを宥めようと、スピネルがミルクティーを運んできた。
「うん、そうする」
気分転換のつもりで、窓を開けるヒスイ。
「あれっ?トパーズ?」
「・・・兄貴?」スピネルが隣に並ぶ。
神だけあって、トパーズは難なく結界を抜け。
「あっ・・・ずるい!!」ヒスイが口を尖らせる。
「ママ、1階へ行こう」
「ん!!」



紅茶を淹れ直すスピネル。
カウンターテーブルを挟んで、トパーズとヒスイが並んで座る。
夜だけに、バーのような雰囲気だ。
「意外だな、パパがくるかと思った」スピネルが静かに語り。
「来たくて来た訳じゃない」トパーズが憎まれ口を叩く。
「・・・が、アイボリーを金髪にする魔法薬を作っていたのは、オレだ」
続けて、自分も部外者ではないという真実を明かした。
「そ・・・うなの???」
ヒスイが驚きの瞬きをする。
「お兄ちゃんとトパーズが協力するなんて、よっぽどのことだよね」


「ホントにどうしたの???」


「・・・・・・」「・・・・・・」
この状況下でも、炸裂する天然ボケ。
「家庭内のトラブルを避けるため、だよね、兄貴」
スピネルは穏やかだが、トパーズはイラッときたようで。
「・・・お前のような鈍感女にもわかるように説明してやる」
いいか、よく聞け――と。ヒスイの両耳を引っ張り。
以前、アイボリーに話して聞かせた内容を再び口にした。
「・・・確率の問題だが、現時点では100%。要はその確率を下げたかった」
「あ・・・うん・・・」
この手の話になると、相変わらずヒスイは気のない返事をするが。理解はしている。
「だとしたら・・・お兄ちゃんのしたことは、そんなに悪いことなの?オニキス、凄く怒ってたけど」
「ママを大切に想ってるからだよ」
オニキスに代わり、スピネルが答える。
「オニキスとパパは、恐れるものが違うから、考え方も違う。意見が対立するのは仕方のないことなんだ」
数学教師のトパーズと、古文教師のスピネル。
息子2人に諭され。ヒスイはしばらく黙っていたが。
「私は・・・」


「空を飛ぶのに、翼の色が関係ないみたいに。生きていくのに、髪の色なんて関係ないと思う」


「極論だね」スピネルは苦笑い。
「だが、オレも同じ意見だ」と、トパーズ。
続けて、ヒスイが言った。
「お兄ちゃんに騙されるのは、慣れてるからいい」
庇おうとする気持ちから、一度は違うと否定したが、本当はわかっているのだ。
「15年はちょっと・・・長かったけど」
怒るでも、泣くでもなく、寂しそうに笑うヒスイを見て。
スピネルが語調を強めた。
「オニキスは、ママにそういう顔をさせたくなかったんだと思う」
「うん。オニキスは・・・優しいよね」
誠実で、気持ちの深いひとだということは、何十年も前から知っている。と。
それだけ言って、ヒスイはカウンターテーブルの椅子から飛び降りた。
「とにかく、あーくんに会わなきゃ!」
部屋の扉を開けた、その先で。驚くべき出会い。
「オ・・・オニキス!?」
アイボリーが戻ってきているかもしれないと、様子を見に来たのだ。
3人の会話には、あえて立ち入らなかった。
「話、聞いてた?」
「・・・ああ。結界は解いてある。行け」
「うんっ!!」
廊下を駆けてゆくヒスイが、足を止めて振り返る。
「私はっ!自分勝手でひどい女だから!!やっぱり、嫌いになった方がいいと思う!!顔も見たくないなら、血液はパック詰めして送るし!!」
それだけの覚悟があって行くのだと、暗に伝えて。
「今まで、ありがと」
最後に礼を述べ、背を向ける。が。そこでオニキスの笑い声が聞こえた。
「自己完結するな」
今更、そんなことで、心が離れる筈がない。
「オレはその“ひどい女”を愛している」
「え・・・でも・・・普通、嫌いになるよね???この展開だと・・・」
「いや、特に珍しくもない展開だと思うが?」
そう言ったオニキスがあまりにいつも通りで。ヒスイの方が恥ずかしくなる。
「・・・っ!!変な趣味っ!!」
「ああ、そうだな」
「じゃ、じゃあ私っ!行くからっ!!」




ヒスイを見送り、溜息。

「本当は行かせたくなかったんでしょ?」
スピネルが隣に立ち、オニキスに身を寄せる。
「・・・パパがどんな罪を犯しても。きっとママは許してしまうよ」
「ああ・・・そうだな」
「・・・・・・」(そしてオニキスも・・・)



ママがどんな過ちを犯したって、許してしまうんだ。



「愛って、怖いね。だけどそんな風に、愛したり愛されたり・・・ちょっと羨ましいって思う」
「・・・そうか」
オニキスの短い返答に頷き、月を見上げるスピネル・・・


「まだまだ、長い夜になりそうだね」







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