「オニキスっ!!」
結界の壁の前で待っていたヒスイ。
「どうして閉じ込めたりなんかするのよ!」と、戻ってきたオニキスに突っかかる。
「・・・・・・」
オニキスは無言のまま、ヒスイを担ぎ上げ、家の中へと連れていった。
入って早々の玄関で。
「!!ちょっ・・・なに・・・私はお兄ちゃんのところに帰・・・」
顎を掴まれた、次の瞬間。オニキスと唇が重なる。
「!!」強引なキスは記憶に遠く。
「っ・・・ふ・・・」抵抗のタイミングを逃してしまう。
(お兄ちゃんのキスじゃないのに・・・なんで・・・)
口の中いっぱいにオニキスの味が広がり。
触れ合う唇の間から、力が抜けてゆく。
立っているのもやっとの状態・・・残った僅かな力で肩口を叩いても、オニキスは退かなかった。
「・・・見くびって貰っては困る。愛情にかけては、コハクに負けていないつもりだ」
言葉を挟み、ふたたびヒスイの唇を塞ぐオニキス。
「な・・・んで、今そんなこと言うの?」
キス責めの合間、ヒスイはやっとの思いで声を出した。
「返すつもりがないからだ。お前は・・・騙されていたんだぞ」
「違うもん!お兄ちゃんは、金髪の男の子が欲しかっただけで・・・」
「それこそ、親の都合を子供に押し付けているだけだ。アイボリーの立場はどうなる」
「そ・・・それは・・・あっ!!」
そこで、アイボリーがいない事を思い出す。
スピネルと2人、家の中を探し回ったが、見つけることができなかったのだ。
「あーくんが・・・あーくんが、どこにもいないの!!」
「何だと?」オニキスが眉を顰める。
恐らくアイボリー本人は、何が起こっているかわからない状況で。
(オレが結界を発動させる前に抜け出したというのか?)
コスモクロア、3階建ての家。
「鍵、開いてねぇ・・・」と、青ざめるアイボリー。
11月の寒空の下、トランクス一丁にビニールケープという薄着。
それもこれも・・・汚れるといけないから、と、ヒスイに脱がされてしまったからだ。
へくしょん!へくしょん!へくしょん!腕を組み、くしゃみ連発。
コスモクロアは、モルダバイトに比べ、冬場の気温が低い。それでも。
「トパーズ早く帰って来いよ〜・・・」
アイボリーが頼るのは、何だかんだで長男のトパーズなのだ。
「おっ!!トパーズ!!!」
らしき影を発見し、大手を振る。が。
「・・・・・・」
トパーズは、アイボリーの姿を見るなり、携帯を耳にあてた。
「・・・何してんだよ」
「通報」
「すんな!!弟だ!!」
「・・・・・・」
月夜に映える銀色のつむじは見て見ぬふりで、煙草を咥えるトパーズ。
「緊急事態なんだよ!!ヒスイがオニキスに捕まって・・・へくしっ!!」
「・・・入れ」
それから小一時間が過ぎたが・・・コハクはまだ外灯の下にいた。
「・・・・・・」
(責められるより、庇われる方がこたえるなぁ・・・)
柱に寄りかかり、溜息。
被害者であるはずのヒスイを加害者にしてしまった。
(“ヒスイは返さん”とか言ってたっけ・・・)
「半分は脅しだろうけど・・・」
(・・・半分は本気だ)
今回は自分に非があるだけに、殴り返すこともできなかった。
「とにかく一度家に帰って、夕飯作らないと・・・まーくん待ってるだろうし・・・」
しかし、ヒスイがいないと思うと、脱力して動けない。
コハクはずるずると滑り落ち。
「例えばここにトパーズが来て、後ろから蹴りを入れられても避けられ・・・」
その時、ドカッ!背中に土足の感触。
「望み通り、イビリに来てやったぞ」
「アホガキが、こっちに転がり込んで来た」
「・・・じゃあ、説明はいらないよね」と、コハクが立ち上がる。
「あーくんは、抜け出すの得意だから。今頃、オニキスが面喰ってるんじゃないかな」
「どうした、お前にしては随分詰めが甘いな」と、トパーズ。
「うん、そうかもしれないね」コハクは瞳を伏せ。
「そろそろ潮時かな、とも思ってたし」と、言った。
それから、エクソシストの試験中に起きたトラブルについてトパーズに話し。
「現場に居合わせた数名が、あーくんの“金髪”に疑問を持ち始めた。中でもサルファーは間違いないと直感したみたいで、僕のところへ確かめに来たよ」
「それで?真実を話したのか」
「話してないよ」
「・・・あいつなら、喜んでお前の味方をするだろう」
「あーくんの件に関与するのは、僕と君だけで充分でしょ?わざわざ巻き込む必要はない。賢い子だから、察してくれていると思うよ。まーくんもね」
「・・・実験終了か、結果はどうだ」
「まーくんよりあーくんの方が先にヒスイに興味を示してたからね」と、コハクは苦笑。
「感情に、髪の色は関係ないみたいだ。これからはちゃんと向き合うことにするよ」
フン、と。トパーズは鼻で笑ったが。
“銀”の同族に対する執着心を見せつけられたようで。良い気分ではなかった。
「自分の愛が若干歪んでいるのは自覚してるんだ」と、コハク。
「若干じゃない、相当だ」容赦なくトパーズが断言する。
「君に言われたくないね」きっちり言い返してしてから、コハクはこう続けた。
「僕は、ヒスイを失うことを恐れてる・・・でも」
「ヒスイを奪われたとしても、息子ばかりは殺せないから」
「・・・・・・」
「できればライバルにしたくない。分が悪いからね」
「・・・・・・」
「あーくんとまーくんの幸せを願うと言っておきながら、結局は僕のエゴだ。オニキスが怒るのもわかる気がするよ」
「・・・・・・」
「とにかく。僕は今、ヒスイに合せる顔がない」
「・・・・・・」
本音を語る・・・このパターン。
言い包められかけていることに気付いた時には、もう遅い。
「という訳で――」
コハクはにっこり微笑んで、トパーズの肩に手を置いた。
「僕の代わりに、ヒスイの様子、見てきてくれる?」
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