「ギリギリ間に合ったぜ」
暗闇が心なしか薄らいだ気もするが、日の出はまだ先だ。
夜の砂漠は、どこか海に似ている。
魔法の絨毯から、地上を見下ろすアイボリー。
到着に気付いたレムが手を振ってきて。うっかり、手を振り返してしまう。
(友達じゃねぇっての!)
「・・・ん?」
地上には、人影がふたつ。ひとつはレムのもの。もうひとつは・・・
(杖持ってんな・・・もしかして召喚士?)
目を凝らして見ると。
(あいつ・・・王室付きの召喚士じゃね?そうそう、いかにもな感じの優男で・・・)
20代後半くらいの、気の弱そうな青年だ。
「何でレムと一緒に・・・て、やべぇじゃんか!!」
召喚士といえば、当たり前だが、召喚のプロだ。
オカルト好きの生徒を集めて・・・とは訳が違う。
どうやって運んできたかは謎だが、砂漠には、10m四方の巨大な石版が設置されていて。
そこに刻まれているのは、リヴァイアサン用の召喚魔法陣だ。
魔法の絨毯の高度を下げ、再び召喚士の方に目を遣ると、すいぶん怯えている様子だった。
(まさか・・・誘拐・・・とか?)
「よろしく頼むよ」
レムに声をかけられると、召喚士の青年は、意を決したように呪文の詠唱に入った。
石版に刻まれた魔法陣が光を放ち始める・・・
「!!」(レムの奴、本気だ!!)
「ヒスイ!起きろって!!」
アイボリーが激しく揺さぶるも。
「おにぃちゃぁ〜・・・もうすこしぃ〜・・・」
へにゃっと笑って、また眠るヒスイ。
「だめだわ、こりゃ・・・」と、その時。
「おわっ・・・!!?」
アイボリーは体勢を崩し、魔法の絨毯から落下。そしてなんと。
石版の角に頭をぶつけて。
「痛ってぇ〜・・・」
(あ〜・・・ぱっくりいってるっぽい・・・)
額を切ったらしく、大出血している。
(ここでオチてたまるかってんだ!ヒスイ、ぐーぐー寝てんだぞ!?巻き込まれる前になんとかしねぇと・・・)
歯を食いしばり、立ち上がるアイボリーだったが。
そのまま後ろへひっくり返り。間もなく、意識を失った。
「・・・ん?」(血のにおい・・・)
皮肉にも、これをきっかけに、ヒスイが目を覚ます。
「あれ?ここ・・・どこ???」
知らぬ間に、砂漠まで来ていた。更には・・・
「え――?」
“儀式”が完了し、喚び出された者がヒスイの目の前にいた。
「イフリート?なんで???」
炎の魔神と称されるイフリート。
人間に近い骨格をしているが、その大きさは人間の比ではなく、城ひとつ分もある。
全身から炎を放ち、空までも焼き尽くす勢いだ。
これには、首謀者のレムも唖然とする。
「・・・君には、リヴァイアサンの召喚を、と、お願いした筈ではないかな?」
トレードマークの三日月口を崩して話す。
「ご・・・ごめんなさいぃぃ〜・・・」
失敗しました〜と、か細い声で召喚士が謝罪する。
「わ、わざとじゃないんですぅぅ〜・・・」
「つ・か・え・な・い・ね、君」
計画が台無し。仕切り直すしかないと、レムは後方へと飛んで。
「自分のミスは自分でカバーしたまえ。さらば、クサレ召喚士」
辛うじて残された闇の中へと消えていった。
「あーくん!?」
石版の脇で伸びているアイボリーを発見し、ヒスイが叫んだ。
「危ない!!」※完全に手遅れです。
寝惚け半分、夢か現かもはっきりしないまま、イフリートにやられたものと勘違い。
その直後――
砂漠一帯の空気が、ヒリヒリと、痛いほど肌を刺激するものへと変わった。
冷気を極めた熱気のせいだ。
ヒスイがどんな魔法を使ったのかわからないが、ほんの十数秒の出来事だった。
イフリート周辺に竜巻を起こし、全身を凍らせてしまったのだ。
後に残るは、ダイヤモンドダスト。
イフリートは氷の石像となって、砂煙をあげながら、砂漠に倒れ込んだ。
実は、この時すでに、エクソシストの一団が砂漠を包囲していた。
その中に、二つの白装束。セレとマーキュリーの姿もある。
「見事にやってしまったね」と、この光景に笑うセレ。
「母が、とんでもないことをして申し訳ありません」
(何やってるんだ、あのひとは)
マーキュリーが頭を下げる。
対するセレは落ち着いたもので。マーキュリーにこう言った。
「あのイフリートを瞬間冷凍するなど、なかなかできる事ではないよ。姿こそ幼いがね、ヒスイは天才の部類に入るのだよ。血は争えないものだね」
通常では聞き取ることのできない複雑なものから、一言に簡略化したものまで、ありとあらゆる・・・何千何万という呪文が頭に詰まっている。※ほぼ未使用。
「惜しむらくは、相手を間違えてしまった事だね」
この場にいる誰もが目を疑う驚愕の事態。
リヴァイアサンの召喚で、イフリートが召喚され。
それだけでも驚きだというのに、ヒスイが攻撃を仕掛けてしまった。しかも一撃必殺の。
失敗に失敗が重なった、劇的運命。
「魔法陣の“向こう側”が黙っていないでしょう」
そう言って、マーキュリーが溜息を漏らす。するとセレは。
「ヒスイは我が子を守ろうとしただけだろう。母親の性ではないかね」
声のトーンを抑え「ここだけの話だがね」と、話を続ける。
「事件には違いないが、問題はないよ。むしろ、好都合だ。ヒスイの失敗には意義があるのでね」
「失敗に、意義?」
聞き返しても、答えがないのは、腹黒い大人の特徴。コハクで慣れている。
「・・・とにかく、あーくんを連れてきます」と、マーキュリー。
距離があるので、怪我の具合を目視することはできないが、風に血の匂いが混ざっている。
「その方が良いね、医療班を待機させておこう」
「よろしくお願いします」
「・・・・・・」(母親の性?)
アイボリー救出に向かう道すがら、マーキュリーが軽く首を傾げる。
(あーくんを守ろうとしたのは確かかもしれないけど・・・)
・・・あれは絶対、寝惚けてた。
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