(レムには逃げられるし・・・)
「大変なのは、これからだよ」
思わずボヤく、マーキュリー。
“召喚する側”と“召喚される側”の関係は、近年あまりうまくいっていないのだ。
過失召喚が頻発するようになってからは尚更、緊迫ムードが続いていたというのに。
ヒスイの暴走で、こちらから喧嘩を売る形になってしまった。状況悪化は必至だ。
「こんな時に限って、お父さんはいないし」そこまで言って。
「・・・避けたのは、僕か」と、溜息。
外泊をすると言ったものの、どこへ行く訳でもなく、夜の街を歩いていた。
「・・・・・・」(偶然だとは思うけど・・・)
そこで、総帥セレナイトに出会い、ここまで連れてこられたのである。
今宵、砂漠でリヴァイアサンの召喚が行われるという情報を、教会がどこから仕入れたのか・・・
腑に落ちない事ばかりだが、考えるときりがない。
石版の先にヒスイの姿が見えた。
(本当に・・・面倒なひとだな・・・いちいち手が焼けるというか・・・)
心の中ではそう思いながらも、努めて笑顔で。
「お母さん」優しく、声をかける。
「まーくん!!」
ヒスイは魔法の絨毯を乗り捨て、膝枕でアイボリーの介抱をしていた。
「・・・・・・」(なんだ、これ)
アイボリーの額の傷口が、絆創膏で、継ぎはぎだらけになっている。
横に走っている裂傷に対し、縦に絆創膏がべたべたと貼り付けられていた。
「私、回復魔法はほとんど使えないから」
持ち歩いていた絆創膏で手当てをしたらしいが・・・
「プッ・・・」(ごめん、あーくん。笑ってる場合じゃないんだけど)
フランケンシュタインのようだ。
ヒスイが真剣そのものなのが、また笑いを誘う。
(おかしなひとだな・・・昔から少しも変わらない)
「あーくん、死なないよね?」
「大丈夫ですよ。教会の医療班が待機してます」
行きましょう、と。マーキュリーはアイボリーを担ぎ。
「お母さん、ちゃんと目は覚めましたか?」
にっこり、ヒスイを見つめる。
「しっ・・・失礼ね!覚めたわよ!さっき!」
「そうですか」(さっき、って、いつだろう・・・)
現場に戻ると、そこには、トパーズとオニキスが合流していて。
なるほど、と、セレの言葉を理解する。
ヒスイが失敗すれば・・・異変を察した大物達が一斉に動く。
じき、コハクも姿を見せることだろう。確かに意義がある。
トパーズもオニキスもスーツ姿で。
恐らく、一睡もしないまま、駆け付けたのだ。
これはもう、愛の力、としかいいようがない。
「引き上げるぞ」と、オニキスが先陣を切った。
砂漠に沈んだイフリートを引き上げるのは、並大抵の事ではない。
そのうえ。解凍し、謝罪し、“向こう側”へ還さなければならないのだ。
「まったくあいつは何をやっているんだ」
お決まりの文句を言いながらも、オニキスの表情は穏やかだ・・・やはり対応に慣れている。
「あの馬鹿、寝惚けたか」と、マーキュリーの隣に立つトパーズ。
あの馬鹿=ヒスイは、アイボリーに付き添い、ここにはいない。
「そうだと思います」マーキュリーが頷くと。
トパーズは鼻で笑い、一言。
「面倒な女だ」
「そうですね」
マーキュリーもつられてうっかり本音を口にしてしまう。
手が焼ける女、おかしな女、やたらとイラつく女・・・
トパーズは、マーキュリーが常々思っていたことを、次々と言い当て。
そして――
「愛しい女」
――で、言葉を切った。
「そこは共感できません」
マーキュリーが即座に否定をするも。
トパーズは、僅かに口の端を上げ。少し笑っているように見えた。
「最後の忠告だ」と、煙草を咥え。
「オレがあいつを犯ったのは、“自覚がなかった”頃だ」
愛と憎しみの区別すらつかず。力任せに。
「体は喰ってやったが・・・代わりに心を喰われた」
「・・・・・・」
「オレと同じ道を辿りたくなければ、ヒスイを甘く見るな」
銀の兄弟の間で、密かにそんな話が交わされた一方で。
セレが、手招きをする。
「ヒスイ、ちょっといいかね?」
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