「二人で話せないかね」と、コハクを見るセレ。
「・・・その方が良さそうですね」


こうして二人は、トパーズ、アイボリーから距離を取り。
「何をそんなに心配しているのかね」
再びセレが話を切り出す。
「“向こう側”と人間界は確かに良好な関係とは言えないが、ヒスイは、かの天才召喚士メノウの愛娘・・・幻獣達も力を貸すだろう」
「ヒスイを万が一の危険にも晒したくない」
ぴしゃりと、コハクが言い返す。それからこう続けた。
「ベヒモスもリヴァイアサンも、僕からすれば格下の相手です。厄介なのは、ベヒモスが貴方であること。そして、そのベヒモスがリヴァイアサンを欲している ―なぜなら、ベヒモスとリヴァイアサンは対になる悪魔だから」
戦い方よりも、扱い方が問題なのだ。
「それをわざわざ“向こう側”で片付けさせようとするなんて」



「何を迷っているんですか?」



「迷うさ。私は、人間だからね」
「・・・・・・」
黙って、息をつくコハク。しばらくして。
「貴方が“何を考えているか”に、いちいち付き合う気はありません。僕はヒスイのところへ行く。こちら側の戦力も充分足りているでしょう」
「仕方がない。では、言い方を変えようか」と、セレ。
「喰った者に喰われる〜というのは、よくある話ではないかね」
「・・・・・・」
「私が私であることを放棄した時、後腐れなく始末できるのは、君しかいないと思うのだよ」
「随分な言い草ですね」
セレの謂わんとしていることを察してか、コハクが皮肉笑いを浮かべる。
「それはつまり、脅迫ですか?」
「息子達に手を汚させるのは、君も本意ではないだろう?」
「・・・・・・」




「何、話してんのかなー」
大人達の会話を盗み聞きしようと、アイボリーは抜き足差し足・・・しかしそこで。
「おとなしくしてろ」
トパーズに襟首を掴まれ、引き戻される。
「なー・・・」
そのままの体勢でトパーズを見上げるアイボリー。
「ヒスイって、リヴァイアサンを倒せるくらい強ぇの?」
「リヴァイアサンクラスの悪魔と渡り合う実力はある」
トパーズは弟の質問にそう答えた。
「・・・が、ヒスイは想像を上回るバカだ。何をやらかすか、わかったもんじゃない」
「あー・・・なんか、そんな気ぃするわ」
結局、放ってはおけないのだ。
けれども。コハクはセレと対峙したまま・・・動く気配がない。
「あいつが行かないなら、オレが行く」
すると、アイボリーが。
「仕事、休めんの?」
「・・・両立させるまでだ。オレを誰だと思ってる」
できないことなどない――そう豪語するトパーズだったが。
「ヒスイのこと、独占できないじゃんか」
アイボリーにツッコミを入れられ。
「一言余計だ」と、額に神チョップ。

と、そこで。

オニキスが現れた。
「ヒスイから、連絡があった」
引き上げ作業の最中だが、内容を報告すべく足を運んだのだ。
眷属であるが故の、オニキスの特殊能力。
ヒスイの心の声を聴くことができる。
ただしそれは、自分に向けられた場合のみ、だが。
そもそも、ヒスイから連絡〜というのが、非常に珍しいことで。
トパーズとアイボリーが姿勢を正す。
オニキスは咳払いのあと、ヒスイの伝言を告げた。



「下着を届けて欲しい・・・そうだ」



「・・・・・・」トパーズ。
「・・・・・・」アイボリー。
言ったオニキスも「・・・・・・」。
(次から次へと・・・何をやっているんだ・・・あいつは・・・)





・・・本の中の監獄。

こちらは深夜だ。
人間界とは、たいぶ時間の流れが異なっている。
ひとつしかないベッドに、ヒスイとマーキュリーの姿。
互いに背中を向け合い、横になっていた。
くしゅん!薄暗い空間にヒスイのくしゃみが響く。


(お尻が寒い!!)←ヒスイ、心の叫び。


体が落ち着いたあと、慌てて毛糸のパンツとショーツを手洗いしたが、まだ乾かない・・・従って、ヒスイはノーパンだ。
お尻丸出しに慣れているとはいえ、石造りの室内の空気は冷たく。
暖を求め、ついつい、マーキュリーの方へ体を寄せてしまう。
「・・・・・・」
マーキュリーは無言で避けまくっていたが、ついに。
「あまりくっつかないで貰えますか」
笑顔で辛辣な言葉を吐いた。
「だって、寒いんだも・・・くしゅんッ!」
くしゃみをして、鼻を啜るヒスイ。
くしゅんッ!くしゅんッ!くしゅんッ!症状は悪化する一方で。
「・・・・・・」
体温を提供せざるを得ない。
(なんだろう・・・尋常じゃないストレスを感じる・・・)
近付くことで、より濃厚になった甘い香りに、マーキュリーもまた、悶々としていた。


とはいえ。こうしてヒスイと過ごす機会は滅多になく。
一対一で話をするには最適の環境であることに、マーキュリーは気付いていた。
「お母さん」
「なぁに?」
「・・・飼っていた悪魔を解放すると、どうなるんですか?」
「それって、セレのこと?くしゅんッ!」
「はい、少し気になることがあって」
「ん〜・・・すぐ次の悪魔を食べないと、死んじゃうんじゃないかな・・・くしゅんッ!!」
くしゃみにまみれたヒスイの回答。
対するマーキュリーは考え深げに。
「・・・そうですか」






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