「あ・・・・ぁ・・・」
意識が白く飛んでゆく直前に。
チクリと痛んだのは、マーキュリーの噛み跡。
全身が赤く上気しているために、目立たなくなっていたが、確かにそこにあって。
快感の中に鋭く割り込んできた。
(まーくん・・・おいかけなきゃ・・・ぱんつ・・・)
そうは思っても、瞼が落ちてくる。強制シャットダウンだ。
天井を仰ぎ、伸びきっていた体も、コハクAの腕の中へと崩れ落ちてゆく・・・
分身のコハクBは消えていた。
「・・・・・・」
ヒスイの首筋に注がれるコハクの視線。
そこにある噛み跡には当然気付いていた。
(まーくん、ストレス溜まってるみたいだなぁ・・・)
コハクの口から軽い溜息が漏れる。
(あーくんみたいに真っ向から勝負を挑んでくれる方が、僕としては有難いんだけど)
・・・と、その時。
「しょうがないじゃん、お前に似たんだろ」
「・・・クーマンさん、心の声、読まないで貰えます?」
「外ヅラいいけど、厄介なとこあるよ。ま、お前ほどじゃないけど」
「ああ、なるほど」いきなりコハクが笑い出す。
「おいおい、何笑ってんだよ」
「自分と似ている部分を見つけると、嬉しいものですね。たとえそれが、短所だったとしても・・・」
「やっぱり親子だなぁ、って思います」
その頃、マーキュリーは・・・
だいぶ歩いた気もするが、合流には至らず。
(リヴァイアサンが近付いてきてる、っていう話だけど・・・)
その気配も今はまだ感じられなかった。
「・・・・・・」
振り返れば、幻獣会が見える。
ヒスイはきっともう、コハクの腕の中にいるだろう。
考えるのも嫌だった。視線を逸らすようにして、マーキュリーが前を向く・・・と、そこには。
「トパーズ兄さん・・・」
魔界の荒野に長男トパーズが立っていた。
「噛み付いてやったか?」と、トパーズ。
「どうしてそれを・・・」
「噛むと美味い。あいつは」
「・・・そうですね」(トパーズ兄さん・・・)
同じ銀の髪。際立って美しいのはやっぱり夜だ。
歳の離れた兄弟ということもあり、尊敬と畏怖の念を抱く存在だった・・・が、今はなぜか身近に感じる。
取り繕う必要もないように思えた。
マーキュリーは一言。
「泣かせたくなります」と、微笑み。
「もう一生、あのひとしか愛せないと思うと、滅茶苦茶にしたくなります」
「・・・・・・」
トパーズは、黙って煙草に火を付けた。
二人の間に、静かな煙が流れる・・・しばらくして、マーキュリーが口を開いた。
「・・・僕はずっとあのひとのことを“お母さん”と呼んできました」
“もう、お母さんとは呼べない”
「と、言ってやったら、どんな顔をするか、見てみたいと思いませんか?」
「・・・・・・」
「それだけじゃない。犯して、傷つけて――」
“こうなるのが嫌だったら、産まなければ良かったんだ”
「そう、言ってやったら?最低最悪でしょう?」
「・・・・・・」
「色々考えてたんですよ。でも・・・」
「それが、できなかった」
「・・・・・・」
「憎めないんです」
そう口にして、笑顔を歪めるマーキュリー。
「ずっと一緒に暮らしてきたんだ。あのひとのダメっぷりに、とばっちりを食らってばかりでも。あのひとの傍で、たくさん笑った」
始めから・・・愛しかない。
憎みたくても、憎む理由が見つからないのだ。
「だから僕は、トパーズ兄さんとは違う」
トパーズの生い立ちを知っている口ぶりだった。
冷たい空気の中、マーキュリーの澄んだ声が響く。
一方、トパーズは鼻で笑い。
「それはそれで面倒だな」
「!!何を言って・・・」
「憎しみがあろうがなかろうが、“欲しい”気持ちは変わらない。手に入らない悔しさも」
「それは・・・」
トパーズに指摘された通りだった。
嫉妬心も独占欲も、心の中に深く根付いていて。
それらを完璧にコントロールできるほど大人でもない。
嫌と言うほど自覚はあった。
「・・・・・・」
唇を噛むマーキュリーに、近付いてくるトパーズ。
そして、すれ違いざま。
「手を出せ」
あるものを、マーキュリーの手のひらに落とした。
「!!トパーズ兄さん・・・これは・・・」
「この一件が片付くまでに、どうするか決めておけ」
「・・・はい」
そう返事をしたあと、マーキュリーはトパーズを呼び止めた。
「待ってください。リヴァイアサンのことで・・・」
「オレには関係ない」
トパーズは耳を貸そうとしなかったが、それを承知でマーキュリーは尋ねた。
「他に、総帥を楽にする方法はないんですか?」
「・・・ないこともないが」
「それは、あいつらが決めることだ」
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