「どういうことだよ、これ」と、アイボリー。
レムリアンシード=タラスクスの首に跨り、今は、雲の上を飛んでいる。
魔界の遙か上空へ逃げてきたのだ。
「見ての通り、僕らはリヴァイアサンに追われている」
レムは相変わらずのインテリ口調で答えたが、羽根に火傷を負っていた。
箒星が如く流れてくるリヴァイアサンの炎に嬲られたのだ。
これだけの傷で済んだのは、タラスクスが高い防御力を誇る竜だからである。
「・・・“嫉妬”が好物って聞いたんだけど、俺」
「その通り」と、レム。
上質な“嫉妬”により、リヴァイアサンが予想以上に近くまで来ていた。
「だからこそ、僕らが見つかってしまった訳だよ」
「ベヒモスの奪還から手を引く――なんて、お前が言うから、怒らせたんだろ。親子なんだから、もうちょい話し合うとか・・・」
「君の家庭ではそうなのかな?」
「・・・いや、お仕置きされる」
「けど、“暴力”じゃないぜ?」
「・・・君は何か勘違いをしているようだ。僕らは、父子関係に“位置づけ”されているだけであって、創ったのは神。君の思う親子とは全く異なるのだよ」
ついでに言うと〜と、レム。
「リヴァイアサンとベヒモスは、対になる悪魔ではあるけれど、夫婦関係ではないし」
「そうなの???」
「ちなみに、僕の母は別の悪魔だ。それも“位置づけ”されたにすぎないけれどね」
「・・・なんつーか、家庭環境複雑だな」
アイボリーが頭を掻く。
「・・・んで、結局お前どーすんだよ」
「どうもしない。ただ、見届けたいだけさ」
ベヒモスを喰った人間の選択を。
幻獣会。本の中の、夫婦の寝室では。
「ヒスイのこと、お願いできますか、クーマンさん」と、コハク。
片手が不自由にも関わらず、きっちりアフターケアを済ませ、自分も服を着る。
「ゆっくり休ませてあげてください。それから、目覚めたらこれを」
そう言って、クーマンに手渡したのは、ヒスイご所望のパンツだ・・・が。
「あはははは!!なんだよ、これ。布ないじゃん」
メノウそのものの笑い声が響く。
赤と黒の大人な色合い。ごく僅かなレースと紐で構成された・・・つまりは、観賞用のセクシーランジェリーだ。
しかも股割れタイプで、隠すべきところが隠れないようになっている。
「ヒスイに怒られるぞー」
「でしょうねぇ・・・でもまあ、非常用ですから」
コハクはニッコリと笑い。
「穿くしかないよね?ヒスイ」
眠るヒスイに語りかけ、ちゅっ。キスをした。そして。
(楽しみだなぁ・・・)と、密かにデレる。
「・・・さて、と、次はこっちですかね」
鎖で繋がれた左手の先へ目を遣るコハク。
「動けますか?」「なんとかね」
一転して生気をなくした様子のセレに肩を貸し、本の外へ――
「・・・・・・」(わざと、としか思えないんだけど)
コハクは横目でセレの状態を見ながら。
「・・・ベヒモスに喰わせすぎじゃないですか?」と、言った。
「私は独り身だからね、生きるも死ぬも気楽なものだ」
「教会はどうするんですか、本気でまーくんを後継者にするつもりじゃないでしょう」
「悪くはないと思うのだがね」
セレはだいぶ衰弱していて、話すのも辛そうにしていたが、それでも笑顔を浮かべ。
「しばらくはトパーズを後見人にするというのはどうかね」
「本命はトパーズですか、ひどい人だ」
言葉とは裏腹に、コハクが笑う。一方、セレはこう話した。
「彼は常に人間社会に身を置いているだろう。人間が、どんな生き物かよくわかっている。君も大した観察眼だが・・・」
「なにせ、偏愛主義だ」
「人の上に立つ才はあるのに、残念だよ」
「賢明な判断だと思いますよ」
コハクは睫毛を伏せ、静かに微笑んだ。
それから、「お喋りはここまでにしましょうか」と。
例の本の1ページを、黒く塗り潰し、セレの方へ向けた。
「侵食が進んでる」
「――調教の時間だ」
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