「そう急かすなって。余裕なくなったの、お前のせいじゃん」
メノウが言うと。コハクは“あくまで事故”であることを誇張した。
「・・・な、あれでさ、セレのヤツ、喰うと思う?」
命のタイムリミットが近づいているリヴァイアサンを見ながら、メノウが指差す。
「思いませんねぇ」と、コハクが答えた。
「ベヒモスに喰わせていた意識から、彼の本心を引き摺り出してみたんですよ」
調教中の話だ。
「ふ〜ん。で、どうだった?」
メノウの、その質問は軽くスルーし。
「ところでメノウ様はご存知ですよね?ベヒモスとリヴァイアサンは――」
同じ条件下で封印してしまえば、“対”となる。
「彼が二重喰いする必要もない訳です」
セレのように。悪魔を…リヴァイアサンを喰える人間がいれば。
対でなかったが故の苦しみから解放される。
ベヒモスを所有するセレの異常空腹などがそれであり、対の存在を得ることで、調教の必要もなくなるのだ。
「メノウ様」「ん〜?」
「わざわざそんな格好で身を隠していたくらいですから、化かされるのは癪でしょうけど――」
「いってらっしゃい」
『私がうーんと長生きして、思い知らせてあげるわ!セレは普通の人間なんだってこと!』
ヒスイは、オニキスと手を繋いだまま、セレと向き合っていた。
視線をオニキスへと流し、セレが口を開く・・・
「長い刻を恐れることなく生きられるのは、ヒスイのおかげかね?」
「ああ」
オニキスは即答し。
「世界に愛する者がいる限り、生きることに迷いはしない。眷属でも――人間でもだ」
「私も早く見つけなければね」そう言って、苦々しく笑うセレに。
「だから、いるじゃない!!」勘違いをしたままのヒスイが吠える。
「お母さん!!リヴァイアサンが!!」
割り込むマーキュリーの声。その間にも、リヴァイアサンの灰化は進行し。
魔界の風に消えてゆく。鞭での仮縫いが解け、首と胴体がバラバラになりかけた、その時。
「・・・ったく、ヒスイもオニキスもいいこと言うじゃん」
頭を掻きながら、メノウが姿を現した。
「!?お父さん!?」
どうしてここにいるの!?と謂わんばかりに、ヒスイは目を丸くしている。
「よっ!」
メノウは、お馴染みの挨拶をセレに。それから言った。
「ま、“人間同士”助け合わなきゃな」
「恩に着るよ」
セレのその言葉を合図に、メノウが動く。
リヴァイアサンを見据え、ニヤリと笑った後、虚空を掴む仕草。
そして、もぐもぐ・・・口へと運ぶ。
同時に、眩い光が弱ったリヴァイアサンの肉体を包み。次の瞬間。
跡形もなく、その姿は消えていた。まるで手品だ。
「俺天才だから、悪魔喰うぐらい、楽勝だし」
セレの代わりに喰ってやった、と、メノウ。
何年寿命が延びたかは、定かではないが。
「え?え?何がどうなってるの???」
混乱しているヒスイの隣にコハクが舞い降り、囁く。
「もうしばらく、一緒にいられるってことだよ、メノウ様と」
「!!ホント!?」「うん」
「お父さんっ・・・!!」
ヒスイは嬉しそうにメノウの元へと駆けていった。
一方で。
「一体これは・・・」
マーキュリーもまた、驚きを隠せない。
ある意味一番翻弄された人物なのだ。
「総帥は何を考えて・・・」
するとコハクが。
「本当に死ぬつもりだった訳じゃない。けど、何が何でも生きようとしていた訳でもない・・・ってところかな」と、説明。
相槌を打ったセレがこう続けた。
「人生に選択はつきものだ」
長い刻を生きる中で。それに疲れて。
“選択”を誰かに託したくなった。
「特定の誰かひとりではないよ。自分を取り巻くあらゆるものに、身を委ねてみるのも一興かと思ってね」
「こういう大人になっちゃだめだよ」
そうコハクが耳打ちすると。セレはすかさず。
「君も経験があるだろう?コハク」
「僕の場合は、ただ単に考えるのが面倒だっただけですけどね」
それもヒスイに出会うまでの話、と、しっかり付け加える。
「・・・・・・」
(成り行き任せ・・・そういうことだったのか・・・)
マーキュリーが疲労の溜息を漏らす中。
「とはいえ結果的に、最善の結末となった訳だ」
レムの声と笑いが響く。
「おい!待てよ!レム!」アイボリーが呼び止めるも。
「“選択をしないという選択”には、お手上げさ」と言い残し、闇へと溶けていった――
指名手配犯だが・・・
「追わなくていいよ」と、コハク。
「彼も被害者みたいなものだし。元々、無茶をするタイプの悪魔じゃない。あーくんの友達のようだしね」
また会う機会もあるだろう、と締め括る。
「まーくん、すまなかったね」
「いえ・・・」
拍子抜けといえば、拍子抜け。諸悪の根源は・・・セレ本人だったのだ。
ただ・・・
「・・・母が喜んでいるようなので。僕は構いません」
見ればヒスイはメノウに抱き付いて笑っている。
コハクも笑顔で見守り・・・そのままセレに言った。
「対になるのは、ベヒモスとリヴァイアサンだけじゃない」
「貴方が人間であり続ける限り、メノウ様も人間で――」
「逆もまた然り・・・かね?」
「そういうことです」
「・・・メノウには感謝しなくてはね」
「くすっ。それがいいと思いますよ」
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