獣道を逆戻りして、石像の組み立てに向かう双子。
「なぁなぁ、俺ってそんなに早口?」
アイボリーはヒスイに言われたことを気にしているようで、いまいち集中できていない様子だ。
「まーの方が頼りにされてんの」と。すぐ拗ねる・・・癖。
一方、マーキュリーは子供ながらに何かを押し殺した声で。


「グダグダ言ってないで、さっさとやって。いつもの遊びじゃないんだよ」


角が無く、口を開いているのが、阿形と呼ばれる狛犬。
角を持ち、口を閉じているのが、吽形と呼ばれる狛犬。
まずはパーツの分別からだ。
いつになくまじめに取り掛かるマーキュリーに対し。
「そんなに褒められたいのかよ」
アイボリーが口を尖らせる・・・その仕草は母ヒスイに似ている。
「褒められるより、怒られる方がいいなら、マゾだよ、あーくんは」
切羽詰まった事態だからか、今日のマーキュリーは結構な辛口だ。
「ちげーよっ!!」
小さな牙を剥いて反論してから。
「そんなんじゃねぇもん!!」
アイボリーはまた口を尖らせ。
「まーって・・・時々怖い・・・」
呟くような声で言った。





こちら、モルダバイト城。

ジンの元へ、銀の獣※コクヨウに跨ったヒスイが現れた。
「ヒスイさん!!どうもご無沙汰して・・・」
婿養子のジンは、義母のヒスイにやたらと気を遣ってしまう。
ヒスイのブルマ姿に疑問を抱くが、恐れ多くて訊くに訊けない。
そんなことはお構いなしで、ヒスイはジンに手を伸ばし、言った。
「来て!シトリンが大変なの!!」


「祟り舐めんなよ!!クソッタレ!!」


大地を疾駆しながら、怒り心頭のコクヨウ。
他者を背中に乗せて走るなど、いつもなら絶対に応じないが、今回ばかりは仕方ない。
緊急事態ということで、首輪を外され、本来の姿に戻っているので、1人や2人はゆうに運べる。
「これ、お兄ちゃんから」と、ジンに手紙を渡すヒスイ。
慌ててジンが目を通す・・・


“君達がこの手紙を読んでいる頃には、もう――”


まるで遺書のような書き出しだ。
「お兄ちゃんが、シトリンとアクア相手にひとりで戦ってるの!」
「あの極悪天使がやられるワケねーだろが!」
ペッ!走りながらコクヨウが唾を吐く。当然のことながら、天敵コハクの心配はしていない。
「危ねぇのは、憑依された女どもの方だろ!」
「あ〜・・・えっと・・・」(今は“男ども”なんだけど・・・)
言葉を濁すヒスイ。どうやらそのことは文面に書かれていないらしい。





そして・・・こちら、ボロ寺では。

「コハク!できたぜ!」
7割、それ以上の素晴らしい出来だ。
接着はすべてマーキュリーが行ったが、アイボリーの貢献度もかなりのものだった。
その声を合図に、コハクが除霊に取り掛かる・・・と、いっても最高位の天使であるため、他のエクソシストと違い、神の名を借りる術式などは必要としない。
「ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」
コハクは、ロザリオを巻きつけた木の枝で、シトリン、アクアの背中を順番に叩いた。それだけで。
悪霊は2人の体から離れ。あとはそれを狛犬の体に戻せば良いだけだが・・・


そこに、ヒスイ、コクヨウ、ジンが登場したことで、コハクの予定が狂い出した。


ヒスイに持たせた手紙にはこう綴っていたのだ。
“君達がこの手紙を読んでいる頃には、もう――徐霊は済んでいると思う”
実際そのつもりでいたのだが、コクヨウがコハクの予想を上回る早さで駆け付けたのだ。
そこからは、職業柄の条件反射・・・コクヨウは牧羊犬さながらの動きで悪霊を依り代まで追い込み。
「任せて!!」頼まれてもいないのに、ヒスイが封印の札を構える。ところが。
コクヨウの背中が揺れ、狙いが外れて。
ヒスイの投げた札の1枚がマーキュリーの額に命中。
「あっ!まーくん、ごめんっ!!」
「ぎゃははは!!キョンシーみてぇ!!ヒスイ最高!!」
アイボリーがバカウケする。
「・・・お母さん、しっかりしてください」
マーキュリーは額の札を剥がし、ヒスイに代わって狛犬に張り付けた。すぐにヒスイが呪文を唱え始める・・・が。詠唱途中で、思いっきり噛んだ。
「テメ・・・噛んでんじゃぇぞ!!コラァ!!!」
今度はコクヨウが怒りだす。しかし、途切れた呪文の続きはコハクが引き継いでいた。
(ヒスイは大体いつもこのへんで噛むからなぁ・・・)
ヒスイの失敗は日常茶飯事なので、対応にも慣れているのだ。
ちょっとくらい予定が狂ったところでどうということはない。
(ああ・・・可愛い・・・)
デレデレしながら・・・徐霊完了、だ。


悪霊が抜け、倒れ込むシトリンとアクアの体を受け止めたのは、ジンが咄嗟に草で編んだ網だった。


「あの・・・ふたりともずいぶん男性的に見えるんですけど・・・」
物は言いようで。ジンはやんわりと遠回しにそう口にした。
男性的・・・というか、完全に男だ。内心かなり動揺している。
「祟りでちょっとね」と、コハク。
「明日の朝には元に戻ると思うから。変わらず愛してあげてね?」
ジンの肩に手を置き、にっこり。
「はぁ・・・」
「コクヨウ、君もね」
「うるせぇ!オレに指図すんじゃねぇ!」
荒くれた口調だが・・・クンクンとアクアの匂いを嗅いでいる。
怪我がないか心配しているのだ。これには一同笑ってしまった。

次にコハクは。

「あーくんもまーくんも御苦労様」と、同時に双子の頭を撫でた。
すると、アイボリーはヘヘッ!と機嫌良く笑って。コハクに抱きついた。
「ん?ずいぶん嬉しそうだね」
「人の役に立って、嫌な気分になることはあまりないです、お父さん」
マーキュリーもまた笑顔で言った。
「・・・なるほど、そういうことね」
(役に立って、嫌な気分になることはない、か)
「お父さん???」
「ありがとう、ひとつ勉強になったよ」
マーキュリーのふわふわの銀髪をくしゃくしゃにして、コハクも笑う。
「あ!まーだけずるい!!俺もくしゃくしゃして!!」と、アイボリー。そこに。
「あ!ずるいっ!私もくしゃくしゃして!!」
子供達に負けじとヒスイも乱入してくる、が。
途端に、アイボリーの悪戯心に火が付いて。
「ヒスイの頭は俺がやってやる!!」
両手をわしゃわしゃと動かし、ヒスイに迫る。
「やだっ!!お兄ちゃんがいいっ!!」
ヒスイは一目散に逃げ出した。





その頃には・・・

シトリンもアクアも意識を取り戻していた。さすがにタフな血統だ。
「いやぁ、すまんな」シトリンからジンへ。
「ごめんねぇ〜」アクアからコクヨウへ。
そうは言うが、2人ともさほど男性化を気に病んでいない。
兄弟のまま肩を組み、今夜は男同士で飲み明かそう!という話になっている。

こうして、一段落したところで。

「あ、私温泉入る!」と、ヒスイ。
当然コハクも、子供達も一緒だ。
「あ、そだ、パパぁ〜」
コハクを呼び止め、アクアが手招きする。
「ん?」
「あのね〜・・・」
コハクの耳元で、こそこそと内緒話。
「・・・なるほど、そういうことね」
コハクはさっきと同じセリフで、笑いを堪えながら聞いていた。
「じゃ〜ね〜!いってらっしゃぁ〜い!」と。
手を振り見送るアクアの後ろから、シトリンが顔を出し。
「あ!おい!待て!あそこにはエロうなぎが・・・」
被害者としての立場から、注意喚起しようとするが。
「大丈夫〜、大丈夫〜」
わざわざ伝える必要はない、というアクア。
「しかしだな、母上にもしものことがあったら・・・」


「大丈夫だよぉ、ママの穴は、パパがすぐに塞いじゃうから〜」


それを聞いたシトリンは・・・納得、だ。
「ふ・・・それもそうだな」



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