アイボリーの報告を受け、2人の様子を見に行くと・・・
男性化したシトリンとアクアが、裸で、どつきあっていた。
「母上と我等で3Pなどとは不届千万!!」
「冗談に決まってるじゃ〜ん」
「いや!あの顔は本気だった!む!?何を笑っている!!」
「シト姉だって〜、一瞬心揺れたくせにぃ〜」
「な、なにを言うか!!私は断じてそんなことは考えておらん!!」
隠すべきところも隠さず、互いにメンチ切り。
アイボリーが「ほらほら!チ○コ生えてる!」と、両者の股間を指差した。
シトリンは若かりし日のコハクそのもので。圧巻の美しさを誇っている。
もともとスタイルが良いだけに、引き締まった体つきだ。女なら、きっと誰もが見とれてしまう。
一方、アクアは、流れる銀髪に濃厚な色気が宿り。危険な男の香りを漂わせている。
異性を緊張させる、冴えた魅力だ。
「はいはい、そこまでね」
立派な息子になってしまった娘の間に割って入るコハク。
「とにかくこれ腰に巻いて」と、厚手のタオルを2人に渡した。
「男のソレは所構わず晒していいものじゃないからね」と。
ここは、苦笑いするしかない。
そもそも・・・なぜこうなったのかと言えば。
「祟りだね」と、コハク。
「あ〜・・・」「あれか」
アクアとシトリンが顔を見合わせる。心当たりは、当然ある。
「だから言ったのに〜・・・」
ヒスイが口を尖らせると。
「母上の言った通りだった、すまんな」
シトリンが頭を撫で。
「ママぁ〜、拗ねた顔も可愛い〜」
アクアが頬をつつく。
美男子2人がヒスイをチヤホヤ・・・ホストクラブのような雰囲気になってきた。
「・・・・・・」(なんだかなぁ・・・)コハク、心の声。
ヒスイの周りは本当に男だらけで。コハク的には複雑である。が。
そんなムードを打ち破ったのは、ヒスイだった。
「ふたりとも手貸して」
シトリン、アクア、それぞれの右の手のひらにペンで紋章を描いてゆく・・・
「何だ?これは」「なぁに?これぇ」
姉妹・・・今は兄弟だが、揃って首を傾げる。
「ふたりとも武器と召喚契約してるでしょ?それを一時的に凍結させるの」
シトリンは大鎌、アクアはトンファー。確かに、必要に応じて、即、手にすることができる。
「武器を差し押さえて、攻撃力を抑えなきゃ・・・」
「?」「?」
ヒスイの話についていけないという風の2人。そこでコハクが。
「自覚はないだろうけど、君達、取り憑かれてるから」
どこからか用立てた麻縄に聖水を降りかけ、話を続けた。
「じき精神を乗っ取られて、敵味方なく暴れ出す。その前にちょっと縛らせてね。まあ、これは時間稼ぎにしかならないだろうけど」
コハクもヒスイも悪魔祓いを生業としているだけあって、手際がいい。
「たぶん元は狛犬だと思う」
そうコハクに話すヒスイ。
狛犬は神社や寺の守り神として人間に祀られている霊獣だ。
時と共に薄れてゆく信仰に不満を募らせ・・・
依り代としていた石像が崩れたことで、陽と陰のバランスが不安定になっていた。
長い間放置されたうえに、それを足蹴にされたことで、陰に転じ、悪霊として解放されてしまったのだ。
すぐに「ごめんなさい」をしたヒスイだけが、辛うじて霊災から免れた。
ヒスイは、シトリンとアクアに向け言った。
「これからお兄ちゃんと除霊するから」
実体を持たない悪霊・・・何かに憑依させて封じるのが、教会推奨の対処法だ。
調伏し、新人の守護霊にするため回収するのである。
その場合、もともと器であったものが望ましいが、知っての通り狛犬の石像はバラバラになっている。
以下、コハクの采配。
(シトリンとアクアは僕がまとめて相手するとして・・・)
激戦が予測されるため、ヒスイはなるべくこの場から遠ざけたい。その手立てはもう考えてある。
(あとは、崩れた狛犬の石像を、誰が修復するか・・・)
答えはひとつだ。
「・・・あーくん、まーくん、ちょっと手伝ってくれる?」
「うんっ!」「はいっ!」
わくわくした顔でコハクを見上げる双子。悪戯根性があるので、この事態をむしろ面白がっている。
コハクは備え付けの書道具を持ち出し、水墨画で狛犬の姿を描いてみせた。
「狛犬は2体、左右で対になってる。片方には角があって、もう片方には角がない。どうかな?この絵でわかる?」
こくり、双子が頷いた。
「完全に元の形に戻すのは難しいかもしれないけど・・・復元率70%を超えれば、封印は可能だから・・・できるかな?」
「任せろ!俺、プラモ組み立てんの得意!!」
アイボリーが胸を叩き。隣でマーキュリーも相槌を打った。彼もまた、パズルが得意だったりする。
「あ、これ、接着の呪文」と、今度はヒスイが双子にメモを渡した。
「術者はまーくんの方が向いてると思う。あーくんはちょっと早口だから途中で噛みそう」
さらっとそう言い放ち、続けてコハクに指示を仰ぐ。
「お兄ちゃん、私は?」
「これをお願いできるかな」
コハクは一通の手紙をヒスイに託した。
口下手なヒスイが説明に困らないよう、おおよその経緯をしたためたものだ。
「コクヨウとジンくんに見せて、ここに連れてきて貰えるかな?」
「ん!わかったっ!!」
拘束はファミリー会議の間しか保たなかった。
ヒスイをモルダバイト中枢に向かわせた後すぐ、麻縄が切られ。
シトリンとアクアは見事に乗っ取られていた。
イケメンには違いないが、禍々しいオーラを纏っている。
「それじゃあ、僕がしばらくお相手するよ」
くいくい指を曲げ、コハクが挑発し。次の瞬間、争いが起こった。
突進してくるシトリンとアクアを、コハクが掌打で吹き飛ばす。
(拳で殴る訳にはいかないしなぁ・・・)
逞しい男の姿をしていても、娘は娘だ。父親としては、かなりあしらいにくい。
「よっ、と」
シトリンの踵落としを右手で止めると、ほぼ同時に体を反転させ、アクアの蹴りを蹴りで止める。
息をつく間もないとはまさにこのことだ。
W回し蹴り、上段下段、キックの嵐。
避けて、弾いて、凌ぎながら、それぞれの足首を掴んで放り投げるコハク。しかし。
シトリンもアクアも柔軟な動きで、すぐに体勢を立て直し反撃してくるのだ。
「さすがにやるなぁ、っと・・・」
シトリンの、千手観音を彷彿とさせる手数の多さ・・・男性化しているだけあってパワーも増し、受け止めた手のひらにビリビリとした衝撃が走る。が、片方にばかり気を取られてはいられない。
コハクはポケットから小瓶を出し、迫りくるアクアに投げつけた。
瓶の蓋が外れ、中の液体が散った瞬間。
「グォォォォオ!!!」
獣の声で吠え、アクアが蹲る。
瓶の中には、コハクの血が入っていた。
ヒスイ専用の媚薬として持ち歩いているものだが、本来、熾天使の血には絶大な退魔効果がある。
一見凄惨な光景だが、苦しんでいるのは内なる悪霊で、アクアの体は血で汚れただけだ。
「やるじゃねーか、コハク」
瓦礫の山に向かう途中、足を止めて魅入るアイボリー。
子供の目では追い切れないスピード戦だが、攻防の凄さは伝わってくる。
「当たり前だよ。お父さんは特級のエクソシストなんだよ」
マーキュリーは、アイボリーのTシャツの襟を掴んで引っ張った。
「いくよ、あーくん」
「たまには僕達も褒められることしようよ」
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