「お待たせ」と、コハクが客間に現れた。
エクソシストの制服に着替え、無論、ヒスイも一緒だ。
ただしこちらは、コハクが抱き上げている。意識がないのだ。
ヒスイはコハクの肩に頭を乗せ、ぴくりとも動かない。
「ヒスイさん!?どうかしたんですか!?」
ジンが席を立つ。
「疲れて眠っているだけだから、心配ないよ」
コハクはにこやかにそう言って、ヒスイを抱えたまま着席した。
するとヒスイは、むにゃむにゃ口を動かし。
改めてコハクに抱き付くと、ふたたび眠ってしまった。
「よしよし」と、コハクが背中を撫でる。
・・・ラブラブ感が凄い。
チラリ、ジンがトパーズを見ると、明らかに機嫌が悪そうだった。
いつもなら気後れする場面だが、大事なパートナー、シトリンを消失中なのだ。
ジンとて余裕を持ってはいられない。
「コハクさん、それで――」
当初の目的どおり、事の顛末をコハクに話し、まずは危険性の度合いを探る。
ヒスイが爆睡中の今、コクヨウも聞き耳を立てている。
「まあ、あの二人の戦闘力は相当なものだからね。自分の身を守ることはできる。相手がよっぽど特殊なタイプでない限りはね」
そう大きな被害は出ない筈だと話し、コハクはこう続けた。
「でも、帰る手段がない」
シトリンもアクアも魔力を持っていない訳ではないが、魔法はほぼ使えない。
母ヒスイと違い、魔導士タイプではないのだ。
「また同じような事が起こっても困るし、二人を迎えに行ったうえで、原因を特定して、しっかり元を断たないとね。焦る気持ちはわかるけど・・・」
冷静な対応を、と、呼びかける。
一方で、苛立ちが隠せないコクヨウは。
「原因?どうせお前に恨みのあるヤツの仕業だろーが」
そう吐き捨てた。
「怨恨・・・ねぇ・・・」
100%ないとは言い切れないが、一級〜特級の悪魔でさえ、コハクを恐れ、手出ししてこないのだ。
「それはない」
トパーズが口を開き、怨恨説を否定。
「窓辺に“アレ”を置ける人物は限られてくる」
赤い屋根の屋敷一帯には、メノウの結界が張られているのだ。
原則的に身内以外は立ち入れない。
「だからって身内を疑うようなことは・・・」
表情を曇らせ、異論を唱えかけたジンだったが・・・そこで思い浮かぶ、娘の顔。
一族の女子が狙われているのだとすれば。
(タンジェは無事なのか!?)
早急に確認しなければ!と、思った矢先。
「う・・・ん・・・」
目覚めかけのヒスイが声を洩らした。
コハクの腕の中、モゾモゾと動き。
「おにいちゃぁ・・・おしっこ・・・」
「ん?よしよし、今連れてってあげるからね〜」
「うん〜・・・」
目を擦るヒスイ。コハクが立ち上がろうとしたところで。
ジンにコクヨウ、そしてトパーズの姿がヒスイの視界に入る。
「!!!!」
猛烈に恥かしいシチュエーション。
一気に眠気が吹き飛び、ヒスイはコハクの膝から飛び降りた。
それから真っ赤な顔で。
「いっ・・・今のはちょっと寝惚けてただけなんだからぁっ!!トイレくらいひとりで行けるしっ!!」
客間から逃げるように走り去る。
(照れちゃって、可愛いなぁ・・・)
笑いを堪えつつ、見送るコハクだったが・・・ここが運命の分かれ道だった。
「はぁ」
(あんなトコ、ジンくん達に見られちゃうなんて・・・)
頬に赤味を残したまま、用を足し、ヒスイがトイレのドアを開けた瞬間。
「!?」
背後から何者かに動きを封じられた。
腕を掴まれ、口を押さえられ。助けを呼ぶことができない。
「んー!!」(なにする・・・のよっ!!)
必死に抵抗を試みるが、相手の力は強く、無理矢理“何か”を握らされた。
その“何か”は、氷ペニスだった。
「!!」(なんでコレがまたここに!?)
羞恥プレイの記憶が蘇り、ヒスイはソレから反射的に手を離した。
結果、床に落ちたソレは割れ・・・キラキラと破片が舞う。
「あ・・・」(もしかして、これって割っちゃ駄目なやつ・・・)
今になってヒスイも気付いたが、手遅れだ。
「おにい・・・ちゃ・・・」
こうして、静かにヒスイの姿も消えた――
「・・・ヒスイ?」「・・・・・・」
コハクとトパーズが同時に眉を顰めた。
ヒスイの気配が感じられない。
「ヒスイ・・・っ!!」
コハクが後を追って廊下に走り出るも、遅かった。
ヒスイもまた、攫われてしまったのだ。
「・・・・・・」(あのバカ・・・)←トパーズ心の声。
呪い回避のために苦労して溶かした、一連の作業がすべて無駄になった。
「あの・・・コハクさん?」
コハク、トパーズに続き、廊下に出たジンが恐る恐る声をかけた。
コハクのムードは一転し、ピリピリしている。
「・・・誰に喧嘩を売ったか、わかってないみたいだね」
剣を手に、近くの窓に向け歩き出す。
「じゃあ、僕、ヒスイを取り返しに行ってくるから」
「コハクさん!?」(冷静な対応は!?)
止める間もなく、飛び立つコハク・・・ジンが一番懸念していたパターンだ。
「自分の女は自分で守れ」と、トパーズ。
「もちろんそのつもりだ!オレだって・・・」と、ジンが言い返す。
とはいえ、乗り込む場所の目処が全く立たないのも事実で。
「だったら、教会へ行け」
それはつまり、総帥セレナイトに協力を仰げ、ということだった。
「・・・クソッ!!」
コクヨウは早々に行動を開始した。
「待ってください、オレも!!」
ジンもコクヨウと共に屋敷を後にした。
屋敷にはトパーズがひとり残った。
当然、考えあってのことだ。
まずトパーズは、空間に直径30cmほどの穴を開け。
そこに手を突っ込むと、ジストを引っ張り出した。
強制召喚に近い、この技は、神の子・・・息子に対してのみ有効だった。
「うわっ・・・!?」
トパーズの元へジストが転がり出る。
「兄ちゃん!?どうしたの!?なんかあった!?」
「ヒスイが攫われた」
「へっ!?ヒスイが攫われた!?」
ずいぶん、唐突かつ端的だが、ジストは慣れていて。
あれこれ詮索しない。従って話が早いのだ。
「そうだ。お前は例の特技でヒスイを追え」
ヒスイと合流したら、真っ先に自分のところへ連絡を寄越すよう言い含め。
「ホラ、さっさと行け」
「わかったっ!」
裏庭に出たジストは、助走をつけ、大きくジャンプ。
「ヒスイんとこ・・・飛べっ!!」
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