セレに送られた地は、“何処か”もわからなければ、“いつの時代”かもわからない。
「夜が明けたら迎えに来るよ」と、告げられただけだった。
はっきりしているのは、“ヴァルプルギスの夜”であること。
そこは小さな田舎町で、ちょうど日が暮れかかっているところだった・・・が。
「・・・祭りの気配がねぇ」
コクヨウが険しい顔で呟いた。
「そうですね」
町の様子がおかしい、と、マーキュリーも口にする。
広場には多くの人が集まっていたが、お祭りという雰囲気ではない。
それぞれが不安を抱えているように見えた。
「チッ!!」先程に続き、コクヨウが舌打ち。
「祭りやんねーのかよ!どうなっても知んねぇぞ!!」
・・・と、人々に向け、荒っぽい口調で言い放った。
「どうなるんですか?」
マーキュリーが冷静に尋ねる。
「・・・・・・」
コクヨウは、霊的なものが、かなり“視える”方なのだ。
その手の任務も多く、正直うんざりしていた。
ヴァルプルギスの夜――などは特に。
「・・・あの世から来た奴等が、連れてっちまうんだよ。この世の奴を」
家族、恋人、友人・・・親しい者を、自分と同じ亡者に。
我を忘れた者は、無差別に憑りついたりもするため、厄介なのだ。
「祭りってのは、本来意味のあるモンなんだ。単なるイベントじゃねぇ」
それを聞いたマーキュリーは、当たり障りなく、近くにいた町人に問いただした。
すると――
領主が、祭りの許可を下さないという。
火を焚くための薪を差し押さえ、祭りが行えないよう手回ししているとか。
「なんだそりゃ!!」
元々怒りっぽいコクヨウは・・・
「頭、イカレてんじゃねのか!?」
大声で町人達に告げた。
「このままじゃ、町に死者の霊が溢れかえるぜ!!」
信心深い領主の元、昨年まではつつがなく執り行われていた祭り。
町人の一人がこう口にする。
領主様は、奥様を亡くしてから、人が変わったようになってしまった、と。
「・・・・・・」(そういうことか)←マーキュリー心の声。
恐らく領主は、あの世からの迎えが来るのを待っている。
だからあえて、霊を祓う祭りを行わないのだ。
「・・・・・・」
(愛するひとを亡くしたら、そういう気持ちになるのもわかるけど)
他人を巻き込んでいい理由にはないらない。
(ってことか。総帥が、わざわざ僕等をここに寄越したのなら・・・)
なんとかしてみせろ――ということだろう。結局、修業は修業なのだ。
「・・・・・・」(何が観光だよ・・・)
マーキュリーは軽く溜息を洩らしたあと、広場で吠え散らかしているコクヨウに領主の説得を頼んだ。
最悪、薪だけでも運び出して欲しい、と。
「お前はどーすんだよ」
「もうすぐ日が暮れます。町の人達を一ヶ所に集めて、霊から守ります」
「だ・・・大丈夫なのかよ」
「大丈夫です。薪が届くまでの間ですから」
「ぐ・・・」
そう言われると、責任重大だ。迷っている時間さえも惜しい。
「領主の館はあそこだな!!待ってろ!!ぜってー無理すんじゃねぇぞ!!」
コクヨウが全力で走り出す。
そして間もなく、日没を迎えた。
辺り一帯が暗くなり、霊魂があちこち漂い始めた。
エクソシストを名乗ったマーキュリーの指示で、町人達は各自燃やせるものを手に、広場に集まっていた。
心許ない炎ではあったが、多少の効果はあるようで、弱い霊は退けられた。
問題は強い霊。町人に襲い掛かろうとする悪霊を、マーキュリーが祓う。
悪魔には肉体があるが、悪霊にはそれがない。
ゆえに、その戦いは特殊で、新人には難しいとされているが・・・
マーキュリーが、屋敷の地下で選んだ武器は、『ウロボロスの鞭』と呼ばれるもので、霊との戦いに順応できるものだった。
ウロボロスは、輪廻転生の象徴ともされる魔物で、尻尾を咥えた蛇のような形状をしている。
伸縮自在なこの鞭は、今まさにその状態にあり。
握り手の部分※下に向け口を開けた蛇の装飾が施されている※そこに尻尾※鞭の先※を差し込み、輪を作っていた。
この輪に霊を通せば、輪廻転生の流れに押し込むことができる。
ただしそこに成仏の有無はない。
この世に未練を残す死者にとっては恐ろしい武器だ。
マーキュリーはそれを師から伝えられており、その力を以って、町人を巡る数多の悪霊を凌いでいたが・・・
「っ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」
連日の悪夢により、蓄積されていた疲労が出始めた。
いくら有能な武器を持っていても、霊との戦いは精神勝負なのだ。
鞭を振るえば、魔力も消費する。
「――!?」
不意に、眩暈を起こし、視界が真っ暗になった。
まずい、と思っても手遅れで。
意識を、魂を、攫われそうになった、その時。
広場の中心に白銀の炎が灯り、煌々と燃え上がった。
それはいわば――聖火。
広場に集まった霊たちが一斉に退いた。
マーキュリーに襲い掛かった霊もいつの間にか消えていた。
町民の歓声が起こるなか、マーキュリーは目を凝らし、炎の中を見つめていた。
そこには・・・どこかで見たことがあるような、儚げで美しい女の姿があった。
ふんわりと柔らかな、銀の髪・・・紅い瞳。
(もしかして・・・)
「おばあ・・・さん?」
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