こうして、コハクが離脱し・・・

「行くぞ」
トパーズが不可視の手錠を引っ張る。
「行くって、どこに?」と、ヒスイ。
観光エリアとは違う方向に引き摺られている気がした。
俺も!俺も!と、アイボリーが続こうとするも。
「お前等はこっちな」
メノウが道を正す。こちらは正規ルート・・・観光エリアへと繋がっている。
「好きなモン、何でも食わしてやるからさ!」
ヒスイと引き離されたアイボリーは、少々不服そうにしていたが。
そこはまだ子供で。
目の前に広がる新世界に、たちまち夢中になっていった。
「じいちゃん!俺、またカップラーメン食いてぇ!」
「・・・・・・」
一方、マーキュリーはというと。
メノウと並んで歩きながら、黙って後ろを振り向き。
(トパーズ兄さんは、どうしてあんなにお母さんに執着するんだろう)
・・・この時はまだ純粋に首を傾げていた。




ヒスイは三階層へと連れられ・・・何故か役所へ。
すれ違う人々は皆トパーズに頭を下げる。
「???」
気にはなったが、ヒスイにとってさほど重要ではなく。
「ねぇ、私も早く観光したいんだけど」と、トパーズに言った。
「もうすぐだ。大人しくしてろ」
到着したのは、役所の最奥、VIPルーム。パンフレットには記載されていない場所だった。
そこには・・・


「わ!何これっ!!」


テーブルに並べられた名品の数々・・・
カップラーメンだけではなく。
「うどんも!?お蕎麦も!?焼きそばも!?」
すごい!すごい!と、ヒスイは大はしゃぎだ。
他にも・・・
フリーズドライの味噌汁や雑炊。
レトルトパウチのカレー。
栄養バランスまで考えられた菓子のようなものまで。
それらは主に、調理時間・食事時間の短縮を目的とした食べ物だった。
「好きなだけ食え」
「うんっ!!」
トパーズの言葉に嬉々として頷き、片っ端から平らげるヒスイ。
「お湯さえあれば、食べられるなんてっ!」
そして・・・ヒスイが最後に手にしたのは、インスタントのおしるこだった。
カップラーメン同様、お湯を入れて待つだけで完成する。
「トパーズはいつも忙しいから、こういうのがあると便利だよね」
食べながら、そう話すヒスイ。
「でも、トパーズがお菓子作りやめちゃったら、ちょっと寂しいかな」
「・・・それとこれとは別だ」
「そうなの?良かった!」
「・・・・・・」
どういう意味で、ヒスイが“寂しい”と言ったのか。
(どうせただの食い意地だろうが・・・)
悪い気はしない。


手作りは、愛情表現のひとつであり。
ヒスイがそれを受け入れているということなのだ。

愛の言葉も、口づけも拒むのに。




「ご馳走様でした!」と、ヒスイ。
用意されていたものは、ひとつ残らず食べた。
「ふぁ・・・もうお腹いっぱい・・・」
いつもなら、ここでうたた寝をするところだが。
ヒスイはソファーに浅く腰掛けたまま、傍らのバックからノートとペンを取り出し、何やらメモをし始めた。
商品名や作り方、味の感想に至るまで、事細かに書き込んでいる。
「うんっ!沢山買って帰ろ!」
ノートを閉じ、立ち上がるヒスイ。
「じゃあ、私、そろそろ行くね!」
“行く”とは、言わずもがな、コハクのところへ、だ。
「逃がすか」と、トパーズ。
傍目には見えない手錠の鎖を掴み、思い切り引き寄せる。
「!?ちょっ・・・」
ヒスイはソファーに連れ戻され。そのままトパーズに乗り掛かられた。

唇が、唇に狙われる――

「!!」
ヒスイは慌てて両手で唇を隠した。
油断しきっていたため、いつものようにキスを咎めるタイミングを逃してしまった。
「っ・・・」
唇の上で重ねた手。トパーズはそこに何度もキスをして。
「・・・手、どかせ。邪魔だ」
NO!の意思表示で、ぶんぶんと頭を振るヒスイ。
構わずトパーズが熱い唇を押し当てる。


「いつまで待たせる気だ?」


トパーズはそう言ってから、声のトーンを落とし。
「いつまで・・・待てばいい」
「・・・・・・」(そんなこと言われても・・・)
切実な響きに、困惑するヒスイ。
愛おしい相手ではあるが、だからと言って許すことはできない。
「1年か?10年か?それとも・・・アイツが死ぬまでか?」
トパーズの意地悪な問いに頭を振り続けるしかない。
その時だった。


「待っても無駄だから」


という言葉と共に、トパーズの肩に手を置いたのは――コハクだった。
ヒスイからトパーズを引き剥がし、ソファーから抱き上げる。
「ヒスイ、迎えにきたよ」
「お兄ちゃんっ!」
「・・・ん?」と、そこで表情を曇らせるコハク。


(ヒスイの体重が・・・増えてる・・・)







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