オレはストーン警察署内にある訓練所の警察犬コクヨウ。
尻尾の先まで毛並みは最高、犯人を容赦なく追跡する能力は天下一品、受賞回数も数えきれない優秀犬だ。
犬種?……知らねぇよ。
だけど人間の言葉はちゃんと理解してるんだぜ。
賞状やトロフィーもらっても嬉しくねぇし、指図されるのも大嫌いだけどな。
なんで警察犬やってるか?
この訓練所にいたい理由があんだよ。追い出されると困るから、仕方なく捜査も協力してやってんだ。
別に……仕事熱心なわけじゃねぇぞ。
「おはよう。よく眠れた?コクヨウ」
お、待ってたぜ。
今日は気分いいから特別に紹介してやる。
この警察犬訓練所の所長で、オレの担当訓練士でもあるサンゴだ。
美人だろ?
オレが大人しくしてるのはサンゴの為。
膝に乗せた頭を撫でてもらいながら昼寝したり、制服のボタンも吹っ飛びそうな胸に顔をすり寄せたり、訓練所にいる間はオレが独占してスキンシップを満喫してる。
一課のメノウが旦那ってのはムカつくが……。
オレが人間だったら、サンゴは間違いなくオレを選ぶ筈だ。
王子のキスで姫が人間に戻る童話みたいに、サンゴとキスしたらメノウなんぞ足元にも及ばないイケメンに……なんて乙女な妄想に浸ってる場合じゃねぇ。
「サンゴしょちょ〜、犯人逃げちゃった」
また邪魔なのが来やがった。
「あらあら。コクヨウが捕まえるから大丈夫よ」
「ご褒美はアクアのキスだよ〜」
ふざけんな!
下手くそな尾行や張り込みで逃げられるたび、オレに尻拭いさせやがって。
しかも毎日サンゴとのスキンシップタイムを邪魔しやがる。
サンゴと親戚関係にあるとかで顔は似てるが、真顔で結婚を迫ってくるこいつは苦手な奴1位に君臨中だ。
「やぁぁん。こくよ〜のえっち」
離せって言ってんだろ!
抱きつかれて暑苦しいから押し返そうとしてんのに、全力で踏ん張っても前足は巨乳の弾力に押し戻される。
喜ばれて脱力したオレが抵抗をやめた時だった。
「ふふっ。いつも仲良しさんね」
「そうだよ。アクアとこくよ〜は相思相愛なの」
嘘つくんじゃねぇよ。
「訓練士に向いているわ。資格を取ってみない?」
サンゴ!なんて恐ろしいことを。
「受かったらいつも一緒にいられるよね。アクア頑張る」
真に受けるんじゃねぇぇ。
やはりバシッと意思表示しておく必要がある。
オレは腕を振りほどいて尻を向け、蹴り出した芝と土を標的めがけて浴びせてやった。それなのに―――
「大切なものは埋める習性があるのよ」
「そっかぁ。やっぱり相思相愛〜」
サンゴ……どう解釈したらそうなるんだ?
巨乳窒息攻撃、もとい頭に草をつけたトラブルメーカーの抱擁再び。
「いってらっしゃい。気を付けて」
二人で困難を乗り越えて愛を深める。
意味不明な理由で同行を断られたサンゴに見送られ、ポジティブすぎる会話に疲れたオレの足取りは重い。

さっさと片付けてサンゴとの時間を取り戻す。
現場到着後、それが最善の道と悟ったオレはやる気モードに。
ビニールに入れられた証拠品に意識を集中した。
「手掛かりがね〜。はい、犯人の靴」
へぇ、ずいぶん高そうな革靴履いてんじゃねぇか。……うっ!?
その距離およそ60センチ。
それでも目に沁みる強烈な匂いは、鼻を突っ込んで嗅いだらアウトだと警告していた。
当然、危険を感じたオレはつま先部分を咥え、砲丸投げの如くグルグル回って投棄。
「こくよ〜、後で遊んであげるから」
このバカ、拾ってくんな。
「ちゃんと嗅がないとダメだよ。ほらぁ」
お前、オレの嗅覚の鋭さを知った上での仕打ちか。
虐待で訴えてやる!
―――忌まわしい香りを嗅がされ、意識が遠のいたのは言うまでもねぇ。
メラメラと燃え盛る怒りを抱えながら追跡開始。
草むらに隠れていた犯人を簡単に見つけ出したオレは、ザ・トラブラーの手を離れてそいつを追い回してる最中だ。
「助けてくれぇぇ!痛っ!ぎゃぁぁ」
尻に頭突き。吠えまくり、スピードを落として精神的にじわじわ追い詰める。
おらおら、こんぐれぇでびびってんじゃねぇぞ。
地獄を見たオレの怒りを食らえ!
「うぎゃぁぁ」
ズボンの裾を噛んで引き倒し。
そして仕上げは、転んだ犯人の上で勝利のマウンティングポーズだ!
「こくよ〜、アクアの為にそこまで」
んなわけあるかよ。
だけど、追いついてきたこいつのキスを顔中に浴びて、ちょっとだけ思ったわけだ。
ストレス解消法を見つけたから、振り回されても……ってな。
まだ異臭で頭が鈍ってんだ。
首を振り、オレはそう思うことにした。




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