怪盗ファントム・・・人々はそう呼ぶ。
最近城下町でよく耳にする義賊の名である。
貧しい家には決して盗みに入らず、誰一人傷つけることなく事を成し遂げる・・・。
勿論手がかりは一切残さない。それゆえ亡霊・・・ファントムと異名をとった。
コハクとオニキスはそのファントムの後を追っていた。
会場からほんの少し離れたところに鬱蒼と茂る森があった。
そこは樹海の入り口と言われており地元の人間はほとんど近寄らなかった。
オニキスの案内でコハクはその森の中へと足を踏み込んだ。
「・・・早速ですか」
森に入ってまもなくコハクが口を開いた。
「狼・・・ですね。しかも数が多い」
「ああ、囲まれているな」
二人は涼しい顔をして言葉を交わした。
「でも、まぁ、襲ってはこないでしょう」
コハクは暢気な口調で言った。
「なぜ・・・そうと?」
「獣は賢いからですよ」
コハクは剣を軽く肩に担いで笑った。
そのコハクの姿はヒスイと一緒の時とはまるで違って見えた。
「・・・食えない奴め」
オニキスは小さな声で吐き捨てるように言った。
「?何か言いました??」
「いや・・・。何も」
ついてくる狼の気配をよそに二人は奥へ奥へと進んだ。
道中は何に遭遇するわけでもなくかえってそれが不気味なくらいだった。
「これは・・・結界ですね」
コハクは足を止め、空を仰いだ。
「かなり奥まで歩いた気がするんですが、たぶん町からそう離れていないでしょう。なかなかの使い手ですねぇ・・・」
コハクは顎を撫でながら感心したように言った。
「ああ・・・あれですね?ファントムのアジトって」
「!?」
(こいつ・・・今何をした!?こうも簡単に結果を破るとは・・・)
コハクの指差した先には確かに建物があった。ヒスイが拉致されている古城が。
城としては決して大きなほうではなく、煉瓦作りの外壁は所々が崩れ落ちている。
「・・・意外と落ち着いているな。お前のことだから妹恋しさに突っ込んでいくかと思ったが」
オニキスは結界の件で一驚したものの、顔には一切ださなかった。
「勝算があるので」
コハクはオニキスに背中を向けて静かに言った。
「あの時はもう頭に血がのぼっちゃって。ヒスイを攫うなんて絶対に許さないって思いましたけど・・・。少し考えれば分かることです」
コハクは肩をすくめて笑った。
「・・・ファントムは好戦的な組織ではないようですね。これまで誰にも姿を見られたことがないということはかなり個人能力が高い集団で、しかも統率がとれていると考えられますが、追っ手を防ぐことよりも逃げに徹しているあたり・・・人目を避けたい理由でもあるんですかね?オニキス」
「・・・その通りだ」
オニキスはいきなりコハクの背後から剣先を突き付けた。
「・・・何のマネです?」
コハクは後ろを向いたまま悠然と笑った。
「・・・追っ手を始末するのがオレの役目なんでな」
オニキスは冷笑を浮かべ、容赦なくコハクに剣を振り下ろす。
カキーン!!
剣と剣のぶつかり合う音がした。コハクは鞘の付いたままの剣で軽がるとオニキスの剣を止めた。
「・・・お前・・・剣士か・・・?」
オニキスは振り下ろした剣に力を込めて言った。
「さぁ、どうでしょう。自分でも忘れてしまいました」
コハクは意味深にくすっと笑って、剣を押し返した。とても強い力だった。
オニキスはすばやく後ろに飛びのいた。
「そろそろ・・・ヒスイを返してもらいますよ」
「できるものならやってみろ」
オニキスはコハクを更に煽り立てた。
「ええ。そうします」
コハクはゆっくりと剣を鞘から抜き、体を慣らすようにぶんぶんと振り回しながら数回空を切った。
「血はまずいんですけどね。ヒスイが嫌がる。まぁ、あなたが相手なら仕方がないでしょう。」
「ああ、でも・・・ひとつ言っておきます。なにせ剣を抜くのは18年ぶりなので・・・手加減できませんから。どうなっても知りませんよ?」
コハクは軽く剣を構えた。
「大いに結構」
オニキスも怯むことなく答えた。
「では」
先に仕掛けたのはコハクのほうだった。
真剣な表情で・・・というよりはむしろ楽しそうに剣戟を繰り出す・・・。
一方オニキスもそれをかわし、時には剣で防ぎながら一進一退の攻撃をしていた。
二人が剣を交える音は、随分と長い時間途切れることなく森に響いた。
それが一瞬やんだ。
「・・・灰燼黒炎!!」
コハクから少し距離をとったオニキスは呪文を唱えた。
すると柄の部分にはめ込まれた石が赤黒く鈍い光を帯びた。
ボッ!と音を立ててオニキスの剣先に火が灯る・・・。
火はどんどん大きくなり、凝縮され、最後には直径30cm程の球状になった。
その内側で黒炎が渦巻いている。オニキスが剣を振ると炎の球は一直線にコハクへ向けて飛んでいった。
「いい石持ってますね。いいな、それ」
コハクは避けようともせず、逆に剣を下ろした。
まるで無抵抗な様子のコハクに容赦なく炎の球が直撃した・・・と思いきや、コハクはそれを勢いよく左手で弾き飛ばした。
「魔法が効かない・・・か。あいつやっぱり人間じゃないな」
オニキスはコハクの様子を見定めるようにじっとしていた。
しかしそれどころではなかった。
コハクに弾き飛ばされた炎の球はアジトのほうへ向きを変えたのだった。
そして信じられないことに壊れかけた城の窓のからヒスイが外の様子を見ようとひょっこり顔を覗かせた。
「!!!!」
コハクもオニキスもこの時ばかりは度肝を抜かれた。
「ヒスィッ!!!」
コハクはいつになく焦った顔をして呪文を唱えかけたが、それより早くヒスイの前を黒い影がよぎり、炎の球の直撃からヒスイを救った。
オニキスの放った炎の球は威力が強く、直撃した古城の壁はガラガラと崩れ、中の部屋が丸見えの大きな穴が空いた。
「あんたたちっ!!!そこまでだよっ!!」
カーネリアンの怒鳴り声が聞こえた。
できたての風穴から仁王立ちした姿が見える。
「ヒスイィィ〜」
コハクは完全に戦意を喪失したらしく、剣を右手にだらりとぶらさげてヒスイの名を呼んだ。
「お兄ちゃん!!!」
‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖