オニキスがヒスイを連れ帰ると王宮は大騒ぎになった。
オニキスは「この女性とでなければ結婚しない」と言い張り、ヒスイはすぐに王の間に通された。
「適当に話を合わせろ。いいな」
オニキスは押し殺した声でヒスイに耳打ちした。
王の椅子・・・玉座は空いていた。
「ごめんなさいね。王は今伏せっておられるので」
「母上・・・」
立派な玉座の後ろから王妃であるオニキスの母親が現れた。
オニキスそっくりの目鼻立ちをしていたが、歳のせいで丸くなり柔和な顔つきになっていた。
王妃だというのに威圧的な感じは全くしない。ヒスイの緊張が少し緩んだ。
「あら、まぁ・・・その方が?」
「はい。今まで黙っていてすみません」
オニキスはヒスイを前に押し出した。
「まあっ・・・!なんて綺麗・・・」
王妃はヒスイの美しさに感激し、声をあげた。
この国の王と王妃の前に立つのだからと、オパールとカーネリアンにあれこれといじられ、ヒスイはシックなロングのワンピースに着替えさせられた。
長い銀の髪は両脇を一束ずつ後ろでまとめてワンピースと同じ色のリボンで結んでいる。
それに加え薄く化粧までされ、ますます目を引く顔立ちになっていた。
ヒスイは内心ひきつりつつも王妃に向かって極上のつくり笑顔で丁寧に挨拶をした。
「ヒスイと申します。ご挨拶が遅れまして・・・」
「銀の髪・・・初めて見ました。なんと素晴らしいのでしょう。オニキス、よくやりました。隣国の姫との結婚の話は取り下げます。安心なさい。ヒスイさんとの結婚を反対する理由は何ひとつありません」
「ありがとうございます」
二人は王の間から出てきた。
モルバダイト城には警備の人間が少なかった。王の間の前といえども閑散としている。
「・・・・・・」
あまりにあっけなく結婚の承諾を得てヒスイは肩透かしをくらったような表情をしていた。
もっと絞られることを覚悟して、様々な質問に対しての答えを用意していたのだ。すべて嘘だが。
「私の素性とかはどうでもいいの?髪が銀色なだけで?」
ヒスイはそういう印象を受けた。銀の髪なら誰でも良いような。
「・・・まぁ、そういうことだ」
オニキスは皮肉っぽく笑った。
ヒスイはオニキスが自分を選んだ理由がわかった気がした。
「無駄に美しいのが役にたったな、ヒスイ」
「それはどうも」
王妃の態度も王族のしきたりもヒスイとってはどうでも良いことだった。
もとよりこの城に長居するつもりはない。気になる点はいくつかあれど、深く聞かないことに決めていた。
ヒスイは背筋をピンと伸ばしたままそっけなく答えた。
「・・・この国では銀の髪は特別だ。それを忘れないように」
オニキスも多くは語らなかった。二人ともそっぽを向いたまま黙って廊下を歩いた。
オニキスとヒスイの婚礼の儀は一日後の満月の夜にとり行われた。
ヒスイの美貌と異例のスピード結婚ということで、国中がこの話題で持ちきりになった。
白亜の城の広いバルコニーにオニキスとヒスイが姿を見せると、城下に集まった国民が割れんばかりの歓声を送った。
ヒスイの銀の髪と純白のウエディングドレスは満月の光にそれはよく映え、その幻想的な美しさは後の伝承に残るほどだった。
「それでは・・・国民の前で愛を誓っていただきます」
二人の傍らに控えていた中年の神父が厳粛な口調で言った。
「誓いのキスを」
(な・・っ!?)
ヒスイは思わず声に出しそうになった。
「ちょっとっ!そんなの聞いてないわよ!!」
ヒスイは小声ながらもオニキスにくってかかった。
「普通に考えればわかるだろう。馬鹿かお前は」
ヒスイは自分が物事を都合のいい方向にばかり考える癖があることをこの時痛感した。
もっとよく考えれば良かったと今更後悔してもどうにもならない。
ヒスイは自分を呪った。まさにぐうの音もでない。
「ここで逃げるか?」
オニキスは挑発的な笑いを浮かべた。
ヒスイはちらっと周囲を見渡した。
国民は今か今かと待ちわびている。
ヒスイは唇を噛んでオニキスを睨みつけた。
「あとで覚えてなさいよっ!!」
「わ・・・っ!!」
国民がどっと沸いた。飛び交う祝福の声、盛大な拍手。
このとき・・・ヒスイはまだ知らなかった。
月と国民に誓ったこの結婚がどれだけ重い意味を持つのかを。
(お兄ちゃん・・・。待っててね。もう少し・・・だから)
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