オニキスが捜索に加わり、夫婦二人で貞操帯の鍵を探す。
家具を動かしてみたり、床を這い蹲ってみたり。
一国の王と王妃が・・・何とも間抜けな光景だ。
「う〜ん・・・やっぱりない。どこに落としたんだろ・・・」
目につく場所は全部探したが見つからなかった。
「ヒスイ、こっちへ来い」
「うん?」
オニキスが手にしているのは・・・針金。それで鍵を開けるつもりらしい。
貞操帯は、バストとヒップ、上下それぞれに鍵穴があり、ヒスイ曰く、無くした一本の鍵が兼用となっているとのこと。
「鍵開け?やったことあるの?」と、瞬きするヒスイ。
「・・・あるわけなかろう」
生粋の王族であるオニキスが、コソドロのような真似をする筈がない。
ヒスイのおかげで、人生初のピッキングに挑戦する羽目になったのだ。まさに苦肉の策だ。
「・・・・・・」
精神統一。まずは下の鍵穴に針金の先を入れ。
カチャカチャ・・・カチャカチャ・・・
カチャカチャ・・・カチャカチャ・・・
カチャカチャ・・・カチャカチャ・・・
「・・・・・・」(だめか・・・)
思いの外、複雑な構造になっているようで、手ごたえがない。
そうこうしているうちに、日付の変わる時刻に差し掛かり・・・
ふぁぁっ。ヒスイは欠伸。
「・・・・・・」頑張りは報われず、だ。
オニキスはついに諦め。針金を抜くと。
「ヒスイ」
「ん?」
「・・・このことは誰にも言うな。例えローズでも、だ」
愛妻の不祥事は表沙汰にしたくない。下手をすれば、モルダバイトの歴史に残る珍事なのだ。
「うん、わかった」ヒスイは頷き。
「私、もう寝る。これじゃえっちできないし。明日また探すよ」
そう言って、くいくい、オニキスのシャツを引っ張った。
上を向いて目を閉じる。“キスして”の合図だ。
ちゅっ。オニキスがおやすみのキスをすると、ヒスイは一足先にベッドへと潜り込み。
「おやすみ、オニキス」
「・・・ああ」
オニキスも所用を済ませ、1時間後、ヒスイの隣で眠りについた。
それから2時間が経過した、真夜中のこと。
もぞもぞ・・・動き出したのはヒスイだ。
(やっぱりこのままって訳にはいかないわよね)
オニキスに気付かれないよう、そっとベッドを抜け出す・・・が。
「?」右足が動きについてこない。見ると・・・
「!?なん・・・」大声を出しかけて、慌てて口を押さえるヒスイ。
右の足首に、ネクタイが巻きついている。二本繋げたものだ。
その先は、天蓋の柱に結びつけられ・・・つまり、拘束だ。
「・・・こんな夜中に、ひとりで何処へ行くつもりだ?」
と、起き上るオニキス。
「オニキス、これなに・・・」
「・・・見ての通りだ」
ヒスイの行動パターンは把握している。
妙に諦めが良かったので、何かあると思い、先手を打っておいたのだ。
ヒスイは口を尖らせ、言った。
「コレ買ったところに行けば、鍵のスペアとかあるんじゃないかと思って。それがダメでも、製造メーカーを教えて貰えれば・・・図面とかあるはずでしょ?」
「・・・・・・」(製造元、か。悪くない考えだ)
「それで、店の場所はどこだ?」感心しつつ、オニキスが尋ねる。しかし。
「ん〜と、ペンデロークの多国籍市場って言ってた気がするんだけど・・・」
正確な場所も店名も不明。
「行けばわかると思って」と、ヒスイは言うが、いつもの楽観的解釈で何の根拠もない。希望は早くも潰えた。
「ローズなら、お店の場所知ってるよ?」
「・・・わかった。明日オレが聞き出す」
「じゃあ、これほどい・・・ん・・・」
ヒスイの顎を掴み、濃厚キスで黙らせる。
勝手に何処かへ行かれたらと思うと、おちおち寝てもいられない。
(毎晩こうしてやりたいくらいだ)
「・・・今夜はこのまま寝ろ」
翌日。
「どうでした?」
オニキスの顔を見るなり、メイド長ローズが身を寄せてきた。
オーダーメイドの貞操帯は、自信の献上品だ。当然、評価が気になる。
「悪くなかった」と、オニキス。
鍵の紛失を悟られないよう、会話に余裕を持たせ。まずはローズの好きなように喋らせる。
「やっぱり、鍵を開ける瞬間って興奮します?」
「・・・ああ、確かにあれは興奮する」
「!!」オニキスが下ネタに付き合うのは稀なことで。ローズの目が輝く。
「じゃあ、じゃあ、昨晩は野獣のようにヒスイ様の体を貪って・・・」
「・・・まあ、そうだ」
店の場所を聞き出すため、とにかく今はローズに話を合わせるしかない。半分自棄だ。
するとローズは調子に乗って。
「前から気になってたんですけど」
大胆な質問だけに、小声で。
「オニキス様って、一晩に何回くらいするんですか?」
「・・・・・・」
嘘を述べようが、真実を述べようが、メイド達の噂の餌食になることは間違いない。オニキスは覚悟を決め。
「・・・ヒスイが望むだけ、何度でも、だが?」と、答えた。
「ヒスイ様が・・・望むだけ・・・」
呟くローズ。想像して、ほのかに赤くなる。
毎晩オニキスに尽くされるヒスイ・・・正直ちょっと羨ましい。
(ヒスイ様は“普通”って言うけど、オニキス様ってエッチ上手そうだし)
憶測でしかないが、メイド達の間では評判だ。
「それで・・・だな」オニキスは咳払いをひとつ。
「他のものも試してみたいのだが」と、話を切り出した。
「!!」(そんなに!?そんなに気に入って貰えたの!?)
まさかの展開に、ローズは興奮。とはいえ、そこはメイドのプロ根性で。努めて冷静に。
「は・・・それではすぐにご用意致します」
「いや、ヒスイと二人で行ってみようと思う。店の場所を教えてくれんか」
「!!」(オニキス様が直々にオモチャ選び!?しかもヒスイ様まで連れてくなんて!!どんだけハマったの!?)
大スクープだ。興奮、極まる。
「・・・内密に頼む」
一応、オニキスが釘を刺す。ローズは満面の笑みで。
「勿論です」
王という立場上、お忍びで町に出掛けるのも一苦労だ。
(あとはローズがうまくやるだろう)
お喋り好きが玉にキズだが、実に万能なメイドなのだ。
赤裸々トークで何とかローズを味方につけることに成功した。しばらくは安心して城を空けられる。
オニキスは、ヒスイに黒のマントを着せ。フードを深く被らせた。
「行くぞ。オレから離れるな」
「ん!わかった!」
二人はしっかり手を繋ぎ、裏門から出発した。
国境の町ペンデローク。多国籍市場。
文化交流という名目で、営業を許可しているため、各国の商人がこぞって出店しているエリアだ。
連日大賑わいのショッピング通り・・・その裏手に目的の店はあった。
『ポルノショップ』
堂々と看板が掲げられ、店の中にはありとあらゆる大人用玩具が陳列されていた。
バイブ・ローター・媚薬の類から、用途不明のものまで。
セクシーな下着や、貞操帯の見本もいくつか飾られている。
「わ・・・なんかいろいろあるよ!」
ヒスイは性懲りもなく店内を見て回り。
一方オニキスはよそ見することなく、まっすぐ奥のレジへ向かった。
だいぶ荒んだ感じの青年店主相手に、大まかな事情を話す・・・が。
「すいませんねー。こういう商売なんでー」
信用第一。顧客情報は絶対に明かせないという。
スペアの鍵はおろか、製造元も企業秘密だ。
「・・・・・・」
ここまで来て、引き下がるつもりはない。
如何にして口を割らせるか、画策するオニキス。その時。
トントン、指で軽く肩を叩かれた。
振り向くと・・・すぐ後ろに不気味な男が立っていた。
仮面で半分顔を隠し、頬には蝙蝠のタトゥー。誰が見ても警戒する風貌だ。
男は胸に手を重ね、深く一礼。その態度は驚くほど紳士的だった。
「あー・・・その人ッスね、鍵開けの名人らしくて」と、青年店主。
“鍵を失くしてお困りの方”対象に、この界隈で商売をしているのだという。
「鍵開けの・・・名人だと?」
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