トパーズは船内捜索を開始した。
ウイルスに対し抗体を作るのは常識であり、人魚病の特効薬も当然存在するものと思っていた。
アンデット商会が何をしていようが関係ない。
特効薬を入手したら、ヒスイを連れて脱出する予定だった。
ところが・・・朝方まで研究室を探し回ったが、それらしきものはなく。
研究員から聞き出した話では、ウイルスの研究に対し、抗体の研究は大幅に遅れているらしい。
その上、この船は十三夜に出航してしまうというのだ。
(・・・時間がない)
神の魔法は疲労が激しい為、極力使用は避けたいところだった。
しかし、このままではヒスイが人魚になってしまう。
とにかく人魚病について知る必要があった。
研究資料を掻き集め、着席。
ずっと舐め転がしていたヒスイの牙を口から出し、煙草を咥える・・・仕事モード。
ウイルスがどう肉体に影響しているか理解した上で、ヒスイに施す術を編み出す・・・
その作業に没頭し、気が付けば夜になっていた。



出航前夜。ホールでは。

「大人しく待ってろって言われても・・・」
追い詰められたヒスイ。
左右の足がくっついて離れない。
鱗はびっちりと下半身に広がり。
(これ、絶対まずいわ!!)
それもこれも・・・
(このヒト達のせいよ!!)
水槽の前には、若い研究者が二人。
完全なる人魚を一刻も早く見たいが為に、人魚化を促進させる海水を水槽へ流し込んだのだ。
海水はもうヒスイの腰元まで来ていた。
「やだ・・・やめてっ!!」
腰元から胸元、胸元から喉元へ・・・水位はどんどん上がり、全身が飲み込まれる。
「わ・・・たし泳げな・・・ゴボッ!!」


「・・・お前等、何やってる」


ホールに響く声。
現れたのは、白馬の王子ならぬ白衣の鬼畜、トパーズ。
素手で研究者の首を掴み、投げ飛ばす。
そのままヒスイの正面まで前進し、拳で水槽を叩き割った。
海水と共にヒスイが流れ出す。
その姿は・・・ほぼ人魚。
銀の鱗は宝石のような輝きで・・・美しい。
つい、見入ってしまうほど。

ゲホッ!ゴホゴホ!!

ヒスイの咽せる声で我に返り、海水に濡れた人魚の体を抱き上げる。そして。

ぽわ・・・っ。

白い光が包むこと、数分間。
ぱらぱらぱら・・・花びらが散るように。
痛みなく鱗が剥がれ落ち、ヒスイは元の二本足に戻った。
「ト・・・パーズ?」
「・・・治療費、よこせ」
無事を確かめるとすぐにトパーズはヒスイの耳を噛んだ。
好きなものを噛むのは、子供の頃の癖。
なのに、今でも。
ヒスイを噛むのだけはやめられない。
「ひゃ・・・いたっ!こら・・・やめ・・・」
暴れるヒスイを押さえ込み、気が済むまで噛んでから。
「帰るぞ」
「うん」


水槽を割った・・・ホールは水浸しだ。
見つかれば、大騒ぎになる。
もっとスマートに救い出す予定が、思わぬところで逆上してしまった。
ヒスイに苦痛を与えた研究者達は気を失ったまま。
出航前の忙しなさの中、二人は船を抜け出した。




ウォーター・ギルド。

研究室を徘徊する最中、ついでにとトパーズが解放した男達が、女を連れ戻ってきていた。
ギルドの女達には拒絶反応が出ており、その為、失敗作として放置されていたのだ。
警備も手薄になっていたので、簡単に脱出できたという、が。
拒絶反応が出れば、いずれ死に至る。
先程までのヒスイ同様、足に鱗を生やした女達は高熱で苦しんでいた。
港は、再会の喜びではなく、子供達の泣き声が蔓延していた。
「お母さぁん〜死んじゃやだよぉ〜」
「ママぁ!!」
ギルドの少年達がそれぞれ母親に縋り泣く姿は痛ましく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
トパーズもヒスイも閉口。
十五夜まであと3日。
神の魔法によって救われたヒスイはすっかり元通りで。
トパーズのシャツを引っ張った。
「・・・どうしよっか」
「・・・どうもしない」
人間の歴史に神は介入しない。自戒だ。
「行く先々で不幸な人間を救ってたらキリがない」
「それは・・・そうだけど」
「行くぞ」
「うん」
背を向け歩き出すトパーズ。ヒスイも後に続き。
二人は港を去った。



その夜。ギルド本部の一室に明かりが灯った。

そこは、研究室だった。
海洋生物を研究する為の部屋で、アンデット商会の船には及ばないが、そこそこの設備が整っていた。
「あ、やっぱりいた」と、部屋を覗き込んだのはヒスイだ。
「・・・何できた」
「たぶん、トパーズと同じ理由だよ」


子供が泣いてたから。


「別に人助けの趣味はないけど、なんか後味悪くて」
ヒスイが髪を束ねる。
「ここにいるのは“神様”じゃなくて“トパーズ”でしょ?だったら問題ないよね」
出来る限りの事はする、と、細い左腕を差し出して。
「私の血、使って。免疫ができてる筈よね?」
「・・・馬鹿」
ペシッ!トパーズはヒスイの額を軽く叩いた。
「うん。頑張ろ」
これまでの研究資料を元に特効薬を生成する。
しかし、調合の材料となりそうなものが、何一つ用意されていなかった。
人間がすべてを集めるとなると、何年もかかる代物だ。
ひとつひとつ準備をしていたら、十五夜には到底間に合わない。
材料となるものをゼロから作り出す・・・結局、魔法を使うしかない。
(間に合うか?)
横目でカレンダーを見るトパーズ・・・日付が変わり、満月まではあと2日。
「とにかく、やる」
「ん!!」



特効薬が完成したのは十五夜の夜だった。
人魚病の被害者達に特効薬を接種して回り、最後の一人を済ませた時には、夜空に丸い月が高く昇っていた。
「行こっ!今ならまだ間に合うよ!!」
疲労からか、少々顔色の悪いヒスイが急かす。
「お前は先に行ってろ」
「なんで?」
「・・・いいから行け。オレも後から行く」
「嘘っ!」
普段は気付きもしないのに、こういう時だけ見破るヒスイ。
トパーズは船に乗る気がないのだ、と。
「行け・・・オレは・・・駄目だ」
連日徹夜続き。魔力の使い過ぎ。もう一歩も動けない。
言ってるそばから意識が遠のく・・・トパーズは大きく体勢を崩した。
「私が連れてくから!!」と言って、ヒスイはトパーズを支えた・・・が、クラッ。
激しい眩暈に襲われた。特効薬の原料として血液を提供した為だ。
(こんな・・・時に・・・貧血・・・なんて・・・)
二人は床へ倒れ込んだ。
トパーズは完全に意識を失い。
下敷きになったヒスイの意識も朦朧・・・
(やっと・・・帰れると思ったのに・・・)
「おにい・・・ちゃん・・・」




コハク、海上にて。

「今、ヒスイが呼んだ気がする」
不眠不休で空と海の間を飛び続けていたが、空中で静止し、十五夜の月を眺めた。
「・・・満月、か」
(満月の夜といえば必ずヒスイとえっちしてたのに)
銀の吸血鬼は月光と相性抜群なのだ。
満月の夜は月光浴をしながらセックスと決まっていた。
前髪を掻き上げ、ぼやくコハク。
「喉・・・乾いた」
この渇きを潤せるのはヒスイだけなのだ。
「ああ・・・ヒスイ・・・」
舌に染み込んだ愛液の味。
ねっとりとした食感が恋しくて。
意識すると、勃ってしまう。
「・・・・・・」
(今、勃ってもしょうがないんだけどね)
自分にツッコミを入れてみる。
「・・・早くヒスイの“お兄ちゃんっ!”が聞きたいなぁ」
(我ながら賢いやり方とは思えないけど・・・)
いてもたってもいられず、船を離れた。
「いつになるかわからないものなんて待ってられるか」
勘を頼りにヒスイを探す。
一週間。顔も見ていない。声も聞いていない。
キスもセックスも全部、おあずけ。
「もう・・・我慢の限界だ・・・」




翌日の午後。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
トパーズとヒスイは砂浜にいた。
意識喪失のまま十五夜の夜は過ぎ、かつて“Goodluck!”と書かれていた場所には、“Goodbye”の文字が残されていた。
当然、船は見えない。
「まぁ、なんとかなるわよ」と、ヒスイ。
それは、自分自身に向けた言葉だった。
(お兄ちゃん・・・)
一週間。顔も見ていない。声も聞いていない。
キスもセックスも全部、おあずけ。
それがまだ続くのだと思うと泣きたい気分だったが、誰のせいでもない。
憎むべきは、アンデット商会だ。
「同じ世界にいるんだから、きっとすぐに会える・・・きっ・・・と」


その時・・・ふわり、と。


不意にヒスイの視界を通り過ぎた金色の羽根。
見上げるとそこには・・・
「お・・・兄ちゃん・・・?」
「ヒスイ、見つけたぁ〜・・・」
「お兄ちゃんっ!!」
「ヒスイっ!!」
「お兄ちゃぁんっ!!」
砂浜に舞い降りるコハクへと、ヒスイは両手を伸ばした、が。


「・・・待て」


「え!?」
背後からトパーズに捕獲され、その手はコハクに届かなかった。
「ちょっ・・・離してっ!!」


『感動の再会を邪魔しないでくれる?』


着地と同時に剣を抜くコハク。
「お兄ちゃんっ!?何を・・・」
「・・・・・・」
刃は牽制の域を超え、トパーズの頬を掠めていた。
斬られた頬にうっすらと血が滲む。
「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと手元が狂っちゃって」
コハクは白々しい笑顔で心ない謝罪・・・明らかにわざとだ。
「・・・・・・」
傷を負ってもトパーズはヒスイを離さず。
「忘れ物だ」
ヒスイの左手首を掴み、ポケットから取り出した結婚指輪をその薬指に通した。
「ああっ!!」
コハクが怒りの声をあげる。
トパーズがなぜ指輪を持っていたのかは後回しで。
(ヒスイの薬指が穢された!!)
解放されたヒスイを腕に抱くも、薬指が気になって。
「お兄ちゃん?」
「ちょっと貸して」
指輪を抜き取り、ゴシゴシとシャツで拭く。
それから改めてヒスイの薬指へ戻した。


「好きだよ、ヒスイ」


なぜかそこで、告白タイム。
「うんっ!私もっ!!」
ヒスイは今にも泣き出しそうな笑顔で応え。
二人は強く抱き合った。


「ヒスイぃぃ!!」
「お兄ちゃんっ!!」


(・・・馬鹿だ)
そんな二人を尻目に、トパーズは疲れた顔で呟いた。
「・・・大袈裟な奴等」




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