赤い屋根の屋敷。コハク。


「――夜明けだ」


オニキス達と別れ、屋敷に戻ってきたコハクだったが、ヒスイがいない夜は長く。
チアガールの衣装は仕上がり、ふわふわのポンポンが出来上がっていた。無論、一睡もしていない。
「さて、っと。そろそろヒスイを迎えに行こうかな」
コハクは伸びをしながら立ち上がり、用意しておいた竹刀を手に取った。
島の場所は聞いている。トパーズがヒスイを手放そうとしないなら、力尽くで奪い返すつもりで。
「一晩待った。これが僕の限界だ」



これから第二のモルダバイトとして発展してゆくこの島の名は“コスモクロア”という。
実のところ、モルダバイトからはかなり離れた海上に位置している。
「ここか」
竹刀を軽く肩に担ぎ、見回す。水晶玉を通して見た景色と同じだ。
コハクは真っ先に3階建ての家へ向かったが・・・ヒスイもトパーズもそこにはおらず。
「留守か・・・」
状況が、イマイチ掴めない。
「こうなったら・・・」
一刻も早くヒスイを見つけるため、分身の術を使い、捜索にあたる人数を増やすことにした。
外見も思考もコハクそのものの分身が4人。自分を含めて5人となる。
コハクAが本体で、以下B・C・D・E。島に散って、ヒスイを探し始めた。




そしてこちら、プテラノドンとヒスイ。

「あっ・・・!!」
ヒスイの足から片方靴が脱げ落ち、森に吸いこまれていく・・・改めてその高さを認識する。
「・・・・・・」
(今、離されて落ちたら・・・死ぬかも)
無駄な抵抗をやめ、ヒスイが息を飲んだ、その時。
プテラノドンの頭上・・・“空”に直径1mほどの穴が開いた。
空間を切り開き、そこからジストが落ちてくる。
「おわ・・・っ!!?」
神の能力を使い、ヒスイの元へ移動してきたのだ。
とはいえ、成功率は100%ではない。散々失敗した後の到着だった。
しかもヒスイは飛行中・・・ジストは恐竜の首に跨る羽目になった。
「プテラノドン!?なんでこんなトコに・・・あっ!!ヒスイっ!!」
「ジストぉっ!?」
今にも落ちそうなヒスイが見上げる。
「ヒスイっ!待ってて!今助けるからっ!!」
ジストはプテラノドンの首を撫で、言い聞かせた。
「その子は食べちゃだめだっ。ゆっくり地上に戻って」
すると、ジストの言葉に従い、プテラノドンは高度を落としていった。
「・・・・・・」(なんで???)
ヒスイの言うことは全く聞かなかったというのに。
ジストには懐いているようにさえ見える。
神の言語は、万物に通じるのだ。ただし、ジスト自身は気付いておらず。
「オレ、昔から動物には好かれるしっ!こいつとも仲良くなれそう!」などと言っている。


無事着陸すると・・・
「ありがとなっ!」
ジストはポケットからビスケットを出し、プテラノドンに与えた。
コハクの真似だが、ヒスイを餌付けするためにいつもお菓子を持ち歩いているのだ。
プテラノドンは一声鳴いて、空へと帰っていった。
「・・・・・・」(助かったわ)
ジストのお陰で、思いの外あっさり助かった。
どっと疲れが出て、草むらに座り込むヒスイ。
「ヒスイっ!怪我ないっ!?」
心配そうな顔でジストが覗き込む。
「ん・・・平気」
ヒスイがそう返事をすると、ひとまず安心し。
「靴片方じゃ困るよなっ!ちょっと待ってて!」


ジストはヒスイの靴を拾いに行き、すぐに見つけて戻ってきた。
(なんか・・・シンデレラみたいっ)ジスト脳内。
今手にしている靴は、当然ヒスイにピッタリだ。
(んで、オレのお嫁さんに・・・)と、顔が弛む。
妄想劇の一幕ではあるが、ヒスイの“王子様”になれるのが嬉しくてしょうがない。
ジストは、ほっこりとした気分でヒスイに靴を履かせた。
「立てる?」
「うん」
ジストの言葉に頷き、立ち上がったものの、ヒスイは立ちくらみを起こして。
「わ・・・ヒスイ!?」
ふらつくヒスイの体を受け止めるジスト。
ヒスイの甘い匂いが鼻先を擽り、かぁぁっ、赤くなる。
高鳴る鼓動がヒスイに聞こえてやしないかと、緊張しながらも。
「だ、大丈夫?ヒスイ」
どさくさに紛れ、そっと、ヒスイの体に腕を回す。
すっぽり腕に収まってしまうヒスイはやっぱり小さくて。
ジストの目には、とてもいたいけに映るのだ。
(う・・・ヒスイ可愛い・・・っ)
胸がきゅんとする、確かな恋心。と、その時。
「大丈夫。ちょっと寝不足なだけ」
ジストの胸元に額を押し当て、ヒスイが言った。


「早く・・・お兄ちゃんのとこ帰りたい」


「あ・・・」
浮ついた気持ちが一気に萎む。代わりに失望感が膨らんで。
一瞬、声が出せなくなった。
ヒスイの頭の中には、コハクのことしかない。これが、現実なのだ。
「・・・そうだよなっ!今、父ちゃんのとこ連れて・・・」
そこまで声を搾り出し、黙る。
「・・・・・・」
(オレだって・・・ヒスイが欲しいけど・・・)
どうすればいいか、わからない。
見るとヒスイは大欠伸。
「立ったままでも眠れそう」と、ジストに体を預けてきた。
ジストは両腕で深くヒスイを抱き込み・・・
「・・・・・・」
男の腕に慣れているヒスイは、どんなに強く抱きしめても、怖がらない。
恋愛感情を持った息子が相手でも、だ。
(ひとつだけ・・・わかった。兄ちゃんが、なんでヒスイを攫ったか。たぶんオレも今、同じ気持ち)
ジストは自分の体からヒスイを離し、言った。
「ヒスイ、兄ちゃんと・・・キスした?」
「え?あ、うん」ジストを見上げ、瞬きするヒスイ。
見たこともない表情をしたジストに頬を触られ、驚く。
「ジスト?」
「オレにも・・・」瞳を伏せるジスト。
ヒスイの耳の後ろまで手を入れ、ぐいっと顔を引き寄せ。


「もう一回だけ・・・キス、させて?」


と、唇を近付ける。
ヒスイは目を見開き、口をぱくぱくさせた後・・・一言。
「だ・・・だめ」
「・・・だよなっ!」
唇を離し、ジストが笑う。笑いながら、「ダメに決まってる」と呟いた。
(ここでヒスイにキスしたら・・・)

父ちゃんに殴られて。

兄ちゃんに蹴られて。

サルファーにぶっ飛ばされる。

(それでもいいと思ったけど)


ヒスイが泣きそうな顔をしたから、やめた。


「オレ、ヒスイといると時々変になるんだ。だからその・・・ごめんっ!今の忘れてっ!!」
明るい調子で、ヒスイに両手を合わせる。
「う・・・うん??」
ヒスイはまだびっくり顔だったが・・・


「ヒスイ、見つけた」


その声に、振り向く。ジストも然りだ。
「お兄ちゃん!!」「父ちゃん!!」
ヒスイは全速力でコハクの腕に飛び込んだ。が。
(あれっ?)同時に違和感。
「父ちゃんと一緒ならもう安心だねっ!!」と、ジスト。
「あ・・・うん」(お兄ちゃんだけど・・・お兄ちゃんじゃないような・・・)
コハクの“分身”なのだと、ヒスイは気付いたが、ジストは気付かず。
「オレっ・・・兄ちゃんと話したいことあるから行くねっ!!」
「うん、またね」ヒスイが言うと。
「・・・うんっ!またっ!」ジストは笑顔で手を振った。
それから、ジャングルの道なき道を滑走路のようにして走り、叫ぶ。
「兄ちゃんトコ・・・っ!!とべ・・・っ!!!」


ドサッ!


「・・・・・・」
空から落ちてきたジストに、トパーズの冷たい視線が注がれる。
ジストはすぐ立ち上がり。
「いてて・・・あっ!兄ちゃんっ!!ヒスイなら大丈夫だよっ!今父ちゃんが・・・」
「・・・・・・」
それを聞いて、益々クールになるトパーズ。
凍てつきそうな目つきだ。が、ジストは気にも留めず。
「オレもセレのおっちゃんトコ行ったんだ。んでっ、話聞いて・・・」
「それがどうした」
「オレも一緒にここ住むよっ!!兄ちゃんの仕事手伝うっ!!」
トパーズのシャツを掴み、ジストはそう申し出た。
一方トパーズはツンとして。完全無視だ。
「家のことだって覚えるしっ!兄ちゃんのパンツもオレが洗うからっ!!!」と、ジストがさらに迫る。
「オレ達、兄弟だけど・・・っ!!」



「兄弟だけど・・・親子だもん」



「オレ、兄ちゃんがいなくなるの嫌だ。寂しい」
そう言って、ぎゅっと抱きつく。
「・・・離れろ。鬱陶しい」
「嫌だっ!!兄ちゃんがいいって言うまで離れるもんか!!」
「離れないなら、殴る」
「殴られたって離れるもんかっ!!」
ボカッ!!そこで本当に殴るのが、トパーズだ。
「っ〜・・・!!!」
痛みを堪えながら、抱きつく腕に力を込めるジスト。
「兄ちゃんを・・・ひとりになんかしない・・・っ!!」
「同情なら間に合ってる」
「違うっ!!同情なんかじゃない!!」そこで声を荒げ。
「オレも今、ヒスイにフラれてきたんだ」と、打ち明ける。
「・・・・・・」
「ねぇ、兄ちゃん・・・」
ジストは、額をトパーズの肩に乗せ。



「ヒスイは父ちゃんのものだ・・・きっと、他の誰のものにもならない」



「・・・・・・」
「オレを飼ってよ。犬だと思って」
「・・・犬は犬でも、負け犬だ。お前は」
「うん・・・わかってる」


「・・・朝メシはお前が作れ」
「!!うんっ!!任してっ!!」





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