「やっと帰ってきたな!ジン!」
「そうだな、シトリン」


王ジンカイトと、王妃シトリンが、モルダバイトの地に立つ。
外交でしばらく国外にいた。そして本日、帰還したのだ。
「ジン様、シトリン様、長旅お疲れ様でした」
二人に付き添っていたメイド長ジョールが公務の終わりを告げ。
「城から迎えが来ております」と、王室の馬車へ案内する。
これに乗り込めば、一路、モルダバイト城だが。
「いや、すまんが歩いて帰る。寄りたいところがあるのでな」
さあ行くぞ!ジン!と、声高らかに。颯爽と歩き出すシトリン・・・
「シトリン!ちょっと待ってくれ!」
歩きながら、猫へ戻ろうとするシトリンを呼び止めるジン。
「?なんだ?」


「もう少しだけ、その姿でいてくれないか」


両手に土産袋を大量にぶら下げ、懇願する。
「?なんでだ?」
シトリンが首を傾げる。
「猫のシトリンも綺麗だけど・・・その・・・今のシトリンも綺麗だし」
猫に戻ったら、当面、人型は拝めそうにない。
だからこそ、今のうちに堪能したい。それが本音だ。
「でしたら・・・」と、ジョールが気を利かせ。
正体がバレないようにと、シトリンに上掛けを渡した。
ジョール曰く、王と王妃の帰国日ということで、いつもより城下がざわついているとのこと。
「お忍びで、ごゆっくりどうぞ」

こうして・・・

シトリンは人型続行。
かつてモルダバイト王妃であったヒスイがそうしていたように。
上掛けを羽織り、フードを被って再出発した。
ちなみに、ジンも一応、眼鏡を掛けるという変装をしているが、そのままでも正体がバレることはまずない。
「早く母上と弟達の顔が見たい!」と、シトリン。
最初の目的地を、赤い屋根の屋敷に定める。
「オニキス殿と、兄上のところへも行かねばな!おお、そうだ、タンジェを忘れていた!いかん!いかん!」
身軽なシトリンの足が速くなる一方で、荷物いっぱいのジンの足が遅くなる。
「はぁはぁ・・・シトリン・・・もう少しゆっくり歩いてくれ〜・・・」
「何をバテている!私は先に行くぞ!」





メノウによる結界の少し手前・・・人気のない森の入口で。

「ふぅ、暑苦しくて敵わん」
フードを外すシトリン。
長い金の髪が解放された――その時。


「・・・誰だ」


背後に何者かの気配を察し、シトリンは厳しい口調で尋ねた。
ジンでは、ない。一般人でも、ない。感じるのは、敵意だ。
木陰に身を隠しているらしく、その出で立ちはわからない。
シトリンは振り向かず、視線だけを後ろに流し、相手の出方を窺った。
すると・・・


「お前が“熾天使”か?」


男の声で、逆に問われた。
「・・・・・・」(あいつと間違えているのか?)
同じ顔をした、あいつ=コハクと混同されるのは、よくあることなので、すぐにそう思ったが。
わざわざ屋敷にトラブルを持ち込むこともないと考えた。
(あいつに何かあれば、母上が悲しむからな。ここはひとつ、あいつに成り済まし、私がこの場で成敗してやろう!)
密かに戦闘モードへと切り替え。
そして・・・


「そうだ。私が“熾天使”だ」


と、シトリンが返事をし、向きを変えた瞬間。
パンッ!!発砲される。
木々で羽根を休めていた鳥達が一斉に飛び立った。
「!!!!」(な・・・んだと・・・ばかな・・・)
シトリンが膝をつく。避けたつもりだった・・・が、弾は脇腹を貫通していた。
「く・・・」
みるみる血が滲み、言い表せない痛みに襲われる。
男の気配が遠ざかり・・・


「シトリン!?」


追いついたジンが、シトリンに駆け寄る。
「ジン・・・か・・・」
傷口を押さえ、シトリンが気丈に声を絞り出す。
「何があったんだ!?どうしてこんな・・・とにかく手当てを!!」
「いいか・・・ジン。このことは・・・誰にも知らせるな・・・わかった・・・な?」
「今はそれどころじゃないだろ!?」
「ジン!!」そこでシトリンが声を張り上げる。傷口に障るほどの。
「・・・頼む。約束してくれ。なに・・・この程度の傷・・・致命傷にはならん。このまま城へ連れ帰ってくれ」
聞き入れなければ、手当ては受けない。
そうシトリンが脅すので、ジンは仕方なく頷いた。
「・・・わかった」
安心したかのようにシトリンは淡い笑みを浮かべ。その場に崩れ落ちた。
「!!シトリン!!しっかりしろ!!シトリン・・・っ!!」





――こちら、赤い屋根の屋敷。夫婦の部屋。



「体、綺麗にしなくちゃね」
まだ意識が混濁したままのヒスイを、愛おしげに抱き上げるコハク。
バスルームに向かう途中でふと足を止め、窓の外に目を遣った。
「・・・・・・」(銃弾の音がしたな・・・森の入口の方か・・・)



念のため、あとで見に行ってみよう。







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