「よっ!お疲れ!」


メノウがウィゼに声をかけた。
泉のほとり。ウィゼはオヤジっぽくあぐらを組んで、一服していた。
目立った外傷はないが、疲れた顔をしている。
「どうだった?」
「見りゃわかんだろ。惨敗だ」
泉の水が干上がるという異常事態。
加えて、愛用のナイフは刃が折られ、武器としての役割を果たさなくなっていた。
「“入れ替わり”で弱くなってるっていうから、楽勝だと思ったのによ」
散々だったとグチるウィゼ。確かに出足は好調だった。
しばらくは優勢で戦っていたのだ。しかし。
「途中からいきなり強くなりやがった」
力も、剣技も、バトル開始直後とは比べ物にならないほど。
「得体の知れねえ魔法まで使いやがってよ」
「あ〜・・・コツ掴んだのかもな」と、メノウ。
「生きてて何より」冗談っぽく言って、笑った。
ウィゼは夏空を仰ぎ・・・
「あの野郎とはもう闘りたくねぇな」


ありゃ、化けモンだ。




その頃、コハクは。

ヒスイを抱き上げたまま、森を散歩し、昔話をしていた。
「エクソシストになったのは、僕がメノウ様に召喚されて、1ヶ月くらいしてからかな」
それは・・・50年以上前の話になる。
教会の知名度はまだ低く、所属する者もほとんどいなかった。
創設者であるセレナイトが単身で悪魔と戦っていた時代だ。
「セレが?」
今ではすっかり馴染み深い顔だ。
ずっと変わらない・・・ヒスイにとっては親戚のおじさんのような存在だ。
「ヒスイも知ってると思うけど、彼は特異な体質で、悪魔を体内に封印して、その力を自由に使うことができる」
「うん、そういえばそうだったね」
悪魔の力で悪魔を倒す。
現在はエクソシストの数も増え、総帥のセレナイトが直々に任務に赴くことはなくなったので、その能力を目にすることもなくなったが。
「毒を以て、毒を制す。彼はそうやって、人間界の平和を守ってきたんだ」
エクソシスト総帥セレナイト・・・実は偉大な人物である。
「だけどそのせいで彼は人間としての時間を失ってしまった」
悪魔と取引をしたメノウとは別種の“不老”。
悪魔を宿す者特有の、人間を超越した“長寿”。


そのセレナイトと、メノウ・コハクの出会いこそが昔話の本題となる。




同じような森の中。
その日、セレが戦いを挑んだのは、マンティコアと呼ばれる人面ライオンだった。
顔は老人、胴体はライオン。人間を殺し、骨まで食べる凶悪な悪魔だ。
半月ほど前に人間界に現れ、村をひとつ食い潰した。
マンティコアは尻尾に毒を持っており、不覚にもその毒に侵されたセレが苦戦を強いられていた時だった。


「昼寝の邪魔すんなよな〜・・・」


ふぁぁ〜っ・・・メノウの欠伸と共に、緑の大地から、いくつもの火柱が上がった。
グギャァァァァ!!
それはマンティコアを串刺しにして。
続けて、一太刀。大剣で老人の首をはねたのは、コハクだった。
「・・・・・・」
地に膝を付くセレの瞳に映るのは、六枚羽根の天使と・・・それを従えた少年。
圧倒的な戦力を有する二人組に向け、セレが言った。
「君達・・・エクソシストにならないか?」
「どうします?メノウ様」
「こいつ、知ってる。悪魔と一人で戦ってるって奴だろ」
悪魔を喰う男・・・世間ではそう噂されていた。
メノウはセレの前に立ち。
「お前、元人間ってホント?」
「・・・私は“人間”だよ、今でも」
毒に体の自由を奪われ、よろけながらも立ち上がるセレ。
息も絶え絶えに、繰り返す。
「私は・・・人間だ」
「・・・そっか。んじゃ、協力してやるよ」



俺も“人間”だからさ!



「・・・メノウ様がそう言って、僕らはエクソシストになったんだ」
短い昔話・・・だが。
ヒスイは、最後の言葉を復唱した。
「俺も・・・人間・・・だから・・・?」
「うん。メノウ様は人間であることに誇りを持ってる。それ以上のものなんて望まない。アンデット商会にいるのは別の理由だよ」
「・・・ありがと、お兄ちゃん」
コハクの解説に、ヒスイは表情を緩ませた。
「どういたしまして」と、コハク。
キスはできないので、顔を寄せ合い、笑って。
「それで、メノウ様は何の用事だったの?」
「あーーーっ!!」
大声を出したヒスイは、降ろして!とジタバタ。
コハクがそっとヒスイを着地させると。
「鍵!!鍵!!」
ヒスイはあたふたとスカートのポケットから一本の鍵を取り出し、コハクに見せた。
「お父さんがね、コレくれたのっ!」
目には見えないが、コハク・オニキス両者の右の手のひらに呪術的な鍵穴があるというのだ。
“入れ替わり”の間はロックされている状態だが、この鍵で開錠すれば、本来の体に本来の心が戻ってくる。
「これで元に戻れるよ!!」
術者にしか解けない魔法でも、鍵という形にすることで、第三者が“入れ替わり”を解くことが可能になるのだ。
無論そんな芸当は天才魔道士メノウにしかできない。
「お兄ちゃんっ!!右手かして!!」
逸るヒスイが鍵を構える。


「!!ヒスイ、待っ・・・あ・・・」


コハクが止める間もなく、開錠。
「あ・・・」
今更気付いても遅い。
コハクになったオニキスに使えば、その場で再会が果たせたというのに。
ここで使えば、コハクの心とはお別れで、オニキスの体にはオニキスの心が戻ってくる。
そこまで考えず、完全に勢いで。
(やっちゃったわ・・・)


「・・・・・・」


「オニ・・・キス?」
探るような口調で、ヒスイが見上げる。すると。
「・・・ああ、そうだ」との返事。
言葉づかい、声のトーン、仕草からして正真正銘のオニキスだ。
「・・・一体何が起こった」
あまりに突然の出来事に、呆然としつつ尋ねる・・・しかし。
ヒスイは質問をスルーし、ノーパンそっちのけでオニキスへ詰め寄った。
「お兄ちゃんは!?どこ!?」
自分のヘマで離れ離れになってしまったが、とにかく会いたい。
ところが、オニキスの口から出た言葉は。
「・・・わからん」


「わからん!?それ、どういうこと!?」




こちら、モルダバイト城。

「モルダバイトで全面的に匿うこともできるんだけど・・・」と。
グロッシュラーの王子を引き止めたのは、モルダバイトの王ジンカイトだ。
「・・・・・・」
齢16。自国に半旗を翻すには早すぎる。
内密に入手した魔法陣を使い、自室から外出したので、バレてはいない筈だ。
ここは素知らぬ顔で帰るが得策と考え、ジルはジンの申し出を断った。
帰りはペンデロークを経由する。
「送っていくよ」
スピネルとフェンネルが同行し、城を発つ寸前。


「待て。ジル王子」


シトリンがジルを呼び止めた。
「この度のこと、礼を言う」
王妃に深々と頭を下げられ、辟易しながらもジルが言った。
「打算あってのことだから」
「・・・もうひとつ、言っておくことがある」
これから起こる戦を前提に、シトリンが言った。
「私はいずれお前の肉親を殺すことになるだろう」
堂々、暗殺予告。
口外した時点でもう、暗殺とは言えないかもしれないが。
「その時は、私に刃を向けるといい」
「・・・・・・」
肉親を殺すと言われたくらいで、グロッシュラー王家の人間は動揺しない。
むしろその方が、ライバルが減って好都合だ。
王座を望むなら、肉親の情など持っていられないのだ。
「なんなら協力してもいいし?」
ジルが言うと、シトリンは憂いを帯びた瞳で見つめ。
「やめておけ。これ以上は、16やそこらのお前が背負うには重すぎる」




「お前の姉ちゃん、面白ぇ」と、ジル。

ペンデローク郊外、河川敷にて。
武術の腕は相当立つと評判だが、策略家とはほど遠い、モルダバイト王妃シトリン。
「姉貴は心が真っ直ぐなヒトだから、黙っていられなかったんだと思う」
スピネルはいつもの微笑みで。
「そうだ、姉貴から君に伝言」
「伝言?」


身に危険が及んだ時は、モルダバイトの情報を取引してくれて構わない。
裏切りを繰り返しても、とにかく生き延びろ。


「だって」
「ヒューッ。カッコイイ事言うぜ」
口笛を吹き、ジルが笑う。
スピネルは一歩前に出て。
「・・・気を付けて」
「心配ねぇって」


「月曜日、学校で会おうぜ」


「うん」
橋下の魔法陣。
貼り付け式のそれは、購入時に登録した持ち主が触れることで発動する。
再会の約束を交わし、ジルが触れた時だった。
「!!?」
開通された魔法陣の向こう側、つまりグロッシュラー側から一本の矢が放たれた。
まるで、待ち構えていたかのように。


「ジル!!!」





‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖