同じく・・・深夜。
理事長室にて。
「オレ週末決闘なんだよ〜、帰らせてくれ〜」
ヒスイ代理のジンカイトは、この時間までトパーズの仕事に付き合わされていた。
「・・・・・・」
ジンが何をどう訴えようが、無視。トパーズは全く取り合わない。
「・・・・・・」(やっぱり今日も鬼だ・・・)
週末に危機を感じつつも、義兄のペースに乗せられてしまうジン。
この調子では朝まで帰してもらえそうにない。
(まいったな・・・)
決闘の準備はできるだけ念入りにしておきたいのだ。
「グロッシュラーの狂戦士が相手なんだ・・・オレも修業とかしないと・・・」
トパーズ相手に愚痴ってみるが・・・聞き流される。
それもまた、いつものことである。
(何か用事でもあるのか?)
トパーズはいつも以上に根を詰めている様子で。どこか急いているように見える。
(顔色があんまり良くないな。疲れてるんじゃないか?)
ジンは席を立ち、徹夜のお供、コーヒーを淹れた。
(ひょっとして何日も寝てないんじゃ・・・)
人の心配をしている場合ではないのだが、トパーズの机にコーヒーを置きがてら、顔を覗き込んだ。
(・・・間近で見ると銀の血族って本当に綺麗だな)
整い過ぎた顔立ちもさることながら。
(肌とか・・・男とは思えない・・・睫毛も長いよな・・・)
圧倒的な美貌を前にジンの思考が脱線・・・その時。
トパーズが席を立った。
ジンの視線に反撃するように、クールな視線で見返す。
「な・・・なんだよ」
「・・・勝ちたいか」
トパーズが言った。
「・・・当たり前だ。国の運命が懸かってるんだぞ」
ひと呼吸の後、ジンは真面目な顔で答えた。
すると、トパーズはニヤリと笑い、こう続けた。
「いいか、お前に必要なのは“修業”じゃない」
「だったら何だっていうんだ?」
「・・・“改造”だ」
「!!!」
(改造!?何言ってるんだ!?)
身の危険を感じ、一気に飛び退くジン。
「怖いこと言うなよ・・・なあ、おい・・・」
ジンを壁際に追い詰めるようにして、トパーズがにじり寄る。
その隙のない美しさが・・・恐ろしい。
「なに、すぐ終わる」
「や・・・やめてくれ・・・」
うわぁぁぁぁー!!!
・・・翌朝。
「うわっ・・・!?」
事件はここでも起きていた。
赤い屋根の屋敷。ジストの部屋にて。
「なんでオレ、ヒスイのパンツ持ってんの!?」
いつものように目覚ましの音で起床・・・すると。
その手にヒスイの下着を握り締めていた。
純白レースの紐パンを、それはそれは大切そうに。
ジストは赤くなった後すぐに青くなった。
いつ、どこで、どうやって手に入れたのか・・・全く覚えがなかったのだ。
昼間のヒスイの制服姿を思い浮かべながら、ご機嫌な就寝をしたところまでしか記憶にない。
(パンツ盗んで何してたんだろ、オレ・・・)
考えるまでもなく、用途はだいたい決まっている。
(やばっ・・・モロ変質者だ・・・)
ベッドの上で頭を抱える。
航海を終えてから、本当にどうかしてしまっている。
「だめだろっ!ヒスイは母ちゃんなんだから!!」自分を叱りつけるジスト。
(息子にパンツ盗まれたって知ったら・・・ヒスイ、嫌な気分になるだろうな)
ヒスイのパンツ・・・これまで全く気にならなかったといえば嘘になるが・・・ここまでする気は微塵もなかった。
「どうしちゃったんだ・・・オレ」
うなだれ、溜息。しかし、ジストに思い悩む時間はなく。
枕元の時計により、忙しない現実が突き付けられた。
「あっ!!今日日直だっ!!」
いつもより早く登校しなければならないというのに、起きた時間からして遅かった。
ジストは朝食ヌキで家を出る羽目になった。更に・・・
(うわ・・・やっちゃった)
ジスト、学校にて。
時間割の確認を怠ったため、今日必要な教科書・ノートが鞄からごっそり抜けていた。
代わりに、ヒスイの紐パンがしっかりと入っている。
今朝は本当にソレで頭が一杯だったのだ。
忘れ物をしたといっても、両隣の女の子が机をくっつけ、競うようにして教科書を見せてくれたので、大事には至らなかった。
問題は学校ではなく・・・
「た、ただいま」と、ジスト。
「あ、おかえり〜」出迎えたのはヒスイだった。
教壇下のお勤めを終え、ジストより先に帰っていたのだ。
時刻は4時・・・昼寝ではなく夕寝だが、ヒスイはこれからひと眠りするという。
「ジストも一緒に寝る?」
「え!?オレもっ!?」
「うん」
何とも嬉しいお誘いだが、今はやましいことだらけで・・・ジストの笑顔が引きつる。
(だってもし寝てる間にヒスイに変なことしちゃったら・・・)
息子でいられなくなってしまう。
(そんなの絶対嫌だっ!!)
ジストはブンブンと頭を振った・・・葛藤する少年、かなり挙動不審だ。
「ジスト?寝るの?寝ないの?」
「寝るよっ!寝る!寝る!着替えてくるからちょっとだけ待っててっ!」
そして・・・
「・・・なんでそんなに離れてるの?」
その距離、約2m。
ジストはヒスイから離れた場所で横になった。
それは悲しくも親子の距離ではなく。
性を意識した男と女の距離だった。
「?もっとこっちおいでよ」ヒスイが言った。
「えっ!?」あらゆる意味でジストのドキドキは止まらない。
「えーっと・・・あっ!ほらっ!オレ寝相悪いしっ!!」
「そんなの知ってるよ」何を今更とヒスイが笑う。
それなら・・・と、寝転んだままヒスイが一回転。
距離を詰めようとする、が。
同時にジストも一回転。二人の距離は縮まらない。
「・・・・・・」「・・・・・・」
ヒスイがごろんとすれば、ジストもごろん。
ごろん、ごろん、ごろん・・・一定の距離を保ったまま、リビングの床を転がってゆく二人。
傍目にはマヌケに映るが、ジストの心は真剣そのもので。
(だめだっ!!こんなんじゃ!!)
逃げ転がりながら思う。
ヒスイと夕寝をする前にやるべきことがあるのだ。
「ごめんっ!また今度っ!!」と、ジストは床から立ち上がった。
(盗んだパンツ返して、父ちゃんに殴られてこよう!!)
ジストはコハクの裁きを受けるべくキッチンへと走った。
「父ちゃんっ!!」
「ん?」
「・・・ごめんなさいっ!!」
謝罪の言葉と共に深く頭を下げ、例の紐パンをコハクに差し出すジスト・・・
「これ、オレがぬす・・・」
「ああ、風で飛ばされちゃったんだね」
コハクはジストの言葉を遮った。
見つけてくれてありがとう、と、笑顔で受け取る。
「父ちゃん・・・」
それは明らかに洗濯済みのものではないのに。
コハクの気遣いが、胸に苦しく。
「違うんだっ!!これはオレがっ・・・」
「うん、そうだとしても。ちゃんと届けてくれたから」
大袈裟に騒ぐほどのことでもない、と。
ジストの頭に手をのせ、コハクは笑顔のまま言った。
「君は本当に正直者だね」
(父親があのひねくれ者とは思えないな)
ジストは、嘘が下手なヒスイ似なのだ。どうあっても憎めない。
「・・・っと、お客さんだ」
コハクの視線がキッチンの裏口に注がれた。
「やあ、いらっしゃい」
そこには長女シトリンが立っていた。
“あれ”の調査報告に来たのだ。が・・・
来て早々、「ジスト、悪いが席を外してくれ」と、すまなそうに言った。
「あ、うん」
「ヒスイと寝ておいで」コハクが見送る。
ジストが出ていったのを確認すると、シトリンはコハクに身を寄せ、小声で耳打ちした。
「用心に越したことはないと思うから言うが・・・ジストはさかりの季節だ」
さかりの季節・・・猫のシトリンらしい言い回しで。
「少なからず、母上を意識しているぞ」
「うん、そうかもね」
コハクはあっさり頷いた。それから、「大丈夫だよ」と。
ジストから返却された紐パンをしげしげと眺めながら言った。
「ジストはこの家で育った子供だ」
ヒスイが育てた子供だよ。
「・・・・・・」
(兄上とは違うと言いたいのか?)
シトリンは口を閉ざしたまま。
そうであって欲しいと願うが、血の欲望はジストの心と違うところにあるのではないかと・・・心配の種は依然として消えなかった。
「それでどうだった?」と、コハク。
話題は“あれ”についてだ。
シトリンも気持ちを切り替え、口を開いた。
「ああ、それなんだが・・・」
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