その頃、赤い屋根の屋敷では・・・

エクソシストの黒衣を身に纏い、剣を携えたコハクが、忙しなく依頼書の束を仕分けしていた。
ジストとヒスイに弁当を持たせ、学校に送り出したあと、掃除、洗濯、夕飯の準備・・・で、この時間になってしまった。
「何だこれ・・・嫌がらせ?」
悪魔討伐から教会の宣伝業務まで。ありとあらゆる任務がどっさりだ。
「・・・・・・」
(僕の動きを封じようとしているとしか思えない)
どこか陰謀めいたものを感じる。
本来ならヒスイと任務を共にしているところを引き離されたのだ。
「生徒に見えないなら教師としてでも・・・」
購買でパンを売るおばさんになりすましてもいい。
とにかくヒスイと一緒にいたいというのに。
(僕にいられちゃ困る理由でも?)
「それにしても・・・」と、仕分けの手を止めるコハク。
「ヒスイが2日も続けて学校に行くなんて・・・」
(集団生活の苦手なヒスイが・・・もしかして・・・成長しちゃってる!?)
このまま兄離れされてなるものかと思う。
(早いとこ合流してヒスイを甘やかさないと・・・!!)
「・・・こうなったら奥の手だ」
コハクは、剣と依頼書を手に屋敷を飛び出した。
「待っててね!!ヒスイ!!」



そして、コハクが訪れたのは・・・国境の家。
つまり、奥の手とはオニキスのことで。
「お土産です」と、依頼書の半分をオニキスに押し付けた。
「・・・ヒスイはどうした?」と、オニキス。
「ヒスイは別の任務に就いてます」
その経緯を説明してから。
コハクは珍しく真面目な顔で「どうも教会の動きがおかしい」と、言った。すると・・・
「その件なんだが・・・」
オニキスはいつも以上に神妙な顔つきで両腕を組み、こう話を切り出した。
「トパーズが先日挨拶に来た」
「トパーズが挨拶?何ですか、それ」
「どうやら教会がらみのようだが・・・」
トパーズから詳しい話は聞いていない。ただ・・・



モルダバイトを離れる、と。



「・・・初耳ですね。それって屋敷を出るってことですか」
コハクの表情が微かに動いた。
「・・・・・・」
長い付き合いなだけに、オニキスはそれを見逃さなかった。
良くも悪くも、コハクがトパーズに関心を持っている証拠だ。
「人間社会では、子供はいずれ親元を離れるものでしょうが・・・」と、コハク。
「ヒスイが何て言うか」と、苦笑い。それから肩を竦め。
「嫌な予感がするなぁ・・・」
「・・・そうだな」




再びこちら。校舎裏では。
無くなった眼鏡の代わりに、ケースの中にはメモが残されていた。


放課後、屋上にて待つ。


差出人の名前はコッパー。3年F組と明記されている。
「このヒトっ!生徒会長だっ!」と、ジスト。
一度見たことがある。結構なイケメンだ。その人物が、もしやヒスイに告白かと、気が気でないジスト。
「ヒスイ、放課後、行くの?」
「うん、行くよ」
大事な仕事道具だ。何としても取り返さなくてはならない。
「オレも一緒にっ・・・」
「いいよ。ジストは部活あるでしょ」
「でも・・・」
「このコッパーっていう子、たぶん女の子だよ」
ジストを安心させるためか・・・スピネルが口を挟んだ。
「えっ?女の子っ!?だって男の制服着て・・・」
「女装があれば、男装もあるよ」と。
スピネルが言うと重みが違う。
「何か訳があって男の格好をしているんだと思うけど・・・」
「へ〜・・・その子が何の用だろ?」
ヒスイは相変わらず暢気だ。
「気をつけて、ママ。彼女、人間じゃないかもしれない」



放課後。屋上で、コッパーに迎えられるヒスイ。
「よく来てくれたね」
低めの声。すらっと長い手足。さっぱりと短い髪。
大柄な方ではないが、何も知らなければ男にしか見えない。
(でもスピネルが言うんだから、女の子よね・・・って)
それころではない。男か女か、今は関係ないのだ。
「眼鏡返して」と、ヒスイ。
「ごめんね」と、コッパー。
「話すきっかけが欲しかっただけなんだ」
そう言って、ヒスイに眼鏡を返した。
「なんで?」
するとコッパーは正面からヒスイを見つめ。
「君、目立って可愛いから。友達になりたくて」
「・・・私、別に友達とかいらないんだけど」
もとより長居するつもりはない。ヒスイはコッパーの申し出をスッパリ断った。
「つれないね」と、コッパーは笑って。
「君のこと一目で気に入ったんだ。人間じゃないみたいに綺麗な顔してる」
「!!に・・・人間・・・だけど?」
ヒスイはしどろもどろに言って、目を泳がせた。
(バレちゃまずいのよね)
ヒスイが半吸血鬼であること。そして、エクソシストであること。
知られれば、校内に潜む悪魔が動揺し、事件を起こしかねない・・・
そうスピネルに注意喚起されたのだ。が・・・
「彼氏とかいる?」
コッパーにいきなりそんな質問を受け。
「え?」(彼氏っていうか・・・私、結婚してるんだけど・・・)
返答に困るヒスイ。対するコッパーは。
「処女?」と、更に大胆な質問をしてきた。
「違うよ」ヒスイは馬鹿正直に返答し。
「違うの!?そんな風に見えない。絶対処女だと思ったのに・・・」
残念。と、肩を落とすコッパー。
(残念?なんで???)
どうも掴みどころのない上級生だ。
(でも人間じゃないっていうんなら・・・)
もう少し話をしてみる価値はあるかもしれない。そうヒスイが思案する一方で。
「可愛い顔して、ヤリマンだったりしてね」と、コッパー。
(ヤリマン?何それ?)
知らない単語だ。ジェネレーションギャップを感じる。
「あ・・・うん」
ヒスイは適当に返事をして。
それから少し話をしたあと、コッパーと別れた。


今日のところは、無事に。


「ヒスイっ!大丈夫だった!?」
ジストは早目に部活を抜け、階段の踊り場でヒスイを待っていた。
「うん」
取り戻した眼鏡をかけてみる。ジストの頭上に“Godchild”と表示された。
間違いなく教会から貸し出された眼鏡だ。
(良かった。返してもらえて)
「帰ろ、ジスト」
「うんっ!」
二人は並んで階段を下り・・・その途中。
「あ、そうだ。ねぇ、ジスト」
「んっ?なになに?」
ヒスイの言葉を一言も聞き洩らすまいと、耳を寄せるジスト。すると。
「“ヤリマン”って何?」と、ヒスイ。
「へっ?ヤリマン?」
次の瞬間赤くなる。ジストはその意味を知っているのだ。だが、さすがに説明に困る。
「え・・・っと・・・その・・・いっぱいエッチしてる女の子のこと・・・」
「いっぱいエッチ?じゃあ私、ヤリマ・・・」
「わぁっ!!言わなくていいからっ!!」
人前で言わないようにとジストが釘を刺す。
「ヒスイは父ちゃんとしかしないから、いいのっ!!」
「ふぅん???」
厳密な意味がよくわからないまま。下記、ヒスイ脳内。
(現代用語辞典、買って帰ろ・・・)
「ジスト、ちょっと買い物付き合って」
「うんっ!いいよっ!」


こうして二人はモルダバイト城下に立ち寄った。
学問の国と称されるだけあって、書店の数は多い。
行きつけの店で現代用語辞典を購入したヒスイは上機嫌だ。
「これで会話に困らずに済む」と、笑いながらジストの手を握った。
「ヒスイっ!?」
「昔みたいに、手つなご」
「あ・・・うん」(わ・・・手小さい・・・)
壊さないように。ジストはそっとヒスイの手を握り返した。
親子で手を繋ぎ、人波を縫って進む。
中央広場では夜市が開催されていて。この時間はとても賑やかだった。
「そうだっ!ヒスイ、なんか欲しいモンない?」
「プレゼントしたいから」と、ブンブン腕を振り、ヒスイをまくしたてるジスト。
「う〜ん」
順番に露店を覗いていき、ピタッ、ヒスイが足を止める。
「これ、何だろ?」
ヒスイが興味津々なそれは、金属製の小さな玉・・・大小2個セットで売られている。
「え〜っと、何だっけ・・・」
(前にエロ本で見たような・・・そうだっ!“りんの玉”!)
「ヒスイ、それ欲しい?」
「うん」淫具と知らず、ヒスイが頷く。
「じゃあ、おっちゃん!コレちょうだいっ!」


「ジスト、ありがと!」
口を半月開きにして、笑顔で礼を述べるヒスイ。
用途不明だが、息子の贈り物は嬉しい。宝物だ。
「どういたしましてっ!」
(大人のオモチャだけど・・・いっか!喜んでくれればっ!)
ジストも幸せいっぱいに笑った。


ちょっとしたデート気分を味わいながら帰路に就く。
ほどなくして、赤い屋根が見えてきた。
家に近付くにつれ、ヒスイの歩調が早くなる。
ヒスイにとって、家=コハクだ。
一刻も早く再会するため、ぐいぐい、ジストの手を引っ張って歩いた。
「おにいちゃんっ!!」
ジストの手を離し、コハクの待つ家へ、ヒスイが走り出そうとした矢先のことだった。
「え?」



「ジスト?」



「あ・・・」
ジストの右手がヒスイの手首を掴んでいた。
そのまま・・・動けない。
「・・・・・・」
恋心と一緒に育つもの。
それは・・・嫉妬心と独占欲。
(オレ・・・今、何考えた?)
ヒスイの背中を見た瞬間、何を思ったか。確かめるのも怖い。
(ヒスイを父ちゃんに返すの・・・嫌だって・・・思った?)
だから・・・手首を掴んで引き止めた。


行かないで。もっとオレと一緒にいて。


そんな気持ちが働いた結果だった。
「・・・・・・」
夏なのに、背筋が寒くなる。
(オレ・・・こんなの・・・やだ・・・)
それなのに、ヒスイの手を離せない。
「ジスト?手、痛いんだけど」
その一言で、やっと金縛りが解けた。
「あっ!!ごめんっ!!」
「どうしたの?早く帰ろうよ」
「オレ、ちょっと学校に忘れモンっ!!取ってくるから、ヒスイは先帰っててっ!!」





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