例えばこの場にサルファーがいたら。
「あいつ馬鹿だよな」と、毒を吐くところだが。
今の面子ではそうはならず・・・同情一色だ。
ジストは涙目で鼻を啜り。
「なんとかしてやりたいけど・・・今回オレ達が試験官だから・・・」
規定により、これ以上の干渉はできないと、悔しそうに語る。
「ごめんな、あー・・・」
俯き、酷く落ち込んでいた。続けてヒスイが。
「あーくん、貯金全部使っちゃったんだって」
その発言で、場の空気が益々重くなる。
そうまでして購入した“竜騎士セット”が使い物にならないと知ったら・・・多大なショックを受けるに決まっている。
スピネルも、弟を気の毒に思い。
「オニキス、何とかならないの?」
相談を持ちかけるが・・・
「・・・命は授かりものだ。こちらの都合でどうこうできるものではない」
「・・・よね」
オニキスの回答に肩を竦める。
「もう申請しちゃっから、変更もできないし・・・う〜ん・・・」
ヒスイはテーブルに突っ伏し、しばらく足をブラブラさせていたが・・・10分後。
「・・・あっ!!私いいこと思いついた!!」
そう言って、椅子から飛び降りた。
「帰るね!紅茶、ごちそうさま!!」
来た時と同じように、廊下を走って去ってゆく・・・
「ヒスイっ!待っ・・・うわっ!!」
ジストもまたヒスイを追って。来た時と同じような転倒を見せるが。
「・・・・・・」
卵が孵らないダメージで、起き上がる気力もなかった。
「・・・ママ、何かやっちゃいそうだよね」と、懸念するスピネル。
昔から、ヒスイの思いつきはロクなものではない。オニキスは深く頷き。
「ああ、そうだな・・・」
その頃、コスモクロアでは。
天使の一団を率い、地獄より帰還したコハクとシトリン、そしてサルファー。
「任務成功、だな」
行方不明者リストのチェックを終え、全員無事連れ帰ったことを告げる。
「騒動の後、オカルト研究会の部長が姿消したって話だけど」
「そう、部長が・・・ね」
コハクは思うところがあるようだったが。
「まあ、今はそれより・・・」
「・・・だな」
シトリンと顔を見合わせる。
アンデット商会の力を借りたおかげで、これ以上ない好成果・・・しかし、その代償は当然支払わなければならない。
「まったく・・・厄介な条件を出されたものだな」
シトリンは珍しく意気消沈した様子で言った。
以下、甘味処での回想である。
「そういうことでしたら、安全なルートをご提供させていただきます」
・・・と、スモーキの快い返事。
だが、商売人を相手にする以上、無料で・・・という訳にはいかない。
それはコハクもシトリンも覚悟していたことだ。
「とにかく謝っておけ」と、コハクに耳打ちするシトリン。
確かに、話し合いを円滑に進めるには、過去の因縁など邪魔になるだけだ。
「・・・・・・」
どちらが正義でどちらが悪かといえば、前者がコハクで後者がスモーキー。
けれども。同じ世界で社会生活を営むにあたり、納得がいこうがいくまいが、頭を下げなければならない時もある。その辺りは、コハクも充分理解していた。そこで。
「何て言ったらいいのかな・・・あの頃、僕、ちょっと病んでたっていうか・・・君に不当な乱暴をしたことは、すまないと思ってる」
「フフ・・・」
スモーキは口元を歪めて笑い、こう語り出した。
「血も涙もなく、地上の罪人を片っ端から始末した・・・そんな貴方が、今やお子様の悪戯の尻拭いとは・・・実に傑作です」
「なんと見事なビフォアーアフター」
スポットライトを一身に浴びる舞台役者のようなポーズを決め、語調を強めるスモーキー。
「・・・おい、この男、おかしくないか?」と、シトリン。
「うん・・・おかしいね」と、コハク。
そんな2人をよそに、スモーキーは言った。
「セラフィム。僕は、貴方のように・・・」
人格が変わるほど、恋したい。
「のです・・・フフフフ・・・」
「ああ・・・そう。うん・・・気持ちはわかるけどね」
(こういうタイプは捌きにくいんだよなぁ・・・)
コハクの口から、思わず溜息が漏れる。
スモーキーは、片脚を軸にクルクルと回り始めた・・・恐らく、お花畑にトリップしている。
その姿を見たシトリンが、変態だ!変態だ!と騒ぐ。すると、ピタリ。
シトリンの前で、スモーキーの動きが止まり。
「条件はそれに致しましょう」
「ど・・・どういう意味だ?」
「簡単にご説明申し上げますと・・・この僕に・・・」
素敵な女性を見繕って戴きたい。
「ということです」
まさに、とんでもない要求だ。
できるか!と、怒鳴りたいところだが・・・力の弱い天使達を地獄から引き上げるのは並大抵のことではなく。
アンデット商会の技術を使えば即日。そうでなければ、1ヶ月・・・。
無理難題は承知で、条件を呑むしかなかった。
こうして・・・
コハクとシトリンは大きな問題を抱えることになった。
「とにかく僕はヒスイのところへ帰るから」
「ああ、そうしてやれ。後は頼んだぞ、サルファー」
「父さん!?姉さん!?」
またあとで――と。父と娘は、疲れた顔で別れた。
こちら、シトリン。
踵を鳴らし、勇ましく歩く。
(女・・・女・・・どこかにいい女はいないのか!?)
変態と釣り合う、いい女。そうそういる訳がない。
「城のメイドをあやつの餌食にはできんし・・・うぬぅ・・・かくなる上は、身内を集め、知恵を絞るしかあるまい」
「よし!緊急会議だ!!」
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