もとはといえば、ヒスイの案だ。コハクとて、NOとは言えない。
オニキスから図鑑を引き継ぎ・・・
(・・・こうなる訳ね)
黄金のドラゴンとして、息子アイボリーの前に立つ。
オニキスの時とはまた違う、流麗な姿だった。高さはあるが、割合細身だ。
「!!お・・・」(お父さん!?)
思わず口から出かかった言葉を飲み込むマーキュリー。
アイボリーはそんなマーキュリーの肩を叩き、得意気に言った。
「わかってるって!“進化”だろ?」
片目を瞑り、ビシッ!親指を立てる。
デカドラから、キンドラ。どうやらご満悦のようだ。
(良かった・・・)マーキュリー、心の声。
コハクがいれば、ヒスイの相手をせずに済む。
これでやっと戦いに集中できる・・・と、思いきや。
(何だろう・・・アレは・・・)
体格的に、チビドラのような斜めがけこそできないが、キンドラが首から下げている、タンポポ柄のショルダーバッグ・・・横の隙間から、小人化したヒスイが顔を出している。
「・・・・・・」(見なかったことにしよう)
マーキュリーはさっと視線を逸らした。
お騒がせ変身魔法の次は、縮小魔法・・・確かに、姿を隠すという点では賢明な判断である。しかし。
「まーくん!!」
ヒスイが身を乗り出し、わざわざ存在をアピールしてきた。
秘密を分かち合った息子との再会を喜んでいるのだ。
「・・・・・・」
マーキュリーは素早くキンドラの隣まで移動し、ひとまず笑顔。
それから口パクで。
大・人・し・く・し・て・て・く・だ・さ・い。
「まーく・・・むぐ・・・っ!!」
指一本でヒスイをバッグに押し込んだ。
「大丈夫だよ、僕がしっかりみてるから」と、コハクが耳打ちする。
ドラゴンの表情は計り知れないが、その声は笑いを含んでいた。
ホッとしたマーキュリーが頷く・・・ところが。
バッグから指を抜くと、そこにはヒスイがぶら下がっていて。
「・・・・・・」
コハクがいなかったら、ハンカチで風呂敷包みにしていたと思う。
「まーくん!あのね!ラブリスに・・・わっ・・・」
マーキュリーに何かを言いかけたところで。指から滑り落ちるヒスイ。
「「!!あぶな・・・」」
ヒスイを救おうと、同時に動いたコハクとマーキュリーが激突する。
なにせ必死だったので、眩暈がする衝撃・・・互いによろめく。
「だ・・・いじょうぶ?」
「・・・はい」
ヒスイは辛うじてマーキュリーの手のひらにのっていた。
マーキュリーは慌ててヒスイをバッグに戻し、きつく蓋を閉めた。
「ちょっ・・・まーくん!?大事な話なんだってばぁぁぁぁ!!!」
「まー?さっきから何やってんの?」
双子の兄の、らしくないほど挙動不審な様子に、アイボリーは目をぱちくり。それから。
「なー、俺、ヒスイの声聞こえんだけど、コレ幻聴?」
「うん、幻聴」
「でもさー」
納得できないアイボリーが、話を繋げようとすると・・・
ピシャリ!マーキュリーが鞭の音で黙らせる。
「早く済ませよう」
「・・・・・・」
(まーって、やっぱ“S”属性だったんだな・・・薄々そんな気はしてたけど・・・)
最下層のホールで、双子はついに対決の刻を迎えた。
「デカマッチョ!」
ミノタウロスを指差し、アイボリーが笑う。
数倍・・・それ以上の大きさだが、恐怖はないらしい。
ミノタウロスは、話に聞いていた通りの姿だった。
凶暴な獣の頭部。首から下は筋肉隆々である。言葉などは当然なく。
薄暗い空間に荒々しく吐き出される鼻息が、霧のように立ち込めていた。
武器は、巨大ハンマーだ。
高々と振り上げ、どちらから潰すか吟味している・・・そんな感じで。
ミノタウロスの咆哮が合図となり、最終決戦が開始された。
「今度こそ俺に任せとけ」と、アイボリー。
先程は、闇牛封じに失敗し、醜態を晒してしまった。※デカドラがフォロー。
汚名返上とばかりに、張り切って出撃だ。
身の丈ほどもあるランスを構え、アイボリーは呪文の詠唱に入った。
「汝に戦いの自由を与える――」
「ナビゲーションシステム、発動!!」
トパーズの一夜漬けの正体はこれだ。
ランスが白い炎に包まれ、神器に近い力が宿る。
「とりゃあぁぁっ!!!」
驚異的なジャンプ力で懐に潜り込み、攻撃の隙さえ与えない、完璧なフォームで蜂の巣にして。
あっという間にミノタウロスを沈めてしまった。
天晴れとしか言いようがないが・・・アイボリーの実力ではない。
武器が勝手に戦っているのだ。
要するに、ランスから手を離さなければ、達人の戦いへと導いてくれる訳だ。
アイボリーが鍛えたのは、何が何でも手放さない気力と、握力脚力だけである。
「へへん!どんなもんよ!」
鼻の下を擦るアイボリー。
そこに・・・ハンマーの襲撃。ミノタウロスの復活だ。
先の戦いでアイボリーが与えたダメージはすべて回復していた。
「な・・・」
「あーくん!!」
アイボリーより早くランスが反応し、重く圧し掛かるハンマーを止めた。が。
ピシッ・・・ピシピシピシッ・・・不吉な音と共に、ランスに亀裂が入る。
そして、パーン!!
「3分で壊れたぁぁぁ!!!!」
華麗なる活躍も束の間、ランスは呆気なく粉々になった。
自ら後ろに跳んで、身は守ったが・・・いきなり丸腰で茫然だ。
「・・・あーくんて、ギャグ担当なの?」と、マーキュリー。
「トパーズに騙されたんだよ!!!」と、アイボリーが地団駄を踏む。
「神器っぽく改造してやるって・・・壊れるなんて聞いてねーし!!」
俺の全財産返せー!!!と、叫ぶが。
今は戦いの真っ最中。お喋りしている暇はない。
「あーくん、邪魔だから、もう下がってて」
「・・・・・・」(まーまで・・・サクッとヒデェ・・・)
マーキュリーvsミノタウロスの勝負が始まった。
マーキュリーが手にしているのもまた、ただの鞭ではない。
伸縮自在、軟化硬化、あらゆる特性を備えているうえ、魔法との併用で多彩な技を見せていた。だが。
鞭を巻き付け、感電させて丸焦げにしても、ミノタウロスの動きは止まらず。
これまでの状況からも、アンデットであると判断したマーキュリーは、様々な浄化方法を試みたが・・・全く効果がなかった。
(とにかくこっちに引き付けないと・・・)
ミノタウロスの振り回すハンマーが、床や壁、至る所を破壊していた。
天井を支える柱も何本か折れている。このままではいつか建物が崩壊し、ここにいる全員に危険が及ぶ。
(どうすれば・・・)
焦りと迷いが、マーキュリーの動きを鈍らせる。
一方、戦力外通知を受けたアイボリーは。
「キンドラぁー・・・」
慰めて貰おうと、相棒のドラゴンのもとへ。けれども。
(息子は甘やかさない主義なんだ)
キンドラ=コハクは心の声で告げ。
(でもまあ、これは、僕からのヒントかな)
アイボリーを両腕で持ち上げ、ホール奥へと投げ飛ばす。
「うわぁぁぁ!!!なんでこーなるんだよぉぉぉ!!!」
不遇の連続に嘆きながら、着地したのは祭壇の上。
「あーくん!!?」
そこへマーキュリーが目を向ける。と――
祭壇に面した壁に大きな斧が祀られていることに気付く。
「!!」(斧・・・これだ!!)
肉体に、必ずしも命が宿っているとは限らない。
例えば、目の前にいるミノタウロスは傀儡で。
修復や行動を司る何かが、別の場所に隠されていてもおかしくはない。
“ラブリス”ヒスイが口走っていたことと、ひとつの考えが結び付く。
ラブリスとは、両刃の斧の意だ。あれに何か仕掛けがあるとすれば。
「あーくん!!そこにある斧を壊して!!」
「斧?これ?うぉっしゃ!!やってやるぜ!!」
その頃・・・
オニキスは通路を引き返し、例の事件現場へ向かっていた。
(出過ぎた真似をしているのかもしれんが・・・)
アイボリーが再び“ブラッド・ダイナマイト”を使う可能性は充分ある。
(必殺技として通用するものなのかどうか、成分分析はしておくべきだろう)
幸い、吸血鬼の得意分野だ。
(だが・・・)
コハクの態度が、さっきからどうも引っ掛かっていた。
話を切り出そうとした、あの時。わざとヒスイを起こしたような気がしてならないのだ。
(オレが、ヒスイの前で口を噤むことを読んでいたとしたら・・・)
「・・・考えすぎか」
何かにつけてコハクを疑うのも、如何なものか。
「自重せねばな」と、苦笑いで足を速める。しかし。
辿り着いた先で、オニキスは思いも寄らない事態に遭遇した。
「馬鹿な・・・」
「血痕がない・・・だと」
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