迷宮から帰還した、次の日。双子は学生生活へと戻っていた。

「「ただいま」」
揃って帰宅すると、制服のままリビングへ。
大抵この時間はヒスイがクッションに埋まっているのだ。同化しているといってもいいくらいだ。
双子は、眠るヒスイを挟んで、床に腰を下ろした。
「ミノタウロス倒せたのはいいけどさー・・・」と、アイボリー。
「キンドラ、どっか飛んでっちゃったし」口を尖らせ、ぼやく。


『ランスを失った騎士を――ドラゴンは、主として認めないんだ』


・・・という、如何にもファンタジーなマーキュリーの嘘を信じ込み、飛び立つキンドラ=コハクを泣く泣く見送ったのだ。
ちょっとしたファミリー劇場である。
そして現在、教会では、試験の合否の審議が行われており、エクソシスト幹部が集まっている。
従って、コハクは不在だ。



「あーくん、本当に貯金全部使っちゃったの?」
「そーだよ。財布も空っぽ。バイトするしかねー・・・エクソシストの資格取れたら、一緒にやろうぜ」
「僕は別に・・・お金には困ってないし」
「冷てーこと言うなよぉ〜・・・」


「・・・・・・」
「・・・・・・」


合格発表を控えているから落ち着かない・・・というのもあるが、こうして時間ができてみると、様々な思いが浮上してくる。
「・・・・・・」以下、マーキュリーの心情。
(なんであの時、“ブラッド・ダイナマイト”が効かなかったんだろう)
的を外したようには見えなかった。
(あーくんって、お父さんと同じ金髪だけど・・・もしかしたら、そんなに熾天使の血が濃くないのかもしれない。でも・・・そんなことって、あるのかな?)
髪は血液の影響を大きく受けるものであり。
言い換えれば、血液の状態が、髪に現れる。
髪が“金”なら、熾天使の血は濃い筈なのだ。
(やっぱり・・・何かが、おかしい)


「・・・・・・」以下、アイボリーの心情。
(まーって、ヒスイのこと・・・もう、好きなのかな?)
トパーズから銀の血族の話を聞くまでは、気にも留めなかったが。
見ると、ヒスイの銀髪に指を絡めている。
考え事をしながら、寄り添い、無意識に弄っているようだ。
(どーなってんの?)
そんな素振り、今まで一切なかったのに。
(なんか、まー、雰囲気変わった・・・やっぱ“銀”・・・だから?)


「「ん?」」


目が合うが、お互い何とも言えない。
微妙な沈黙の中、ヒスイの暢気な寝息だけが聞こえる。
会話もないまま、なんとなく耳を傾けているうちに・・・
「そだっ!」
悪戯心が疼き出すアイボリー。
制服のネクタイを外し、横向きで丸くなっているヒスイの両手首を縛った。
「あーくん、やめなよ」
「へーき、へーき、ヒスイ、こんくらいじゃ起きねーし。まーのも貸せよ」
マーキュリーの襟元からネクタイを抜き取り、今度は両足首を縛った。
動きを封じられたヒスイは、寝返りに苦戦していたが・・・まだ起きない。
「くふふ、面白れぇ」
声を殺してアイボリーが笑う。
「・・・生温いよ」
その傍らで、マーキュリーがボソリと呟いた。
「縛るんなら、もっとこう・・・」
アイボリーの縛りに異議を唱え、本能のまま、縛り直した、結果。



「・・・まー、やりすぎじゃね?」



「・・・・・・」(何をやっているんだろう、僕は・・・)
我に返り、己の所業に眩暈を覚える。
「う・・・ぅぅ・・・」
両手両足をギチギチに縛り上げられたヒスイは・・・うなされている。
目を覚まさないのが不思議なくらいだ。
「どーすんだよ、コレ。簡単にほどけねー・・・跡残ったら、コハクにぶっとばされるぜ、マジで」
「・・・・・・」
確かにそれは同感だ。ヒスイに傷を負わせるのは、絶対NGなのだ。
過去の経験から、嫌というほどわかっている。
「待って、今ほどくから・・・」
「急がねーと・・・俺、ハサミ取ってくるわ」
アイボリーが廊下に出た、その時。
「おわっ!ジスト!?」
「あー?そんなに慌ててどうし・・・」
ジストがリビングを覗き込むと、そこには。
学生ネクタイで拘束されているヒスイの姿があった。
「うわっ・・・ヒスイっ!?」



ジストが加わり、3人がかりで、ヒスイの解放に挑む・・・が、結局。
マーキュリーが責任を取る形で、殆どひとりで頑張っていた。
そんな中、ふとアイボリーが。
「なー、ジスト。前から思ってたんだけどさ、その指輪、何?」
「んっ?これ?」
右手の中指にしている指輪。もうすっかり馴染んでいる。
「んーと・・・」
説明に迷ったのか、ジストはしばらく考えてから。
「これは、ヒスイとオレを正しく繋ぐ“親子のお守り”で・・・」
「“親子のお守り”?」アイボリーが聞き返す。
「うん!これで去勢してるんだっ!ヒスイを困らせたくないから」
ジストは、指輪の効能を包み隠さず話した。
本人は至って明るいが。
「・・・・・・」(ジスト、悲惨じゃね?)
「・・・・・・」(ジスト兄さんも、苦労してるんだ)
ある程度事情を知っている双子の胸には重く響いた。



(何とか・・・ほどけた・・・)
マーキュリーが額の汗を拭う。
回復役のジストがいるため、ネクタイは切らずに済んだ。
ヒスイの寝顔に安らぎが戻る・・・それを見たジストは。
「眠り姫みたいだよな〜・・・」と、デレデレだ。
「眠り姫、ってことは・・・チューすりゃ起きる?」
試してみようぜ、と、アイボリーがヒスイに顔を寄せる。
「わー!!だめだめ!!!」
即決即行のアイボリーに手を焼くジスト。そこで。
「眠り姫にキスをしていいのは、王子だけだよ」
マーキュリーが襟首を掴み、ヒスイから引き剥がした。
「いいじゃんか、俺が王子でも。それとも何、まーがしたい訳?」
「僕は、王子になりたいなんて思ってないから」
「へんっ!!嘘だね!!」
「嘘じゃないよ」
眠り姫ヒスイを巡って、睨み合う、双子。
「ほらほら、喧嘩すんなって!」
ジストが仲裁に入るも、つい笑ってしまう。
(オレもよくサルファーと喧嘩したっけ)
喧嘩の原因は主にヒスイ。それは今も変わらない。
「・・・なぁ、あー、まー」
「んー?」「はい?」
「悪戯も喧嘩もいいけどさ、ひとつだけオレからお願い」
ジストは、長い銀の睫毛を伏せて。いつになく真面目な調子で言った。
「ヒスイが――」



「“もう子供産みたくない”って思っちゃうようなことだけは、しないで欲しいんだ」



「・・・て、何言ってんだろ、オレっ!意味わかんないよな!」
ごめん!ごめん!と、慌てて話を切り上げるジスト。
「あ!そうだっ!お土産にシュークリーム買ってきたんだっ!あっちで食べよう、なっ!もうすぐ兄ちゃんが、結果通知書、持ってくると思うしっ!」
キッチンへと双子を誘う。
「・・・いただきます」
マーキュリーが立ち上がり。
「コーヒーで良けりゃ、俺淹れるぜ」
アイボリーも笑顔で続く。
「トパーズ仕込みの、苦いやつだけどな!」




30分後・・・

それは、ヒスイのいるリビングに訪れた。
閉じた瞼に落とされた、不意のキスで目を覚ますヒスイ。
「・・・トパーズ?」
どこにも姿はない、けれど。
ヒスイの髪に結ばれた、社会人ネクタイ。
まるで恋文のように、トパーズの想いを残していた。
そして、もうひとつ。
ひらりと落ちた紙を手に、ヒスイが声を張り上げる。
「あーくん!まーくん!いる!?」



「エクソシスト試験、合格だって!!」






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