「電話、代わってもらえますか?」
ぐったりとしたヒスイの体を片腕で抱き、セレから携帯を受け取るコハク・・・だったが。
「・・・・・・」(切れてる・・・)
掛け直しても、他と通話中のようで、繋がらない。
「・・・・・・」(トパーズも手を打ってるってことだろうけど)
仕方なく、ヒスイとの結合を解き、ベッドに横たわらせた。
「ヒスイ・・・」(顔色が良くないな)
セックスの後とは思えないほど。
いつもの寝息と違って、呼吸も弱々しかった。
ヒスイが意識を失くしたことと、オニキスが倒れたことは、無関係ではない。
(ヒスイの体に何らかの負荷がかかっているんだ)


「何が起きているのか、私にはさっぱりだよ」と、セレ。
「在れに、意識も喰わせていたからね。何も見ていない」
「・・・でしょうね」
ヒスイの額にキスを落とし、コハクが離れる。
「どこへ行くのかね?」
「まーくんに聞きたいことがあるんです」
「ヒスイをひとり残していく気かね?」
「まさか」
とはいえ、セレと別行動もできない。
コハクは、久しく封印していた分身魔法を使い、もう一人の自分にヒスイの付き添いをさせることにした。
コハク本体と分身は険悪になりがちだが、今回ばかりは互いに頷き合い、協力を誓った。
(早く原因を特定しないと・・・最悪命に関わる)


取り乱してる場合じゃない。





「・・・あれ???オニキス???」と、まばたきするヒスイ。
ここは・・・いわゆる、精神世界。
心の声が届くくらいだ。二人で共有していても不思議ではない。
ヒスイ側の影響が強いのか、そこは、熾天使の羽根が降りしきる明るい空間で。
ミルクティの甘い香りがする。
二人とも、一糸纏わぬ姿でそこに居た。
「・・・・・・」
以下、オニキス、心の声。
(服を着ろ、と、言いたいところだが・・・)
なにせ自身も裸なので、貸してやれる服もない。
出会い頭、目のやり場に困ってしまう。愛を知る男の辛いところだ。
ヒスイは、いつもの如く気にしていないようだが。
オニキスは、溜息を漏らさずにはいられなかった。
「はぁ・・・今度は何をした」
「え?何って・・・お兄ちゃんとえっちしてて・・・」
「・・・血を、飲んだのか」
「うん。そしたらなんか急に気が遠くなっちゃって」
オニキスも同じ症状に見舞われたのだ。
「・・・・・・」(コハクの血が原因とは思えんが・・・)
ヒスイは過去に動物の血で食あたりを起こしている。※WJ外伝『願わくば、世界の終わり。』参照。
今回は眷属にまで及ぶ重症だが、似た要因があるとすれば・・・
「他に口にしたものはあるか?コハクの血以外で、だ」
「う〜ん・・・あ!まーくんの血飲んだけど」
「マーキュリーの、だと?」
「うん」
「・・・どういう理由かはわからんが、“飲み合わせ”が悪いようだ。この不調は、恐らくそのせいだろう」
「え?そうなの?親子なのに???」
首を傾げるヒスイを尻目に。
「ああ」オニキスは短く返事をした。
「どうすればいいのかな?」と、ヒスイ。
「・・・・・・」
今の段階では、答えようがない。精神世界に閉じ込められているのと同じなのだ。
他とコンタクトを取るのも難しい状況だ。現世で、何とかしてもらうしかない。
そこでオニキスは・・・
「生きる希望を失わないことだ」と、ヒスイに言った。すると。
「あ、それなら平気。私、生きる気満々だから」
ヒスイはじっとオニキスを見上げ。
「こんなところで死ぬためにオニキスを眷属にした訳じゃない。生きるために――」



「生きて、幸せになるために、眷属にしたんだから」



「まだ死なれちゃ困るの」
ヒスイの発言に、オニキスは少々目を丸くしつつ・・・次の瞬間、破顔一笑。
両手でヒスイの頬を包み込み、こう口にした。
「お前の目には、オレがそんなに不幸な男に映っているのか?」
「そ・・・そうじゃないけどっ!よりよい幸せを、ってこと!だって、ほらっ!」


「私がまた女の子産むかもしれないでしょ?」


「・・・・・・」(まだ諦めていなかったのか・・・)
よりよい幸せを願ってくれるのは嬉しいが・・・
「・・・ヒスイ、それは無謀だ」
「え?なんで???」
「・・・ならば仮に、オレがその娘を愛したとする」
オニキスにしては珍しく、意地悪な言い回しで。
「だが、その娘がオレを愛するとは限らんだろう?」
「そんなことないよ」と、言い切るヒスイ。



「一緒にいたら、どんな女の子だって、オニキスのこと好きになるから」



「・・・お前は?」
「・・・ならないけど」


「・・・・・・」×2


しばらく顔を見合わせ。両者、吹き出す。
「このまま死んじゃったりしないよね?」と、笑いながらヒスイが言った。
オニキスも笑いながら。
「大丈夫だ」今度はしっかりとそう答え。
ヒスイの頬に触れていた手を、首の後ろに回し、抱き寄せた。
「お前を愛する者達が、決してお前を死なせはしない――」




こちら、モルダバイト西の砂漠では。

「オニキス殿!!しっかりしろ!!」
シトリンが、コハクの分まで取り乱していた。
「兄上ぇぇぇ!!!これはどういうことだ!?まさか母上の身に何かが起きているのではあるまいな!?」
「お前にしては頭が回るな」
通話を終了したトパーズが、携帯を片手に鼻で笑う。
「笑っている場合か!!一刻も早く、イフリートを元に戻し、母上と引き換えねば!!」
そうは言っても。
ヒスイが土壇場で使った魔法は、非常にハイレベルで。
一般の魔道士では解凍が難しいのだ。
その上、頼みの綱であるオニキスがリタイアとなると・・・
「兄上、手伝ってくれ!!」
「必要ない。イフリートはしばらくその辺に転がしとけ」
「!?何を言っている!!鬼畜趣向も大概に・・・」
トパーズに掴みかかるシトリンだったが。
「黙れ」強制的に猫の姿に戻され、逆に首根っこを掴まれる。
「この方が都合がいい」と、トパーズ。


「なにせ“向こう側”には、いい医者がいるからな」







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